メディアグランプリ

さよなら、松田聖子。


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記事:夏目則子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
だって、みんな松田聖子になりたかったのだ。
 
相当変わった数人の子を除いて、クラスの女子はみんな“聖子ちゃんカット”だった高校時代。
その頃はまだパーマの技術が低く、初めてかけたパーマは強すぎて、おばちゃんみたいなってしまったが、私もめげず聖子ちゃんを続けた。それが自分に似合ってなんかいなかったことはわかっていた。
 
だけど、みんな松田聖子になりたかったのだ。
 
白くて透き通るような肌、華奢なスタイル、目鼻立ちは小ぶりで、花に例えるなら“かすみ草”のような少女。パステルピンクのレースやフリルのワンピースが良く似合う少女。少し長めの前髪からのぞく、上目遣いが魅力的な少女。それがその時代、唯一の可愛い女の子像だった。それが自分とは対極なことはわかっていた。
私の目鼻立ちはとてもはっきりしていた。
「将来は宝塚の男役やな」
子どもの頃に言われた、親戚のおばさんの心無い褒めたつもりの言葉が、その後もずっと私の中にトゲとなって残っていた。色は黒く、ソフトボール部で鍛えた体は骨太で筋肉質だった。キャッチャーだったせいか手も大きく育ち、
「お前の手、グローブみたいやな」
と、ちょっと好きだった男子に言われて落ち込んだこともあった。それでも私は、レースのワンピースを着続けた。パステルカラーのフワフワのセーターを着て、上目遣いの写真でオーディションに応募したこともあった。
 
どんな子だって、みんな松田聖子になりたかったのだ。
 
「可愛いね」
ただただ、その一言が欲しいがためだけに、服も髪もしぐさも、そう見えるように努力した。
29歳の春、パステルピンクのワンピースを買った。ワンピースはとても可愛い色とデザインだった。でも試着室の鏡に映った私は、決して可愛くなかった。似合っていないことはわかっていた。それでも私は、そのワンピースを買わずにいられなかった。似合わない服を着続けた私は、ずっと野暮ったかった。そして、決して可愛くなれない自分に自信が持てなかった。
 
30歳の春、ふと立ち寄ったブティックで、なぜか1着のパンツスーツが目に留まった。落ち着いたパープルグレーのテーラードジャケットに、ワイド目のパンツ。それまで着たことのない色と形。なぜそれを試着してみようと思ったのかはわからない。無意識だったようにも思うし、店の人に勧められて断わることができなかっただけかもしれない。少し大人になっていたあの頃、それまでの自分のままではいけないことに、薄々と気づいていたのかもしれない。
 
そのスーツは、驚くほど私にピッタリと合った。今まで知らなかった自分がそこにいた。
「かっこいいかも」
自分自身に素直にそう思えた。ガッチリめの体型はテーラードジャケットに映えた。パステルカラーではくすんで見える色黒な肌は、落ち着いた色を選ぶことで明るく見えることがわかった。パンツスタイルは、隠しきれないガサツな動作を、かっこよさに変えてくれた。
 
ちょうど輸入コスメが日本に上陸し、ヒットしていた。それまでの日本人向けの淡いメイクとは違って、ラインをハッキリと描き、目鼻立ちを強調するメイクが人気となっていき、それは、時にハーフに間違われる濃い顔立ちの私に似合った。多様な人種に似合うようカラーバリエーションも豊富で、1本のリップの色で自分の印象がこんなに変わるのかと驚いた。
 
女の子らしさの象徴として決して短くすることのなかった髪型も、思い切ってショートにしてみた。自分の意思で髪型を選ぶことができるようになってから、初めてのことだった。男の子みたいにならないかと心配したが、結果はまったくその逆だった。
 
私はどんどん“カッコイイ”方向に舵を切っていった。
パンツスタイルが定番になり、モノトーンを好んで着るようになった。口を開けて笑うようになったし、仕事では厳しい視線や口調が定番になった。そうすると仕事でも信頼されるようになって、仕事もどんどん楽しくなっていった。もう、うつむきがちに上目遣いで媚を売る私はいなかった。
 
さよなら松田聖子。
追い求め続けて決して手に入れられなかった松田聖子のような私。その呪縛から解放されるのに随分かかってしまったが、私はついに、自分に似合うスタイルを見つけたのだ。
 
そんなスタイルがすっかり身に着いたころ、不思議なことが起こった。
私のことを、可愛い、と言ってくれる人が増えてきたのだ。
“オトメ番長”というあだ名をつけられるようにもなった。誰よりも女の子っぽい、という意味らしい。
あれほど欲した『可愛い』の一言。可愛くなろうと必死で努力していた時には誰も言ってくれなかったのに。もう決して、可愛いものは身に着けなくなったし、可愛いしぐさはしなくなったのに。
可愛さを捨てたことで、可愛いと言ってもらえるなんて。
でも私は素直に、そして本当にうれしかった。こんな日がやって来るなんて。
 
画一的な可愛いという概念は崩壊したし、ハーフタレントや筋肉女子など時代が私に有利に流れてくれたせいもある。でももう1つ加えるなら、それはギャップ効果がうまく発動したからだろうと思う。
誰だって、ほんの少しは可愛い要素を持っている。
きっとカッコイイを強調することで、私の中に微かにある可愛いが却って目立つようになったのだろう。外見から完璧に可愛い子には勝てないかもしれないけれど、それでも私は今、十分に満足している。

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2018-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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