友人代表スピーチで、読まれなかった言葉たち《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:たけしま まりは(プロフェッショナル・ゼミ)
※この記事は事実に基づいたフィクションです
「A子、B男さん、ご結婚おめでとうございます」
まさかわたしが、ふたりの結婚式で友人代表のスピーチをするなんて。
ふたりとも知っているから、まぁ、受付とか余興とかはお願いされるかもなぁ……って少しは予想していたけれど、まさか、友人代表スピーチをお願いされるとは。
最初はちょっとためらったけれど、お願いされたら断れない。ていうか、断る人なんているのかな。
わたし自身、いまこうして喋りながらも、なんか他人事みたいに感じている。
スピーチって、こんな感じなんだ~って。
すごく、不思議な気分。
「ふたりとは大学のサークルで一緒で、今年で10年の付き合いになります。このたびは新婦のA子より友人代表挨拶のご指名を頂戴いたしましたので、僭越ながらお祝いの言葉を述べさせていただきます」
スピーチの原稿って、思った以上に大変だった。
「最後に」は「忌み言葉」だから使っちゃいけない、とか、細かく気をつけないといけないことがたくさんあったから。
どうにか原稿を作っていまこの場に立っているわけだけど、そしてそれなりに緊張しているのだけれど、それよりも、違う気持ちの方が大きい。
わたしなんかが「友人代表」として、公の場で堂々と話をして良いのだろうか。
ふたりへの、とくにA子への後ろめたい気持ちが、どうしてもぬぐえない。
「A子とは学部が同じで、入学のオリエンテーションのときに初めて会いました。A子はそのときから美人でセンスがあって、人目を惹くオーラがありました。A子を初めて見たときは、すごくおしゃれで可愛い子がいる! と思ってすごく憧れていました」
A子は、すごく可愛い子だった。
くっきりした目元に、小さな顔。雑誌の読者モデルをやっていると言われてもおかしくないような美人だった。
東北出身で大学入学と同時に上京してきたにもかかわらず、器量の良さとファッションセンスが飛び抜けていて、垢抜けていた。上京して一週間足らずのA子はすでに「東京人」だった。A子はすでに数人の女子に囲まれ、楽しそうに話していた。女子たちはみんなA子と同種のキラキラ女子だったけれど、キラキラグループの中心にいるA子はさらにまぶしく見えた。
北海道から上京し、大学に行くまでに何度も道に迷うわたしとは住む世界が違う。
わたしは勝手にそう思った。
まぁA子とはクラスも違うし、関わり合うことはないだろうとその時は遠い目で見ていたのに、まさかサークルでA子と再会するなんて思ってもみなかった。
「そのときは声をかけられなかったのですが、偶然同じサークルに入り、A子と話すようになりました」
A子はサークルでも異彩を放っていた。
わたしとA子が入ったサークルはマンドリンサークル。ギターのような音色の楽器・マンドリンを演奏するサークルで、10人の新入部員のうちA子は唯一のマンドリン経験者だった。A子は父の影響でマンドリンを弾きはじめ、マンドリン歴は10年以上の腕前だった。
美人な上にマンドリンも上手いA子は、言わずもがな目立った。野原に咲く一輪の花、たくさんの黒いオセロにかこまれた白だった。A子がひとたびマンドリンを弾きだすと、まわりの人間は野草になり、黒いオセロになった。
見た目も実力も圧倒的な差を見せつけられると、その他の人間はなかなか声をかけにくいものだとそのときわたしは体感した。それだけA子にはオーラがあった。
そんななか初心者のわたしは「ねぇ、わたしのマンドリンのアドバイスしてもらってもいい?」とA子に話しかけた。A子は「いいよ」と笑顔で答えてくれた。
A子がサークルにいるとわかった瞬間、わたしは「これはもう“友達になれ”という神からのお示しなんじゃないか?」と思い、A子の席の隣を狙って座ったのだった。声をかけるまではドキドキしたけれど、A子は断る理由のないわたしのお願いを快く引き受けてくれた。わたしの作戦勝ちだった。
「A子はいつもわたしの話をにこにこ聞いてくれましたね。そしてマンドリンが上手く弾けない不器用なわたしが上達するのをずっと見守ってくれましたね」
A子はひかえめな子だったから、いつもわたしがA子に話しかけていた。ハタから見ると、わたしはA子につきまとうウザい奴だったんじゃないだろうか。ほぼ毎日「今日もA子はかわいいね!」か「このアレンジ、どうかな!?」って言っていたし。
A子は鬱陶しがることなく「え〜、ありがと」とはにかんだり、「そうだね~」と嬉しそうにと答えてくれたりした。
そんな優しいA子がものすごく好きだったけれど、わたしの心は複雑だった。
なんか、いつもわたしばかり話しかけてる……。
A子は30名程のマンドリンサークル部員全員に好かれていたから、わたしが話しかけなくても隙あらばサークルの誰かがA子に話しかけていた。
A子は他の子に話しかけられてひとりぼっちになる暇がないけれど、わたしは誰かに話しかけないと、すぐにひとりぼっちになる。
A子はわたしと一緒じゃなくてもさみしくなさそうだ。
わたしが抱く友情は、もしかしたら片想いなのかもしれないと、わたしはうっすら感じていた。
「わたしはA子のおかげでめげずにマンドリンを続けられたと思っています。本当に感謝してもしきれません」
わたしはマンドリンサークルでの経験がきっかけで、楽器メーカーへ就職した。もちろん音楽や楽器が好きだというのもあるが、A子との唯一のかかわりだったマンドリンから離れたくない、という片想いの延長戦のような気持ちが強かったのかもしれない。
「B男さんとは、話すようになったきっかけなどは忘れてしまったのですが、サークルの会長としてまわりをよく見て、いつも誰かを気遣っていたことを強く覚えています」
B男の印象はとくにない。なぜなら、わたしはA子に夢中だったからだ。
B男は柔和で、争いごとを好まないタイプだった。
だからA子がC男と付き合っているにもかかわらず、D男からのアタックを拒みきれずに道ならぬ道へ進んでしまったとき、B男はA子・D男のどちらのことも悪く言わなかった。
A子はサークルに入ってすぐに、2歳上の先輩・C男と付き合いだした。
C男はさわやか好青年で、A子とC男のカップルはそれはもうお似合いだった。しかしふたりは目の前でいちゃいちゃするようなことはせず、サークルではいままで通りの距離感で接していた。「あれ、このふたり付き合ってるんだよね?」とまわりが勝手に心配するほどいつも通りにふるまっていた。それがD男につけ入る隙を与えてしまったようで、わたしたちが大学2年生の時に就活の相談に乗るという体でD男はA子に近づき、関係を迫ったのだった。
B男は、C男とD男のどちらとも仲が良かった。サークルの会長としてA子をめぐるドタバタ劇を一番俯瞰して見られる立場にいたのだが、安易に首を突っ込まず、誰にでもいつも通り接していた。一大スキャンダルに沸き立つサークル内で毅然としたふるまいを崩さないB男の姿を、わたしはとても大人だと思った。
A子が最終的にB男と付き合い、結婚相手に選んだ理由もわかる気がした。
「B男さんを人としてすごく尊敬していました。B男さんは大学を卒業してもサークルのみんなとの集まりや旅行の計画を立ててくれ、呼びかけてくれました。人と人とのつながりをいつまでも大切にするB男さんなら、A子のことを一生大事にしてくれるだろうと確信しています。」
A子とB男がどうして付き合うようになったのかは知らない。それはA子があまり自分の話をしたがらないからだ。
D男との一件で大ごとになってしまったことを気に病み、A子はサークルに来なくなった。スキャンダルの当事者がいなくなると、もうその話は表立ってしてはいけない空気になったが、その後も噂話が絶えなかった。
A子はC男とD男のことについて何も言わなかった。いつも一緒にいたわたしにすらあいまいにうなずくだけで、本音を語ろうとしなかった。
何も言わないから、まわりの憶測や根も葉もない噂が流れるんじゃないか。
A子はそのままでいいの?
そうはっきりとA子に伝えたことがある。A子は少し間を置いて「そうだね……」と悲しそうな顔をした。
なすすべもない、と言いたかったのだろうか。
わたしははっきり答えないA子をもどかしく思ったが、どうすることもできなかった。
「思いやりにあふれたふたりなら、きっと幸せであたたかな家庭を築いていけるでしょう。
ただ、A子は少し抱え込むタイプなので心配です。もし壁にぶつかってしまったときは、いつでもわたしを頼ってほしいと思います」
A子に対して、なんのフォローもできなかったわたしがA子の役に立つのだろうか。
きっとB男は、見えないところでA子を支え続けたのだろう。
見えるところでは、B男はA子にこまめにサークルの業務連絡を送ったり、飲み会のラインを送ったりしていた。
一方でわたしは、A子が本音を打ち明けてくれないことでふて腐れていた。
授業で一緒のときはいつも通りに接していたけれど、サークルの話はしないようにしていた。
A子がいなくなったサークルは正直すごくつまらなかったけれど、A子へ謎の対抗意識が芽生え、サークルには通い続けた。
あろうことか、火のないところには煙は立たないって言うしね、なんて思ってサークルの子たちの噂話に聞き入るときもあった。
ねぇ、A子。
なんでわたしにスピーチを頼んだの?
こうして話しながら、嫌なことを思い出しているのに。
本当のわたしは、A子が思っているようなわたしじゃないよ。
わたしはきっと、A子のことを動くバービー人形だと思っていたんじゃないだろうか。
キラキラした、かわいらしいお人形を、そばに置いておきたい。
ただ、それだけ。
お人形のために何かしてあげたい、というよりは、自分の所有欲を満たしたい。
「かけがえのない友達がいるわたし」になりたい。その自分勝手な願望を叶えるための、手段。
あぁ。最低。
そう思えば思うほど、わたしは意地悪な人間性がさらにむき出しになっていく気がして、自己嫌悪でいっぱいになる。
わたしは、こんなところにいていいんだろうか。
場違いなんじゃないだろうか。
話しながら、違う意味で、泣きそうになる。
ここで泣くのはちょっとおかしいから、気を落ち着かせるためにA子をちらりと見る。
ウエディングドレス姿のA子は、いままで見てきたどのA子よりも綺麗だ。
そして大学生のころと変わらない笑顔で、わたしの話を聞いてくれている。
あぁ、もう、可愛いなぁ……。
素直にそう思った。
A子の晴れ姿は、一段とまぶしかった。そして、幸せそうだった。
さっきまでの黒い気持ちがA子のまぶしさにあてられて、じりじりと蒸発していく気がした。
過去にどんなことがあっても、結果としていま幸せなら、それでいいじゃないか。
いままでA子になにもしてあげられなかったと思うなら、これからA子のためを思って行動するしかないじゃないか。
いま、わたしができることを、一生懸命にやるしかないじゃないか。
A子の晴れ姿を見ていると、不思議と自然にそう思えた。
それまで心にぶら下がっていたおもりが、そっとはずれたような気がした。
「ふたりの共通の友人として、このような素晴らしい場に一緒に居られて心から嬉しいです。B男さん、A子をよろしくお願いします。A子はこれからB男さんとの新生活が始まるけれど、たまにはわたしとも遊んでね」
A子、ごめん。
わたしは本当にバカだった。
A子に強い憧れを持つとともに、自分の足りないところばかりが気になって、わたしはA子に強く嫉妬していたんだ。
A子の美貌はもちろん、ひかえめで相手の意見を尊重できるところとか、絶対に悪口は言わないお行儀の良さとか。
自分に非があることについては一切言い訳せずに、きちんと受け止めるところとか。
A子はわたしが思っていた以上に強い人だったところとか。
こんな風に、A子にいいところしかないことが、すごく嫌だったんだ。
光が反射するように、自分の嫌なところばかり見えるのが、すごく嫌だったんだ。
そんなの、A子には関係ないのに。
わたしは、改めてA子と仲良くなりたいと思った。
B男にはかなわないけれど、友達としてA子の支えになりたい。
A子へ後ろめたさがあるから、というのも少しはあるけれど、いまは本当にA子のことを思って行動したい。
できれば大学生に戻りたいけれど。
あー。なんで今になってようやく気付くんだろう。
「ふたりとも、本当に結婚おめでとう。末永くお幸せに!」
わたしは深くおじぎをする。拍手と司会の「素敵なスピーチ、どうもありがとうございました~」の声が同時に沸く。
席へ戻る途中でA子と目が合った。A子は「ありがとう」と満面の笑みで声をかけてくれた。
友達として、A子のこの笑顔を絶対に守ろう。
わたしは心の中でそう強く決意した。
A子、改めて、結婚おめでとう。
そしてこんなわたしと友達でいてくれて、本当にありがとう。
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