旅の恥は「書き捨て」られるか?《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:小山 眞司(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)
週に1回、天狼院の課題提出に関して書くネタに悩むことがたまに、いや毎週ある。最近のエピソードで面白いものはないか、と考えるのだが、そんなに劇的な日常を過ごしているわけでもない。
そこで、今年の冬、一人旅をして旅先でのハプニングに期待することにした。
まず行き先を選ばなくてはならない。その際、何故か「女性 一人旅」と検索してしまう邪な気持ちはさておき、検索結果から金沢を選んだ。宿泊先以外は何も予定を決めず、思いつくままの1泊2日おっさん一人旅がはじまった。
金沢行きの電車に飛び乗り、一人で駅弁とビールを楽しみだした。これから巻き起こるハプニングや出会いに胸を高鳴らせた。10分程度で弁当を食べ終わり、その後5分でビールも飲み干し、流れる景色をながめていた。
「……」
「…………」
「……退屈だ」
忘れていた。僕が一人で時間を過ごすことが桁外れに下手なことを。
一人でご飯を食べに行くことも極めて苦手で、一人で飲みにいくことなんてなおさらできない。
そこを忘れて一人旅を企ててしまった。僕は京都を出発し、ものの20分程度で既にすることがなくなってしまった。
到着まであと約2時間を残して退屈の極みが襲ってきた。癖でスマホをみてしまいそうになったが、スマホを見てしまうといつもと変わりがなくなってしまう。今回は我慢して窓の外に流れる景色を見続けた。やがて僕は眠りにつき、目が覚めると雪の積もる金沢に着いていた。
駅から旅館に直行して部屋に案内してもらった。和室に荷物を置き、ここでも窓の外に広がる景色を楽しんだ。
しかし、ものの1分も経つと「うん、もういいかな」と思えてきて、今度は温泉に入ることにした。浴衣に着替えて旅館内を歩き回った。
さすが「女性 一人旅」で検索した場所だけあって館内は女性率が確かに高かった。ただ検索ワードにもう一言「若い」と付け足すべきだった。館内で楽しんでいる女性たちは年配の女性団体ばかり。「一人旅」という検索ワードも軽く無視されたようだ。
気分を切り替えて温泉に入ることにした。平日の昼間ということもあって、入浴客は僕一人。露天の岩風呂は僕一人で入るには広すぎるサイズだった。かかり湯をして手ぬぐいを頭の上に乗せ準備完了。湯船にそっと浸かりだした。寒さで痺れていた手足が次第にほぐれて行く。まさに「極楽、極楽」というフレーズがピッタリ合う環境だった。
湯船の中で全身の力を抜いて瞳を閉じた。
これでこそ一人旅! と一人きりの入浴を満喫した。なんなら1曲歌おうかとさえ思うほどだったが、もし誰かが入って来たときにびっくりさせたくない気持ちと、隣接している女風呂に聞こえてしまう危険性を考えてやめ、黙って楽しむことにした。
「……」
「…………」
「……暑い」
さっきまで寒かった身体が温まり、今度は暑くなってきた。のぼせてしまっては意味がないので上がることにした。着替えて時計をみると30分しか経っていなかった。誰かと一緒に入っていれば会話も弾み、上がっては浸かりの繰り返しで1時間でも2時間でもいられるが、一人きりの入浴の臨界点は低い。
「また後で入れば良いや」と思ってスッキリして部屋に戻った。時間はまだ午後4時30分、夕食までは時間がある。散歩でもしてみようかと思った。館内は年配の方が多いが、外には「女性 一人旅」の検索結果でヒットした人がいるかもしれない。これから巻き起こるエピソードと新たな出会いに胸膨らませて旅館から出た。
温泉街を歩くにはやはり浴衣が一番である。もちろん僕も他聞にもれず浴衣で散策をはじめた。
真冬の夕暮れ時、温泉街は閑散としていたが、それでも貪欲に出会い、いやエピソードを求めて歩き回った。たった一人の「おじさんぽ」だった
「……」
「…………」
「……寒い」
さっき温泉で温まった身体が芯から冷えた。せめて靴下くらいは履くべきだったと後悔した。結局寒さに負けて、釣果も得られぬまま旅館に戻った。そしてもう一度冷えた身体を温めるために露天風呂に向かった。今度は先客がいた。年の頃なら30代半ばくらいだろうか? これはエピソードを入手するまたとないチャンスだと話かけてみることにした。
「ご旅行ですか?」
「はい、家族で来ています」
思っていたのと違った展開だった。僕が期待していたのは
「仕事で来ています」というリアクションで、
それをきっかけに
「そうなんですね。この辺って夜遊ぶところありますかね?」
「どうでしょうねぇ。温泉街だから何かしらあると思いますよ」
「じゃ、夜散策に一緒に行きませんか」
的な会話がなされて、行きずりのバディを見つけられると思ったのに、幸せ満開の家族旅行だったため、その後特にエピソードも得られず、当たり障りのない会話で時を過ごした。
旅館に到着してからわずか2時間足らずで風呂も2回入り、額面上は町並みも散策し、することが決定的に失くなった僕は再び部屋でくつろいでみることにしたが、退屈感が半端ない。カバンの中を整理してみたり、脱いだ衣服を丁寧にたたんでみたりしてはみたものの、時計の針は一向に進まない。それでも時間をつぶしていると、「夕食の準備ができました」と部屋に食事が運び込まれた。
部屋で独りで食べる食事は切なく、本来の味の60%くらいしか味わえていない気がした。いっそのこと酔いつぶれてみようとも思ったが、独りで飲む酒はもっとすすまない。瓶ビールの半分も飲まずに、あっという間に食事が終わった。静けさがさらに切なさに拍車をかけたので、仕方なくテレビをつけると、メガネをかけた少年が猫型をしたロボットに助けを求めていた。僕も「独りで寂しいんだ。誰か話し相手を出しておくれよ」とお願いしたくなった。
次にひらめいたのは、「一人旅の観光客」は夜こそ出歩いているかもしれない、ということ。夕方の失敗を繰り返さないように今度は重厚に着込み、再び夜の街へくりだしたが、相変わらず閑散としていた。どうやら温泉には傷心旅行で女性が一人で訪れるという噂は都市伝説だったようだ。
何の釣果も得ず、部屋に帰ると広い部屋に布団が一つ、ポツンと敷かれていた。横になり、気づくと携帯でYouTubeを見ていた。「これでは普段と一緒だ」と涙をかみしめながら知らぬ間に眠りに落ちた。そして翌朝、朝食を食べてチェックアウトした僕は24時間前の逆再生を見るがごとく家路に着いた。
こうして何も起こらなかった一人旅はたいしたエピソードを得ることもなく終わりを告げた。
しかし、こんなところでめげる僕ではない。「一人でだめなら複数で」と翌週、友人4人を誘い5人旅行を敢行した。場所は同じ金沢ではあるが、前回の失敗を踏まえてホテルにした。これなら部屋でくつろいで終わってしまうことはない。同じ失敗を2度と繰り返さない姿勢はさすがだ、と自分を褒めた。今度は食事もついていない。自分たちで食べるところを探す作業が必要だ。
夕方、現地に着いた僕達一行は各自部屋に荷物を置いただけですぐに出かけた。金沢市片町に着いた。どうやらこの辺りは繁華街のようだ。おいしいカニ料理を5人で楽しみ、日本酒も飲み、午後8時には完全に出来上がった5人がいた。やはり、独りより大人数の方が食事も美味しいし、楽しい。
まだ時間も早いので、もう1軒行こうということになった。土地勘が全くない僕達5人は街中で会議を開いた。
「次どこ行く?」
「その辺の人にオススメ聞いてみる?」
と戦略会議をしている途中で和服の女性が僕の前を通り過ぎた。
「きれいな人だなぁ」と思いながらも会議中だったので、チラッとみただけで会議に集中していた。しばらくすると仲間の一人が口を開いた。
「さっき、めちゃくちゃキレイな人がいたんだけど」
「いたいた!」
全員の意見が一致した。全員が言っている人物は、さっき僕の前を通り過ぎた和服の女性のことだった。
全員が見て見ぬフリをしていたしたたかさに驚いた。
そしてその女性を探そうということになった。しかし手がかりはなにもない。すると、「確かそこのビルに入っていったぞ」と、
仲間の一人が言い出した。6階建てのその小さなビルは、各階にスナックが数軒ずつ入っている、いわゆるスナックビルだった。本当に僕達が目指す女性がこのビルのどこかにいるかどうかは定かではなかったが、友人がくれた唯一のてがかりを信じて、捜査してみることにした。
捜査方法はこうだ。
手分けして1フロアに5〜6軒ほどある店のドアを開けて中を確認し、再び廊下に集合して捜査結果を報告し合う。見つければ全員でその店に向かう。
途中で何があろうとも、探している女性がいない限り、店には居座らない。
固く誓いあった僕達はまず一階から捜査をはじめることにした。5人が散り散りになりそれぞれ店のドアを開けた。
「バーーーン」
勢い良くドアを開けて僕が最初に入った店は、観光客というより地元の方で盛り上がっているスナックだった。
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
という店員の言葉を無視し、店内を見回したが、ホシはその店にはいなかった。僕はすぐに踵を返し店を後にした。一階廊下の捜査本部にはもう全員集まっていた。遅れて到着した僕に
「どうだった?」
と質問がなげかけられ、
「いや、いなかった」
と答えた。
そして僕達は次の階へ向かった。二階、三階と捜査を進めていくが、一向にみつけることはできない。やがて、僕達全員に「本当にこのビルで合っているのか?」という疑いが出てきた。一度疑いを持ち出すと、途中で色々な誘惑に心が動き出す。
「探してる人はいなかったけど、キレイな人がいたからこの店で良いんじゃない?」という提言が多くなってきた。幾度となく折れそうになったが、強い意志で持ちこたえた。
残すところ最上階の6軒だった。5人が手前から一人ずつ店に入り、中を確かめて一度集合した。どこにもホシはいなかった。そして最後の一軒となった。その頃になると僕たちは半ばあきらめ、「見つからなければ三階の店に戻ろう」と、もう次のことを考え出していた。そして最後だからと全員で最後の扉を開けた。
すると、つい1時間ほど前に僕達の前を通り過ぎた和服の女性がカウンターの中にいた。
「見つけたー!!」
僕たちはあまりの嬉しさに抱き合って喜びを分かち合った。和服の女性からすれば、何のことかさっぱりわからないだろう。突然入ってきた5人組が何故か喜びながら抱き合っているだけだから。
僕たちはしばらくして落ち着きを取り戻し、やっと会えた和服の女性に成り行きを説明した。すると彼女も喜んでくれて宴が始まった。
どのくらいいただろうか、時計の針は深夜2時を回っていた。8時の時点ですでに出来上がっていた僕たちは眠くなってきたため、帰ることにし、必ず帰ってくると約束してその店を後にした。
僕達5人の中はなんとも言えない達成感を味わっていた。くだらない遊びではあったが、確実に心が動いた。
また、くだらないエピソードではあるが、なんとか書けるネタを見つけることが出来た。思い切って外に出てみることで明らかにヒントが転がっていると改めて思い知った。そしてもう一つ大事なこと。やはり捜査は足で稼ぐものだと実感した。
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