女ひとり、関西国際空港で一夜を過ごした話《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:牧 美帆(プロフェッショナル・ゼミ)
帰りの飛行機の発着が大幅に遅れ、終電に間に合わない。
そんな経験をした人は、どのくらいいるのだろうか。
私自身、出張や旅行で飛行機を使うことは年に10回あるかないかだが、20分から30分くらい遅れることはあっても、終電に乗れないくらい遅れた経験はなかった。
なのでいつのまにか「飛んで当たり前」という気持ちになってしまっていた。
6月29日、金曜日。
私はその日、仙台に日帰りで出張していた。
天気は晴れ。想像していたよりは暑く、しかし大阪よりはずっとカラッとしていて爽やかな気候。
関西国際空港から仙台空港まで、Peachを使えば往復1万円台で出張できる。遠方への出張が気軽にできるようになった。
私は当日の仕事はなんとかこなせたものの、その前日に行った別の取引先とのチャットのやりとりで、意図をうまく先方に伝えられず、相手を怒らせてしまった。
でも、それは私なりに良かれと思ってやったことで、心の底から、相手の言い分を納得できてはいない。電車の中でそのことを思い出し、落ち込んでいた。私の心はカラッと爽やかではなかった。
18時に仙台空港に到着後、出発まで時間に余裕があった。
気晴らしに1階にある「みちのくラウンジ by PRONTO」で白ワインを飲みながら、パソコンを開いていた。
ここは電源付きの座席がある。USBケーブルの接続口もあるので、スマートフォンなど電子機器類の充電も可能だ。
仙台出張の帰りは、いつもここで時間をつぶしている。
空き時間に執筆をしたい人にも、おすすめのスポットだ。
Peachの仙台空港発関西国際空港行きは3便あり、最終便は20時30分発。
19時をすぎ、そろそろ手荷物検査場に向かおうかと、パソコンのフタに手をかけたタイミングで、館内放送がかかった。
「……関西国際空港周辺、悪天候の影響により、関西国際空港発仙台空港行きの便が、まだ出発できていません。そのため、仙台空港発、関西国際空港行きも、大幅に出発が遅れることが見込まれており、最悪の場合、欠航の可能性もございます……」
最初は耳を疑ったが、館内放送は繰り返し行われ、3回目の放送で、どうやら自分の乗ろうとしていた便が、欠航の可能性が出てきたという事実を飲み込むことができてきた。
仙台は少なくとも昼間は晴れていたので、まさか大阪が悪天候だとは思いもしなかった。
20時になり、周りの乗客たちも、「あ、これは帰れないかも」と、あきらめの表情を見せはじめた。
追い打ちをかけるように、
「これからカウンターにて、払い戻し・変更の手続きをお受けいたします」
とアナウンスが入った。
私が乗るはずだった飛行機は、まだ関西国際空港を出発できていない。
また、これから仮に関西国際空港から仙台空港行きの便が出発したとしても、到着時に仙台空港の閉館時間を過ぎた場合は欠航になる可能性もあるらしかった。
いてもたってもいられなくなり、ちょうどそばに立っていたスタッフの一人をつかまえ、尋ねた。
「欠航になった場合、仙台空港の中で朝を待つことはできるんでしょうか」
しかし返答は私の期待したものではなかった。
「すみません、空港内では宿泊はできません。仙台空港の閉館時間は、21時15分までなんです。みなさん、ビジネスホテルか、ネットカフェか、24時間営業のファミリーレストランに行っておられます」
台風など何らかのトラブルで、空港で寝泊まりしている人たちの映像をテレビで見たことがあるので、空港とはどこも泊まれるものだと考えていた。
いざとなったときに空港周辺で寝泊まりできる場所を、全く調べていなかったことに気づく。
幸い、スマートフォンやパソコンはさきほどのラウンジで充電できたが、もし充電できる場所がなかったらと思うとぞっとする。
いずれにせよ、どこに行くにも電車で名取市の中心部まで戻る必要があるようだ。
仕事でもトラブル、飛行機でもトラブル、なんてついていないんだろうか……。
一言声をかけてから、先ほど通った手荷物検査所を再度くぐって出発ロビーを離れ、とぼとぼとPeachのカウンターに行く。
明日の朝の便が空いているかを確認するも、残念ながら、朝9時10分発の便は満席。
残る18時30分の便と、20時30分の便も5席ずつくらいしか空いていないとのことだった。
これでもし欠航になったら、18時30分と20時30分の便もまたたく間に埋まってしまうだろう。
翌日も平日なら、朝の便はまだ空いていたかもしれない。金曜日に日帰り出張を入れてしまったことを後悔した。
結局私は何も手続きせず、カウンターを離れた。
電車の場合は、例えばJRが遅延した場合は、振替輸送で私鉄に乗る、ということができるが、飛行機にはそういう制度はない、ということも今更ながら知った。
また、機材トラブルなど航空会社に責任がある場合、ANAやJALは他社便への振替を受け付けてくれるが、PeachのようなLCC(ロー・コスト・キャリア)の航空会社の場合は、たとえ航空会社都合の欠航であっても、他社便の振替は行っていないことも合わせて知った。
Peachはこれからも愛用していくつもりだが、そういうルールの違いがあるということは認識しておくべきだと痛感した。
私は再度手荷物検査所を出て、みちのくラウンジに戻る。
できるだけスマートフォンとパソコンを充電しておきたかった。
21時をすぎ、いよいよ諦めモードに入っていた所、新しい情報が入った。
Peachからのアナウンスで、仙台空港発関西国際空港行きの便の新しい出発時刻が、22時15分に決まったということだった。
つまり、飛行機は飛ぶ、ということだ。
翌朝の便が満席でよかった。もしカウンターで「あと1席空いています」と言われたら、きっとその便に振り替えていただろう。
ほっと胸をなでおろしたとともに、新たな問題が浮上したことに気づく。
関西国際空港からの終電が、ない。
手元のスマートフォンで調べたところ、JRは23時32分、南海電車は23時55分が、私の住む堺市内へ向かう終電。
そしてアナウンスされている飛行機の到着予定時刻は、23時50分。
Peachが発着する第2ターミナルは、駅に直結した第1ターミナルから、バスで5分以上かかる。全力で走ってもとうてい間に合わない。
夫に車で迎えに来てもらえないが頼んでみたが、夜中に介護が必要なお姑さんを残して行くのも、車に乗せて行くのも無理と断られてしまった。夜中にお姑さんに起こされることが多いため、私もそうだが夫も睡眠が足りていない。夜中に迎えにこさせるのも酷だと思い、関西国際空港で泊まろうと腹をくくった。
幸いにも、関西国際空港は24時間営業であり、空港内で泊まれることもわかった。
安心した私は、パソコンとスマートフォンの充電アダプターを取り外してカバンの中にしまい込み、再度手荷物検査を受ける。
手荷物検査所にいるスタッフの皆さんは、顔にほんの少しだけ疲れをのぞかせながらも、私の荷物をもう一度検査してくれた。
飛行機は無事、22時15分に出発し、23時50分についた。
バスで第2ターミナルから、第1ターミナルまで戻ったときは、日付が変わっていた。
私が向かったのは、第1ターミナルのそばにある「エアロプラザ」という施設の2階にある休憩所だった。
無料で利用でき、Wi-Fiもあり、私は使わなかったがシャワー室もある。
さらに、入り口にスタッフがいるというのが決め手だった。
エアロプラザの天井には行き先案内板がぶら下がっているが、休憩所はこちら、という案内はほとんどなかった。
迷いそうになったが、場所を写真付きで紹介してくれるブログがあったので、その写真をおもだしながら無事にたどり着くことができた。
そのブログがなかったら、諦めてそのあたりのベンチで寝るしかなかったかもしれない。本当に助かった。
おそるおそる中に入る。空調が効いていて涼しかった。
辺りを見回して客層を確認する。男性と女性が半々くらいだ。女性ひとりだけ、という人もちらほらいた。
ベッドは既に埋まっていたが、なんとか入り口の近くの椅子を確保した。
充電スペースからは遠いが、仙台空港で充電していたので特に必要がない。
コンセントは空いていたが、さすがに仕事でも使うスマートフォンやパソコンを接続したまま寝るという選択肢はなかった。
室内は明るかった。熟睡するにはまぶしいが、セキュリティ面を考えると安心だ。
そして、読書にはちょうどいい。
カバンから、1冊の本を取り出した。「1坪の奇跡―40年以上行列がとぎれない 吉祥寺「小ざさ」味と仕事」だ。
40年以上行列が途切れない羊羹を売るお店で、50年以上羊羹を練りながらお店を切り盛りする女性の話。
吉祥寺には行ったことはないが、「殺し屋のマーケティング」を読んだときに、次に読もうと思っていた。
冒頭のシーンから引き込まれた。1951年、高校を卒業したばかりの著者が、毎日同じスーツを来て自転車で吉祥寺へ行き、屋台を組み立て、12時間立ちっぱなしで団子を売る。
終わったら屋台を片付けて、また自転車で帰る。
冬の冷たい雪の日、家に帰って涙を流す著者に対し、「家のない人たちもいるんだ!」と叱る著者の父。著者は一家の生活を背負っている。そしてもう二度と泣かないと誓った。
そこには、戦前、そして戦後の貧しかった時代を、たくましく生き抜いた女性の姿があった。
それに引きかえ、私なんて今もこうやって、明るく涼しく安全なところで眠ることができるなんて、なんて幸せなんだろうか。
そして、厳しく育てた父親をはじめとした、周囲の人たちへの気遣いと感謝に満ちた文章に触れることで、私にも、今置かれている環境への感謝の気持ちが芽生えてきた。
1時間45分遅れで出発した飛行機。しかしその裏にはさまざまな人が関わっている。
悪天候の中、飛行機を運転してくれた人たち。
その飛行機に指示を出してくれた人たち。
その飛行機を整備してくれた人たち。
急な変更に対応し、乗客を導いてくれた人たち。
ホームページのお知らせ欄や電光掲示板の表示をいち早く更新してくれた人たち。
出航を、決定してくれた人たち。
そして、閉館時刻である21時半を過ぎても対応してくれた、仙台空港のスタッフの人たち。
もっともっと、私には想像もつかないようなたくさんの力で、成り立っているにちがいない。
そのおかげで、私は今こうして大阪で眠ることができる。空港で眠ることができるのは、それだけの警備がなされているからだ。
本当にありがたいことだった。「飛んで当たり前」と考え、準備を怠っていた自分が恥ずかしくなった。
また、仕事のことについても「自分のがんばりをわかってくれて当たり前」と思っていないだろうか……。
家から持ってきたのが、この本でよかったと思いながら、眠りについた。
翌朝、無事に電車に乗って自宅に戻った。
家に帰って、迎える家族の顔を見ると、ほっとして少し泣けてしまった。
少し横になったあと、起き上がってパソコンを開き、インターネットで「小ざさ」を検索。ホームページから、もなかを注文した。
まずは自分と家族で食べてみる。そして次は怒らせてしまった取引先に持参しようと思う。
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