メディアグランプリ

七味を入れないそばに起こる奇跡


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:廣井徹(ライティング・ゼミ平日コース)

うどん、そばに七味を使わないと決めたのはずいぶん前だ。あらかじめ言っておくが七味唐辛子は大好きである。祇園で大人気の原了郭の黒七味より、地味だが北野にある長文屋の七味が好きだ。できれば大辛で山椒多めが望ましい。豚汁は言うに及ばず、浅めに漬けた白菜の漬物、きゅうりのぬか漬けなどにも使うし、料理にも積極的に使う方だ。パスタでもペペロンチーノ風にして使うと美味いし、ポン酢+七味でドレッシング的にも使う。軽くてかさばらない手軽な京都のお土産として、北は北海道、東北、南は沖縄、海外旅行に持っていっている。七味唐辛子の伝道師を名乗ってはいないが、長文屋のご主人、いや全七連(全国七味組合連合会=実在不明)からも、少しぐらいは礼を言われてもいいのではないかと思うくらい七味を全国にアピールしている。
この七味好きの私が、はじめて、うどん・そばに七味を入れないという「暴挙」に出たのは、30歳代半ばの頃だ。とある食雑誌の編集者であった草野球チームの先輩と一緒にとある蕎麦屋に行った時のことだ。わたしが鴨つけ汁そばのつけ汁にいつものように七味を入れようとすると、先輩が「あ、ちょっと待って!ここの出汁すごくうまいから、だまされたと思って七味なしで食ってみてよ!」といってわたしの七味投入を阻止したのだ。七味が入ってはじめて出汁の味が完成すると信じていた当時の私からすれば、別に先輩の言うことを聞かなくてよかったのだ。ただ、この時は言うことを聞いてしまった。この先輩、とにかく食べること、食べまくることで、特集を仕上げる人だった。揚げ物特集の時は、草野球の試合の後、夕方から夜にかけての短い時間で、一気にカツ丼を6食連続で食べるとか、ラーメン特集の時は丸一日ラーメンばかり20杯食べるとか、ライター任せにしない真面目さというか、とにかく食い意地の張った編集者であった。しかも全部完食するので、お店の方とも信頼関係を築いていて、ずいぶんと間を置いて店を訪問しても覚えられている。そのことに一目置いていたこともあって言うこと聞いてしまったのだ。初めて行く先の土地でも必ず美味い居酒屋と安くて親切なスナックを見つけるだすことに関しては天才的であったりもした。そんなこともあって「まあ、一口だけ食って、適当な感想を言ってごまかして、後から七味入れりゃあいいや」と思いつつ、先輩を立てて、まずは言うことを聞くことにした。手に持っていた七味の容器にフタをして一旦、定位置に七味をもどし、心の中で「あとでね」とつぶやいたのちに、鴨つけ汁にそばを投入し、一口……。「あ、甘い!」鴨汁と出汁が合わさって今まで、あじわったことのないような甘みというか旨味だった。「おいしい!」こんなに鴨汁の出汁って甘くてうまかったのか。もうカルビーかっぱえびせん以来の「やめられないとまらない」だった。一気に食べ切ってしまった。七味の定位置のまま忘れられていた。その日の七味抜きの鴨つけ汁そばはそれぐらい衝撃だった。
それ以来、そば、うどんはまずは「七味抜き」で味わってから食べるようになった。まずは出汁本来の甘み、旨味をあじわってから、時と場合と気分によって七味を使う。冷たいそばも薬味を入れる前につけ汁だけで味わってみる。その方が味わいや、食べること自体の楽しみが増すことをおぼえた。それと同時にこのあたりの年齢から、食べることに対して変なこだわりやガンコさが抜けた。肩に力が入らなくなったというか、人がすすめるものを「ま、いっぺん食ってみっか……」となんでも試してみるようになった。それまでは雑誌の受け売り、友達、先輩からの聞きかじりで、知ったかぶって「うどんは讃岐に限る」だの「うなぎは坂東太郎を食ってみろ」だの、「北海道の寿司は美味いことなんかない」なんだの言っていた。ずいぶんといやな奴だったと思う。今ではうどんひとつとっても、大阪のふにゃふにゃのうどんを食べても出汁が麺とマッチして美味いと思うし、山梨の富士吉田うどんのしっかり固いうどんをたべても讃岐とはちがうコシの強さを感じたることができる。昔なら富士吉田うどんを食べて「うどんにキャベツなんかのっかってるなんてありえない!」とクソミソに言っていただろう。
私のまわりにはいろんな地方から来た人たちがいる。その人たちが奨めるいろんな食べ物がある。いろんなこだわりがある。海外に行ってもさまざまな食べ物がある。今ではそれをうまそうであろうが、なかろうがとにかくトライしている。試してみてその良さを見つけることは、食べることだけではない楽しみにもつながる。その土地でたべられ、愛されているものを否定すれば、その土地の人は残念に思うし、仲良くなるのに時間もかかる。まずは試してその良さを見つけようとしたり、実際その味にはまってしまったりすればもちろん、仮に口合わなかったとしてもその味を試し、その土地に馴染もうとする姿勢が、食べ物に限らず豊かな関係を築くことにつながる。食べることはその先の世界につながるのだ。
まずはそばに七味を入れない「暴挙」からはじめることをお勧めする。そばのうまさを、出汁の甘みを発見すること、食べること自体の楽しみはもちろんだが、それ以上の大きな可能性が待っている。

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2018-03-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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