隠しきれない隠し味
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:濱中 伸幸(ライティング・ゼミ 平日コース)
「お父ちゃん、次は坦々鍋しよう」
歌舞伎役者がつくる特製坦々鍋のテレビを見ながら息子たち。
うまそうな豚バラ肉に褐色のスープが画面いっぱいに映っている。
「よし、明日の晩ご飯はこれや!」
横で嫁が、にがい顔をしている。僕が買い物に行くといつも買いすぎ。高いものや、いらないものを買ってしまうのが不満の様子。
次の日の夕方、買い物袋を持参して、ママチャリをとばす。
まさにマルシェ、肉類が近所の店よりも安く、全体的に豊富な品揃えのスーパーに到着。
自転車置き場は満杯で、入り口近くの隙間をみつけて鍵をかける。
先ずは、野菜コーナー。水菜、キャベツ、椎茸、エリンギ、昨日のレシピを思い出しながら、目の前の野菜を吟味する。元気の良さそうな野菜たちと会話をしつつ、値段を見ながら買い物かごに。
嫁は薄いロース豚を希望したので、それはそれと適当な分量のパックをさっと選ぶ。次はメインの豚バラブロック。商品棚には豚バラブロックは無く、豚ヘレブロックが綺麗なサシで鎮座している。しかも後2パックのみ。
また怒られる不安がよぎるが、この2パックは僕を待っていたのだと脳内変換して、おそるおそる買い物かごに。
そうさ、良い選択をしたと息子たちは目を輝かせるに違いない。この綺麗な肉の断面を見せてあげよう。そして肉厚に切って口いっぱいに広がる肉汁を味わせてやるのだ。
豆腐は鍋用の普通の絹ごしか、それとも少し奮発して150円の高級豆腐を買おうか迷ったが、ここはセーブして78円を選ぶ。
スーパーの第4コーナーを曲がったところで思い出す。手羽先と白ネギの青いところで出汁をとっていた。もう一度、鶏肉コーナーから野菜コーナーへ。人の流れに逆らいながら、迷惑にならないように入り口にもどる。
手羽先は安くて本数が多い手羽元で代用し、白ネギは青みの分量が多い3本セットをカゴに放り込む。
最後は調味料。
数多くのメーカーの調味料の陳列棚がそびえる山を分け入って獲物を狙う。
家に炒り胡麻はあったが、レシピの練り胡麻が欲しい。
そう、事前にチェック済みだ。
油のコーナーには胡麻油しかなく、うろうろすると炒り胡麻とすり胡麻の袋が目にはいる。しかし、練り胡麻がない。
やばい、担々鍋の味の決め手は練り胡麻のはず。
練り胡麻だけは違うスーパーに行くしかないと思ったが、豚ヘレ肉の興奮から早く家に帰って料理がしたい衝動で妥協する。まあ、一緒やな。
すり胡麻を手にとり、金胡麻というフレーズのパッケージを選んで気持ちを落ち着かせる。
このあたりから、慎重に吟味するより、料理を早くつくりたい気持ちが高まってくる。
食べるラー油もテレビで見たから絶対必要。でも種類が少なく、一番安いもので我慢。隠し味のカレー粉は家にある。昆布茶の粉末は今回、昆布を細かく切って代替えにしよう。そうしよう。
そして精算レジ。また怒られる。でも今日は我が家にとって、初めての坦々鍋の日。4人家族が外食するよりは安いってことで、買い物終了。
買い物袋いっぱいになった食材を前カゴにいれ、ギアチェンジしてママチャリを立ち漕ぎして家路を急ぐ。子供たちはまだ塾にいる時間だ。
手荒い、うがいをして、キッチンに立つ。
買い物袋からはみ出る白ネギから順に全ての具材をテーブルに並べ、嫁の小言を思い浮かべるも、既に最高の坦々鍋の絵が出来上がっている。
さあ、はじめよう。
ニンニクと土ショウガをスライス。
鍋に水をはり、手羽元と白ネギの青い部分を水から火にかける。
ぐつぐつと湧いてアクが出てくる。
テレビでは40分くらいと言っていたので、一度アクをとって水を足すとまた、少しアクが出てきた。なるほど言うようにやってみるものだ。
鶏から出る細かい油が浮いてキラキラ光っている。見るからに良いお出汁。
味を決めよう。味噌とすり胡麻をテレビで見た分量、鍋に投入。
桜エビと食べるラー油も適量小さじで加えて、オタマでかき混ぜる。
いっぱしの料理人のように小皿でスープを試し飲み。
「うまい!」
素晴らしい出来映えに感激。そういえば、隠し味のカレー粉を入れるのを忘れていた。カレー粉の缶詰のふたを開け、小さじ1杯をさりげなく、沸き立つ鍋に振りかける。
オタマでかき混ぜ、再度試し飲み。
「えっ、何これ!」
先ほどとは違う強烈な香りが口から脳みそまで突き上げる。
何が起こったのか理解できない。順調にみえた坦々鍋が一瞬で別物に。
胡麻の風味が打ち消され、ラー油も桜えびの香りも吹っ飛んでしまった。
おい、カレー粉め。僕は怒っているぞ。君は隠し味の役割だぞ。
これじゃまるで、カレー鍋じゃないか!
君がここまで力を持っているなんて今まで知らなかったよ。
だから缶詰の量もさほど減ってなかったのだね。
子供たちが嫁と帰って来て、第一声
「お父ちゃん!今日はカレー鍋?」
恐るべし、カレー粉さん。部屋の外まで君の匂いが充満しているじゃないか。
僕が君の力を知らずに量を間違えたのは解っている。
でも、君と出会うまでは全てがうまくいっていたのだ。
最高の坦々鍋のはずだった。
君はいわゆる勝者総取りってやつだな。
あわてて、味噌とすり胡麻を足したが、君の足下にもおよばなかった。
ごめん、悪く思わないで、次は君を使わないことにするよ。
でも、今回はさすがだね。
隠しきれなかった君の味、坦々カレー鍋は家族に大好評だったよ。ありがとう。
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