プロフェッショナル・ゼミ

意外と知られていないが、饂飩(うどん)と相撲の共通点《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山田THX将治(天狼院ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

「‘力うどん’ってさぁ、強力粉で作ったうどんなのかなぁ?」
近所に在る、ショッピングモールのフードコートで記事を書こうとPCに向かっていたら、隣の席のヤンキーなあんちゃんが丼の一番上に乗った‘焼いたお餅’を割り箸で摘み上げながら、向かいの席に座って居るカノジョらしき若い女性に質問した。
「そうじゃない? あんたの方が頭良いから多分合ってるよ」
かみ合わない会話に
「お前が箸で持ち上げている‘お餅’が入ったうどんのことを‘力うどん’って言うんだよ!」
と、ツッコミを入れようと思ったが、公衆の面前で若者に恥をかかしてはマズいと感じグッと堪えた。
その代わりに、若いあんちゃんが小麦粉に‘薄力粉・中力粉・強力粉’の種類が有ることを、知っていと感じただけでも‘良し’として置こうと思った。

そんなことが気になるのは、私の元業が製麺屋だったからだ。
自社工場で製造したうどん・日本蕎麦・中華麺(ラーメン)等の麺類を、麺専門店や飲食店に卸すことを生業(なりわい)にしてきた。諸般の事情で、工場は4年前に閉鎖してしまった。しかし、今でも麺を作るノウハウや、食品製造に関する衛生管理、そして何より‘小麦粉’を中心とした穀物に関する知識は、そこそこ維持している自信がある。またその逆で、一般の方々が麺や小麦に関して、どこまで知識をお持ちなのかは、皆目見当が付かないままだ。

私がまだ30歳の頃、こんな記憶が残っている。
ある‘異業種交流会’での事。名刺交換をしながら挨拶をしていると、鉄工所を営む同世代の‘若旦那’と出会った。
「製麺屋さんは良いですね。食べ物商売だから景気に左右されなくて」
バブル期らしい高価格な身なりと、いかにも見え見えの‘ヨイショ’から、育ちの良さと一般的な知識は持っていることが感じられた。私は少々ムッとした。
言葉の裏に「乱高下は有っても、お前の商いよりは売り上げが良いぜ」という隠れた本音を感じとったからだ。若旦那の、薄ら笑いをしながらの顎の‘しゃくり方’に、私は彼の本音を読み取っていた。
反論しても角が立つので、
「皆さんそう言って下さるのですが、そこに製麺屋の限界が有るのですよ」
と切り返しておいた。相手に‘疑問’の表情が出たので、
「日本人なら誰でも、麺が好きなのです。だからこれ以上、市場が広がらないのです。もし、麺が嫌いな日本人が、2・3割でも居てくれれば市場の‘伸びしろ’も残っているのでしょうが、それがもう期待出来無いので、多分これが限界でしょう」
そう答えておいた。
実際、四半世紀が過ぎて、自分の言葉を自分で証明することになったのは、何かの因縁かもしれませんが。

製麺工場というのは、思いの外、装置コストとランニングコストが掛かります。一食当たり30円~70円程度の売値であるにもかかわらず、工場の製造ライン設備には千万円単位の投資が必要になります。固定の人員が、工場稼働中には必ず必要で、しかも、生物(なまもの)の食品製造の為、衛生管理に長けた人員に限定されるのです。当然、人件費コストはかさみます。
その他ランニングに掛かるコストでは、水道代が驚異的に掛かります。一般家庭と同じく、東京都水道局の上下水道を使用しなければならない地域(東京23区内)に工場が在った為です。水道代は居住者と同じく、2ヶ月に一度の請求が来ていましたが、その請求金額が約2・3百万円でした。繁忙期になると4百万円に近付く時も有りました。これは私の工場は、‘生麺’(ラーメン屋さんが使っている麺を思い浮かべて下さい)ばかりではなく‘茹麺’(立ち食い蕎麦屋さんを思い浮かべて下さい)も多く製造していた為、生産と衛生管理(ラインの清掃殺菌)により多くの水を必要としていたからです。地方の水道代がほとんど掛からない製麺工場に比べて、高コスト体質であったことになります。
しかしその反面、水道費の高さから、私がよく冗談めいて言っていた“23区内で最大級の製麺工場”が、事実である証明にもなっていました。何故なら、水道は、‘上水’の使用量によって‘下水’として流す量が一定率に決められています。その際、‘下水’に‘使用上限’が決められていて、制限を超えると“浄化槽”と伴った“浄化設備”を設置しなければなりません。その当時でも、一坪(約3.3平米)あたりの土地の価格が、7桁を維持した地域で“浄化装置”を設置し減価償却出来る程の売り上げを、単価が低い事業で出来る訳は有りません。よって、‘下水の使用制限’ギリギリだった私の工場は、“23区内で最大級の製麺工場”だった訳です。
ザックリいうと、一日当たりの生産量は、平均2万5千食から3万食でした。

規模を誇るだけでは、前時代的であるし頭も悪そうに見えるので、私はせめても“可能な限りの高品質”を追求していました。その結果として、一食当たりの単価も上がり、麺類製造業界では考えられなかったことですが“一食当たり100円”を超える製品を、幾つもラインアップしていました。ユーザーからは、‘価格’ではなく‘品質’を評価して頂ける様、研鑽(けんさん)も重ねていました。

各種の麺に、付加価値の高い製品を生み出してきました。取引先からは、喜ばれることも多かったと自負もあります。
行列が出来て、テレビの取材が来たラーメン店の麺も作らせて頂きました。丸の内のオフィス街に在る、ランチで客単価が1,000円を超える日本蕎麦屋さん用の、厳選した蕎麦粉を使用した蕎麦も作りました。香川県のアンテナショップ用で、本場と同じ仕様の‘手打ちうどん’も打っていました。“博多風うどん”の引き合いが来たときは、独特の‘柔らかさ’を出すのに苦労しました。
その一つ一つに、今でも思い出が有ります。
サンプルを気に入って頂いて誉められたこと、価格が折り合わず止む無く断念した商談、努力してコストを切り詰め先方の業績に付与できたこと、色々なことが今でも思い出されます。

麺の主原料は、小麦粉です。小麦粉は、フードコートに居たヤンキーも知っていた通り、薄力・中力・強力と大まかに分けることが有ります。その際の“力”とは、俗に“コシ”と表現されることが有ります。これは、小麦粉に含まれる‘グルテン’と呼ばれるタンパク質が含まれている為に生まれる表現です。
最近では、一部のアスリートから“グルテンフリー食”(グルテン抜き)が奨励されていて、‘糖質’と共にどこか‘悪者’的に見られています。しかし、この‘グルテン’の効果が有ってこそ小麦粉は、麺の様に繋げられたり、ピザの様に拡げられたり、パンの様に膨らます事が可能なのです。
‘グルテン’は、網目状に組成します。食パンの断面に在る、編み目の様な気泡を見て頂くと分かり易いでしょう。こうして、編み目状で‘グルテン’が組成することによって、繋げたり拡げたり膨らますことが出来るのです。
この‘グルテン’量が多いと強力粉、少ないと薄力と“力”を使って表記区別されているのです。最近では、‘硬質(強力)・軟質(薄力)’と言った表記も見られます。
大まかに言うと、強力粉は主にパン用として用いられます。イーストという酵母を使って膨らませるのですから、より多くのグルテンを必要とするのです。中力粉は主に、うどん用として用いられます。薄力粉は主に、お饅頭の様な菓子に用いられます。グルテン量が少ないので、柔らかい食感が得られるのです。
ここで、良く受ける質問ですが、うどんに対して“コシが強い”と表現されるのが多い為、うどん用の小麦は‘グルテン’を多く含有しているのではないかと思われています。しかしこれは、フードコートのヤンキーと同じく、完全な勘違いです。うどんに使う小麦粉は、パン用粉程は‘グルテン’が含まれていません。もし仮に、パン用の強力粉でうどんを打った場合、大変硬くゴリゴリした食感となってしまいます。最近の、強力粉を‘硬質’と表現することが、的を射ている表現かもしれません。
では、何故このような勘違いが一般的になってしまったかというと、ひとえに我々“麺”で禄を食む者の怠慢でありました。プロとして、ロジックで的確に表現しなければならことを怠っていたのです。しかも業界内では、‘硬質’を表す“コシ”の他に、‘粘り’(軟質に近い感覚)を表す“アシ”という表現があるにもかかわらずです。

麺類の中でこの“アシ”と“コシ”の違いが、もっともよく現れるのが‘うどん’です。“饂飩”という漢字で当てられる様に、日本古来から在る伝統食であり各地に見られる郷土食です。本場と言われる四国・讃岐を始め、秋田の稲庭とか福岡とか種類も豊富です。
中には、埼玉県の一部に今でも見られますが、‘冠婚葬祭’の席でうどんが振る舞われます。これは、伝統行事でもあるのですが、埼玉から群馬県(旧・上州)は、土地が稲作に適さなかった為、麦の耕作が地場産業となりました。そこで、自分で育てた小麦を主人自ら刈り取り・粉に挽き・手打ちでうどんを打つことが、最高の‘おもてなし’とされているのです。

それ程までに、日本人の生活に浸透している‘うどん’ですが、プロの製麺屋にとっては、他の麺に比べて作ることが最も難しく、かつ、褒められると最も嬉しい麺でもあります。
中華麺は、“かん水”という強アルカリ性の添加物が入ります。その他にも食塩・卵・色素といったものが添加されるのが一般的です。そういった添加物の調合や選び方で、麺のクオリティが決まります。
日本蕎麦のクオリティは、‘蕎麦粉’の良し悪しで決まってしまいます。丁度、脚本の出来次第で、映画や舞台の出来が決まってしまうのと同じです。
その点、うどんはその主原料は、小麦粉(中力粉)・食塩・水、以上です。中力粉の種類は、蕎麦粉ほど等級差はありません。食塩は、単価の安い麺を製造するのですから、‘モンゴルの岩塩’みたいな高価な物は使えません。当然、差は出来ません。水は若干の差はあるものの、うどんにとって重要な水分は、製麺時の‘練り水’ではなく、麺を茹でる茹で釜の水の方が影響が大きいものです。
従って、原材料で差が出ないということは、‘うどん’を褒めて頂けるということは、即ち、製麺方法そのものを褒めて頂けたということになるからです。

そして‘うどん’をスポーツに例えると、用具に差が出ず(用具が少なく)・体重無差別で・決まった狭いフィールドで・一対一で対戦する‘相撲’と似ている点が多くあります。相撲において技術以外で差を出すには、せいぜい‘まわし’をきつく締め込むか、緩めにするかしかありません。うどんの製麺でも、練り水の食塩濃度を濃いめにするか薄めにするか位です。しかも練り水の殆どが、茹で湯に溶け出してしまいます。
製麺屋が、うどんを打つ際に気にする熟成時間や‘延し(のし)’の回数は、相撲でいうところの‘立ち合い’や‘いなし’と同じく、力士のテクニックの極みであるのです。

しかも、‘うどん’も‘相撲’も肝心なのは“足腰”なのですから、よく似ているのかもしれません。
そういえば、相撲界も旧態依然たるところが露見したしね。
製麺業界も、同じだったよな。

貴乃花親方のニュースを見ていたら、こんなことを考えていました。

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