メディアグランプリ

ライフワークの甘いわな 大金をかけて見つけたものは……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:布村さわ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
 「わー、かわいい! どれにしようか、迷っちゃう。ねえ、どれがいいと思う?」はじけるような甲高い声。はずむような甘い雰囲気。並んだケーキを前にした幸せそうなカップル。
懐かしい。女の子の声。その声が、私に昔に引き戻す。
 
 放課後の家庭科室。そっと顔をのぞかせる女子生徒。「先生、一人だけ?」小さい声がする。「そうだよ。入っておいで」そこから始まる恋の話。教師になりたての20代後半。
生徒との秘密のひと時は、仕事に追われる日々の中で、何よりも大切な時間だった。
 
 10代の高校時代の切なさや20代の大学生の大人になりかけのシビアな世界。いろんな事を体験して、まだ、高校生の感性により添えていたあの頃。家庭科の仕事を選んだ事に後悔はなかったのに……。
 
 数十年後。40才を過ぎて、非常勤講師として勤め始めた男子校での家庭科はまるで別物。しかも、私立の進学校。生徒達との関係は全く違ったものになっていた。
 
 当時、受験に関係のない家庭科は、彼らにとって、息抜きの時間。真面目な子はほんの一握り。実習はお遊びの時間。どれだけ、自分達で楽しむかが大事。こちらの指示や注意などは耳に入らない。「生活力がつくよ」「自立するために必要だよ」何を言っても、無駄だった。
 
 「いつ辞めよう?」自分のやっている事がバカバカしく思える日々。辞めようと決心する度に給料日がやってくる。「ここで辞めたら教育費が足りなくなる」我が子のために、もう少しだけ我慢しよう。そんな月日の繰り返し。
 
学校を変えてみても、無駄だった。私の中で、壊れていくプライド。もう、いいや。私は教師に向いてない。きっと、もっと向いている仕事があるはず! まだ、出会っていないだけ! 私にしか出来ない何かを見つけないと……。
 
こうして、私のライフワークを探す日々は始まった。「好きな事をして稼げる」「定年のない魅力的な仕事」「輝く時間を過ごせる」いろんなうたい文句に誘われて、取りまくった資格の数々。数え切れないぐらい受けたセミナーや講座。ビジネスにつながりそうなネットワークは逃さない。フェイスブックで知り合いを増やしていく楽しみ。講師にほめられるように気を配り、最高の受講生を目指す日々。
何かが違う。数年経ち、気づき始めた頃には、ものすごい額のお金で、リビングの本棚一面がうまる程のテキストや教材を仕入れていた私。当時、私は思い込んでいた。きっと、どこかに私の心に響くような素晴らしい講座があるはずだと。それに出会いさえすれば、輝く未来が待っていると。
 
 それは、まるで、白馬の乗った王子様を待つ独身の女の子。その子の条件に合う完璧な男の子なんているはずない。既婚者には見えるシビアな現実が、王子様を信じ込んでいる子には見えない。そして、自分磨きに精を出し、出会いの場を探し、理想の人を待ち続ける……。
 
 やみくもに何かを探す日々が終わったのは、ある男子学生との出会い。「やっぱり、家庭科って面白いですよね!」家庭科の教員志望の男の子。やる気に満ちた目。純粋に家庭科の魅力を語る真剣な表情。実習補助で入ってくれる事になったその子との会話で、自分の中の忘れていた想いがよみがえる。
 
 「家庭科に決めた!」将来、教師になるつもりだったが、どの科目にするかで悩んでいた高校時代。家庭科は得意じゃない。不安は残る。でも、生徒の気持ちにより添える数少ない科目。実習を通して、生徒と触れ合える時間が多く、意外な一面を見る事が出来るから。
 
 「出来た! 俺って天才!」被服実習で出来上がったバッグを片手に喜ぶ顔。「すごい!
こんなに上手に出来た!」調理実習で焼けたクッキーを前に輝く笑顔。キラキラした高校生の感性があふれ出す瞬間。その瞬間に立ち会える事の喜び。
 
 家庭科を通して、生意気で不器用だけど、可能性をたくさん秘めた高校生を応援したい! みずみずしい感性を大切に、自分らしく生きていける力をつける手伝いをしたい! そう考えていたはずだったのに……。
 
 保護者からのクレームや生徒からの文句。そんなものを怖がって、いつの間にか、心を閉ざし、目の前にいる生徒達と真剣に向き合おうとしてなかった自分。うまく行かない事を生徒や学校のせいにして、逃げ出そうとしていた。本当は、家庭科が大好き! 今からでも遅くない。もう一度、生徒達と真剣に向き合おう。追い求めたライフワーク。やっと見つけた! 
 
変化の激しい現代。多くの中高年者がつらい現実に直面しているかもしれない。現実から逃げ出したくて、新しい何かを探し求めている人もいるかもしれない。きっと、どこかに自分の本当の価値を分かってくれる場所がある……。残りの人生をかけて打ち込める何かと出会えるはずだ……。
 
でも、一度でいい。そんな思い込みを捨て、自分が置かれた場所を見つめ直してみてはどうだろう? 素直な心で。そうすれば、自分の人生を輝かせる何かが、思いがけない姿で目の前に現れるかもしれない。私のように、わなにかかり、時間や労力をつぎ込む前に……。

 
 
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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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