プロフェッショナル・ゼミ

本棚を見ていたら、裸の私が思い浮かんだ。《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)

汚い……。

自分の部屋に入るたびにうんざりする。
物を踏まないように、けもの道のように存在している床を慎重に歩く。ベッドのふちに腰をおろす。自分の部屋を改めて見渡して、ガックリする。仕事から疲れて帰ってきたときはもちろんだけど、楽しく飲んで帰ってきても、ガクッと肩を落としたくなるような汚さ。ただ、テレビでよくやっている汚部屋のように不潔な感じで汚れているわけじゃない。物があふれていて片付いていない。
1年ほど前に片付けをしたときに、ベッドの上まで物があふれてしまい寝る場所がなくなった。仕方なく、母の隣に布団を敷いて寝ている。最初はクーラーを必要とする季節だけ、電気代の節約で、のつもりだった。クーラーがいらなくなる季節までには部屋を片付けて、寝る場所を確保しようと思っていた。でも、挫折した。何度か片付けをしようと試みたけれど、まだ寝る場所の確保までに至っていない。

今日も、ちょっと気が向いたので少し片付けようかと部屋にやってきた。自分の部屋だし、毎日のように入っている部屋だから、「やってきた」なんて改めて言わなくてもいいかもしれない。でも、改めて気合を入れないと片付かない。
……これじゃ、嫁の貰い手もないはずだ。
39歳の誕生日まで1ヶ月を切って、今まで独身だということに、この部屋の状況で妙に納得してしまう。
いや、そんなことを言っている場合じゃない。4畳半で収納スペースが全くない部屋では限界はある。それでもいいかげん片付けないとな。
まずは、要らないものをゴミ袋に入れていく。狭い部屋なのに、この部屋で生活しているわけではないのに、20リットルのゴミ袋はすぐにいっぱいになる。
1つゴミ袋をいっぱいにしたところで、本をまとめていく。ここ数ヶ月で買った本は、本棚に入りきらずに散らばっていた。
散らばっていた本を積んでみる。
そして、積んだ本を眺める。
読みたいと思ってAmazonで買った本。本屋さんでウロウロして偶然手にとった本。続きがきになるだろうから、シリーズで何冊か買った本。
本棚の方も眺めてみる。
あ、この本、面白かったなー。
そう思い、手にとってパラパラとめくる。

「最近、何を読みましたか?」
「普段、どんな本を読むんですか?」
本が好きだというと、そんな問いかけを受けることがある。つい先日も、初対面の方に尋ねられた。
えーっと、と面白い本はあったし、ラストで泣いた本もあったけれど、なんだったっけ? と、すぐに思い出せない。
「小説、ですかね」
ざっくりした答えを返してしまった。
でも、自分の本棚を眺めていると、この作家さんが好きなんですって言えばよかった、とか、この本がめちゃくちゃ面白かったんです、とか、なんだか悔しい気持ちになる。本を手に取れば、このシーンが面白かったなーって、読んでいたときの気持ちまで一緒に思い出せるのに。

例えば、ビジネス書が並んでいる棚を見ていると、仕事で悩んでいたときのことを思い出す。「リーダーシップ」や「コーチング」の本が何冊か並んでいるのを見ると、長として役職がついたときに部下との関係に悩んでいたなと、思う。20代の頃はビジネス書なんて手にも取らなかった。友達と遊ぶことの方が面白くて、仕事の楽しさにはまだ気付いていなかった。仕事が楽しい! と感じるようになってから、ビジネス書は読むようになった。よくこんな難しい本を読んだなと、自分でも感心する。よっぽど悩んでいたから、本に答えを求めたんだろうな、と思う。
小説の文庫を眺めていると、年齢とともに変化が起きているなぁ、と感じる。
10代の頃は、恋愛小説をたくさん読んだ。等身大の恋が書かれていれば、自分の恋愛に重ね合わせて妄想するし、背伸びしたような恋が書かれていれば、その世界に憧れを抱く。現実には、物語のような恋はなかなか落ちていなくてがっかりしていた。それでも物語の世界に浸ることで明日こそいいことがあるんじゃないかと思ったし、いつか目の前に王子様が現れるんじゃないかと今でも信じていたりする。
ここ何年かは、刑事モノの小説をよく読んでいる。日常とは離れた場所で起きていて実際にそんな事件に関わることなんてないけれど、本当は近くで起きているんじゃないかというドキドキ感。そして、刑事モノシリーズは登場人物が素敵に描かれていて、ファンになる。女性刑事であれば、男性社会の中で揉まれて頑張っている姿や、女性であることをしっかり受け止めて自分の中で消化させていく姿を、応援したくなる。どこかで自分自身を重ねて、「そうだそうだ!」と声を上げたくなることもある。
脇役の男性刑事の、しっかりしてそうでちょっと抜けている姿は緊張感の中にあるオアシスのような存在で、ホッとする。

なんだか、本棚を見られたら、恥ずかしい。

ふと、そう思う。

「ちょっとこれ見ていい?」
と、初めて家に来た彼氏に、卒業アルバムを手に取られたときのような、そんな恥ずかしさ。
「え? ちょ、ちょっと待って! ムリ!」
と全力で取り返したくなる。
まだ、自分の過去をさらけ出していいのか確認もできていないのに、急に過去に触れられるような、そんな感覚。
じっと本棚を眺められたら、「ゆっくり見てていいから」と言い残し、席を外したくなるだろう。

本棚を人に見せることって、自分の裸を見せることと同じ……ではないか。

もちろん、異性に対しては、よっぽど親密にならなければ裸を見せることなどない。しかし同性相手でも、裸を見せることはちょっと、ためらう。
温泉に入るとき、全然知らないおばちゃんがいても気にならないけれど、友達と一緒だと、つい隠してしまう。でもこの部分なら見せても大丈夫かな、っていうところもある。
自分の本棚でも、めちゃくちゃ面白かった! って自信を持って勧められるような本もあれば、ちょっとこのシリーズを読んでいることは、まだこの人には言える自信がない。こんなのも読んでいるんだって言うのは、もっと私のことをわかってもらってからでもいいかな。

顔や身体に、シワの一本一本に生きてきた歴史が刻まれると言う。
本棚にも、人がそれぞれ生きてきて、吸収してきたものが現れるんじゃないか。
そんな風に思う。

自分の本棚を見ていることは、アルバムを見返しているような、日記を読んでいるような、そんな感覚になる。

だから、ちょっと人には見られたくなくて、恥ずかしい。
それでも、仲良くなった相手には、ちょっと見せたくなってしまう。

初対面の人に、最近読んだ本や面白かった本を尋ねるのは、その人のことを知るためには、正しいことなのかもしれない。
初めて話す相手に、ただ世間話をするのは苦手だけれど、本の話なら、できる。自己紹介に好きな本のことを取り入れてみるのも、面白いかもしれない。
天狼院書店で開かれる、ファナティック読書会で初対面の人とでも楽しく話せるのは、紹介する本でその人のことを知ることができるから、なんだろう。

これから先、私はどんなふうに「私」を刻んでいくのだろう。
本棚を見て、過去の私に思いを巡らせる。
そして新しく買ったばかりで積まれている、読まれていない本たちを見て、まだ会っていない未来の私にワクワクする。

……本棚の本を見返していたら、また時間が過ぎてしまった。
自分の部屋で眠るのは、もう少し先の話になりそうだ。

***

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