【R-18】生徒たちには教えてあげられない、大人の転機《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:永井聖司(プロフェッショナル・ゼミ)
《このお話はフィクションです》
「何で私、この仕事続けてんだろ……」
明るくて白い光の下で、水着同然の衣装に身を包んだ鏡越しの自分の姿を見たら、思わず呟いてしまった。考えてはいけないことだとは思っていても、冷静になると、どうしてもダメだ。お金のためだ、という返答がすぐに浮かぶけれど、それを打ち消すほどの反論も、同時に山ほど浮かんでくる。
そんな私の背中にボーイが呼ぶ声が聞こえれば、鏡に向かって笑顔を作る。昼間の自分では出せない、営業スマイル。そしてその笑顔を貼り付かせたままボーイに導かれて、フロアに出る。
薄暗い部屋の中には音楽が流れ、仕切りのされた二人掛け用ソファーが約20設置されている。席と席の間の通路を進みながらちらりと見れば、見慣れた顔の、私と同じ衣装を着た女の子たちが、オトコの人と仲良く話をしたり、キスをしていたり、股の上にまたがっているのが見えた。
すると、ついさっき鏡の前で自分に問いかけたばかりの疑問が、また私の頭の中に湧き上がり、私は小さく息を吐いた。そのタイミングとほぼ同時で席に到着すれば、私は息を吸い込み、気持ちを整える。そして口角を上げるイメージをしてから席を覗き込めば、私の疑問は、少し薄くなった。
「リリです。お兄さん、お名前は?」
真面目そうで、迷惑行為の無さそうな人でよかった。源氏名を名乗りながらいつも通りの一言目を言い、席につく。そして眼鏡の奥の瞳を見つめながら、質問した。
「マモルです……」
あれ?
私が向ける視線とお兄さんの視線は交わることがなく、おかしいな、と一瞬思ったけれど、私は笑顔を浮かべて、接客を開始した。そしてすぐに、違和感の正体に気づいた。
あ、この人童貞だ。
舌を入れた瞬間、私にはわかった。
そこには、ぽっかりと穴の空いた空洞があるだけで、何もなかった。舌を動かして探ってみるけれど、やっぱり何もない、何にも当たらない。
オトコを見る目はまだまだないなと、数秒前の自分の判断ミスを少し悔やむ。思い出してみれば、額をコツンとぶつけた時の笑顔が、ぎこちなかったような気がする。唇が近づいても全然顔の角度を変えないから、ディープキスに慣れてないかも? とは思った。でもまさか童貞だったなんて。
セクシーキャバクラ、いわゆるセクキャバにやってくる童貞の人というのは、少なくない。女の子と話せておっぱいも触れる、キャバクラ以上風俗以下のお得感が良いのか本当のところの理由はわからないけれど、私も何度も相手をしたことがあるし、同僚のみんなからも聞く。だから今回もわかったわけだけど、見た目からは全然そんな風に見えなかった。ワックスで固めた黒髪短髪にメガネ、薄い青の半袖シャツ。歳は私よりもちょっと上のはず。別の席に上司っぽい人もいたから、飲み会の二次会で連れてこられたって感じだろうか。
そんな風に簡単にプロファイリングを終えれば仕方なく私は、マモルさんの中に伸ばした舌を自分の中に収納する。そして同時に、大切な言葉を、思い出す。
『オトコの人のプライドを傷つけちゃダメ』
お店に入ってすぐに先輩から教わった、そして今でも大切にしている言葉だ。
私は、ゆっくりと顔を離しながら、慎重に表情を選ぶ。小馬鹿にするような笑顔はダメ。だからと言って、残念がるような怒っているような表情ももちろんダメ。考えた私は、少しだけ口角をあげた。昼に使ったばかりの、でもお店ではあまり使わない表情。大丈夫だよ、なんでも許すよ、という気持ちを込めた顔だ。
でも、全ては杞憂だった。
顔が離れればマモルさんは、すぐに私から顔を反らした。そして口元を手で覆って、手のひらの下の肌はほんのり赤くなっているみたいだ。
その様子に私は、自分の直感が正しかったことを感じたけれど、口には出さない。『オトコの人のプライドを傷つけちゃダメ』だからだ。
さあこの後どうしよう。ウチのお店は40分6,500円が通常コースで、20分で女の子が変わる回転制。私の持ち時間は残り約15分。ほんのり赤くなったように見える耳と黒髪を見ながら、考える。
「……メン……」
すると、口元を覆った手が少しだけ動いて、声らしきものが漏れた。それが何なのかすぐにはわからなくて私は思わず「え?」と聞き返そうとしたけど、もう一度呪文を唱えればグッとガマンして、考える。そして相手が謝ったんだ、と気付けば、私は色々と考えを巡らせた後、ワックスでツンツンの黒髪に手を置いた。
「何がゴメン? 全然いいよ?」
人によっては怒るかもしれないけれど、マモルさんなら大丈夫だ。そんな直感が働いたのでやってみたけれど、やっぱり相手に怒った様子はなかった。その様子を見ていると私の中で、昼間の光景と目の前の光景が、混じりだす。
昼間の私は、塾の講師だ。明るく真っ白な蛍光灯が照らす教室の中に整然と並ぶ、学生服に身を包んだ生徒たちの頭や横顔を、ちょうど今みたいに見下ろしている。
私を慕ってくれる生徒たちも好きだし、時折見ることが出来る生徒たちの斬新な発想や、生き生きとした表情、そして何より、
「先生、出来るようになったよ!」
「先生わかった!」
なんて声を上げながら、今までわからなかった問題を生徒たちが解けるようになる姿が好きだ。だから別に、塾の講師という職業に不満もないし、セクキャバ嬢を続けなければ理由もない。むしろ乳首を噛まれたり、嫌な行為をされるストレスがなくなることを考えれば辞めるほうが絶対に良いように思う。『お金が稼げるから』と言う知り合いからの誘いで初めて約1年、その言葉通り月約50万円の収入の魅力に負け、惰性で続けてきたけれど、そろそろ潮時かもしれない。
そんな風に思い始めていたこんなタイミングで、昼間の生徒たちのことを思い起こさせるような人物が目の前に現れるなんて、これは神様のお告げかもしれない。
そう思えば私は優しく、愛おしむように、マモルさんの太ももに手を置いて、他愛もない話を始めた。どうしてここに来たのか、今日はここが何軒目なのか、どんな仕事をしているのか、などなど。最初は先程のキスの緊張と自分自身への不甲斐なさで落ち込んでいる様子で中々話してくれなかったけれど、徐々に口数が増えてきた。残り時間は多分、7分ぐらい。そこで私は、もう一度仕掛けた。
「こういうお店は、初めてですか?」
そのタイミングでした私の質問に対して、マモルさんの答えはなかった。マモルさんの顔が、固まってしまったんだ。
なにか答えようとしたその口のままで言葉は出ず、顔を下に向けた。そして、マモルさんの股の間の膨らみに手を這わせる私の手を、発見したんだ。
そんなことには気づかないフリをして、私はまだまだふにゃふにゃの膨らみに手を這わして、揉んで、刺激する。
「あ、ああ……はじ、めて……」
息を乱さないように気をつけている感じで、途切れ途切れに言葉を返すマモルさん。その不慣れな感じが、何故か私の気持ちを、刺激する。
「ねぇ」
そしてマモルさんが初めて、自分から話し始める。
「触って、良い……?」
どこのことを言っているのかは、視線が雄弁に、物語っていた。
「良いよ、もちろん」
衣装の胸の部分に手を入れて、下方向に力を入れる。そして少しだけ膨らみが下に引っ張られて締め付けが無くなれば素肌とその頂点が、露出する。不思議なもので、この薄暗い空間の中、この衣装を来ていると、こうなってしまっても恥ずかしくない。慣れとは恐ろしいものだと、つくづく思う。そして熱い視線を感じれば、私はマモルさんに微笑みかける。許すような表情を浮かべたとは思うけれど、実際どうなっていたかは、もう私にも正確には把握できなくなっていた。
ゆっくりと、待っているこっちが恥ずかしくなるぐらいの速度でマモルさんの手が近づき、そして握られる。私の顔なんて見ないで、両手にかける圧力を強めたり弱めたり、まるで実験をするみたいに刺激するその様子に、私は聞こえるぐらいのボリュームで、笑いを漏らした。
その声に反応して私を見たマモルさんの表情に、ゾクゾクゾクッ! と、背中になにか駆け上がるものを、私は感じた。
席についた直後のおどおどした様子でも、ディープキスが出来なかった後のガッカリとした表情でもない。力強くてイヤらしい、欲望に忠実な男の顔が、さっきとは別人みたいな顔が、そこにはあった。
そして私よりも先に、マモルさんが笑った。顔がゆっくりと近づいてきて、その意味を理解した私も、また笑った。
中はもう、空洞ではなく、確かな熱があった。マモルさんの不慣れな、でも確実な欲望が、絡みつく。でも、イヤではない。ゾクゾクする。
何度も角度を変え、残り時間がなくなるぐらいの長い間、その時間は続いた。そして私の方からゆっくりと顔を離せば、名残惜しそうなマモルさんの目が、私を見つめた。先程よりも自身を強めたように力強く、熱すら感じられる瞳だった。
「そろそろ、時間だから」
腕が優しく、掴まれる。
「このままでも、良い……?」
はじめてのお客様特有の、そういうことをして良いのかわからない不安と、所有欲が混ざりあったような、複雑な声だった。でも私はその複雑な心情を、一言で解決する。
「良いよ」
マモルさんがまた顔を近づけ、唇を重ねる。先程の1回でやり方を覚えたのか、更に激しく、そして乳房も揉む。
また私の背中を、ゾクゾクッとした感覚が走る。
口づけする前に見たマモルさんの目つきは、また、力強く変わっていた。
この僅かな時間でその変化を見られたことが、私を酷く、興奮させていた。
生徒たちに起きる、爽やかで、健やかな成長とは真逆の、暗くて淫らな成長。同じものと見てはいけないのは百も承知だけれど私は、マモルさんの成長に、同じニオイと喜びを感じた。
両親や知り合いに、自慢できる職業でないことはわかっている。
でも、こんな瞬間が見られるなら、こんな風に人と繋がれるのなら、もう少し続けても良いかも知れない。
そんな考えが、私の頭の中を埋め尽くした。
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