メディアグランプリ

おでこに一撃


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記事:渡邊法行(ライティング・ゼミライトコース)

 
 
ガツン!!
体は後ろにのけ反り、目には火花が散っていた。
「先生のパンチ、すげー早いな……」
僕はそんな場違いな事を考えていた。すぐに、おでこが痛み出してきた。
場所は職員室。担任のM先生が座る椅子の後ろで説教をくらっていた僕は、その立ち位置で拳が飛んでくるとは思いもせず、すっかり油断していた。
 
「なあ、お前。クラスの体育委員だろ?」
「はい、そうです……」
「なら、何でクラスの奴らが早朝練習に出て来てるのに、お前は出て来ない? 体育委員が率先して練習に参加しないで、どうするんだよ。しかも始業時間ギリギリの遅刻寸前に登校してきやがって。大会まであと1週間しかないんだぞ」
 
あれは、中学1年生の5月のことだった。
クラス対抗のバレーボール大会が間近に迫っていた。
大会当日まで残り3週間となった日のホームルームで、毎朝始業時間の1時間前に登校して練習することが決まった。体育委員である僕の提案だった。
なのに、僕は早朝練習が始まって1週間目は参加したものの、2週間目となるこの週は1度も練習に参加しなかった。しかも、遅刻ギリギリで登校していたのである。
この日は担任のM先生が校門前に立ち、登校して来る生徒の服装などをチェックしていたのだが、そこに僕がのこのこやって来たものだから、
「教室にカバンを置いたら、すぐ職員室に来い!」
と言い渡されたのだった。
 
「お前、いったいどうしたんだ? 確かに早朝練習に参加している奴は少ないな。でもな、だからって、お前が投げ出してどうするんだよ」
 
早朝練習は初めから不評だった。予想以上に練習に参加してくれる者は少なく、ホームルームなどで参加を呼び掛けてみたが、効果はほとんど無かった。
 
そうなのだ。僕は投げ出そうとしていたのだ。
 
「思い通りにならない事なんて、これからいくらでも出てくるぞ。その度にお前は投げ出してしまうつもりか? それじゃダメだ。何があってもやりきるんだよ、最後まで」
「……」
「とにかく、よく考えろ。誰にも信用されないような奴にだけは、なるんじゃないぞ」
 
そう言えば、僕が練習をサボリ始めた頃、
「おい、体育委員。今日も練習に来なかったけど、間違えて隣のクラスの練習に参加してたのかよ」
笑いながら、僕にそんなことを言う友人もいた。
でも、ここ数日は早朝練習のことについて、何も言ってこなくなった。
そうか。友人たちは、僕に何も期待しなくなったのか……。
 
その日は一日中、おでこが痛んだ。手で触ってみると腫れているような感触がある。
「親になんと言おうか……」
そんなことを考えながら家に帰った。
 
「あんた、そのおでこどうしたん? 腫れてるやないの」
「M先生に殴られた」
「殴られたって……。そんなに腫れるくらい殴るって、どういうこと!」
 
あまりの剣幕に、僕は取り繕うことも出来ず、ありのままを母に話した。
すると母は、
「そうか。それは、あんたが悪いな。仕方ない。痛いだろうけど、我慢しなさい。先生には少し腹が立つけど、私も我慢する」
そう言って、台所からビニール袋に氷を入れたものを持って来て、
「これで冷やしときなさい」と言うと、台所に引っこんでしまったのだった。
 
夜になっても、なかなか眠れなかった。
それは、腫れが引かずに痛み続けていたおでこのせい、だけでは無かった。
「誰にも信用されないような奴にだけは、なるんじゃないぞ」
M先生の言葉が頭の中でぐるぐると回っていて、余計に眠れない。
「大袈裟だな……」
そう思いながらも、M先生の言葉が心に引っかかって仕方なかった。
そして、練習に参加してくれていた友人たちのことも、思った。
 
「あと1週間か。まだ間に合うかな……」
 
次の日から僕は、練習開始時間の少し前に登校するようになった。
そして、バレーボール大会の前日まで、クラスのみんなに練習への参加を呼び掛け続けた。
結局、最後まで全員参加とはならなかったが、自分なりに納得出来る結果ではあった。
 
3学期。最後の通知票に、M先生がこんな事を書いてくれていた。
「担任させてもらった当初、君はとても危なっかしかった。あのまま放っておいたら、後々君自身が苦労すると考えました。厳しい指導をしたかもしれないが、その後の君を見ていて、間違いではなかったと確信しています」
 
あの時。
自分で始めたことを、簡単に投げ出そうとした事。
早朝練習に顔を出さない僕のことを、クラスの友人はどう思うのか。そんな事すら想像出来なかった事。
そんな僕の事を、M先生は心配してくれていたんだな……。
小さな芽だったかもしれない。でも、それを放置していれば、自分勝手で信頼に値しない人間になっていたかもしれないのだ。
 
世間では教師やクラブ活動の顧問からの体罰が問題となり、ニュースでもよく目にする。
体罰は絶対にダメ。もちろんそうだと思う。
ただ……。
僕は今でも、M先生に感謝している。
M先生からの「おでこに一撃」は、僕を変えてくれたのだから。
 
あれから10年、M先生は、今、どうしているだろうか。
殴られた後、腫れが引いてからもしばらく傷痕がおでこに残っていて、いつもそれを確かめるように触っていた。
今はもう傷痕は無くなってしまったが、今でも何かを投げ出したくなる瞬間、その傷痕を探すくせは、いつまでも治りそうにない。
 
 
***

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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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