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両親の離婚が私に与えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ナンシーちゃむ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「彼氏と結婚を考えてて……」
大学の付近では比較的洒落た感じのレストランで、目の前に座るゼミの先輩が私に言う。その先輩、まずとにかく美人だ。そして教授にも褒められるほどの聡明さ。そして愛嬌も持っている完璧な先輩。
だからその先輩が結婚を控えているなんて、こんなに喜ばしいことはない。今ちょうど注いでもらった白ワインもおいしいし、久々によい気分だ。多分、私は気持ち悪いくらいニコニコしている。
「でもね……」
先輩がグラスから今しがた離した口を、こちらに向けて開く。
「彼の両親って離婚してるらしいんだよね。育った家庭環境が悪いと、幸せな結婚生活送れないって言うから、二の足踏んでるの」
胃の中がひゅっとする。白ワインの喉越しのはずだが、氷を飲み込んだみたいだ。この感覚を味わうのは、人生でこれが初めてではない。
 
私の両親は、私が中学生の時に離婚した。父とはその時から別居をしている。中学生の当時、離婚はすごく珍しいことという程ではなかったけど、都市部の私立中学に通っていたからか、両親が離婚している家庭というのはそれ程多くなかったような気がする。
私に直接、両親の離婚について聞いてくる人たちは多くはなかったけど、確実にその事実は周りの人が私を見る目に影響した。私の通う中学校は、校則が厳しかったこともあり、私は先生から何度か注意を受けるタイプの生徒だった。一度、同じ部活にいた友人たちと校則違反で先生から叱責を受けた。部活が停止になるし、親の呼び出しもすると言う。中学生で、学校か家の往復の私には、それは針のむしろになることを意味する。本当に逃げたくなる程、嫌だ。職員室の前を通ると、担任の先生の声がする。
「あの子は最近、両親が離婚したらしいから……」
その先は聞こえなかった。でも結果的に、私の親は呼び出されることなく、私が叱責された事実を、今でも親は知らないかもしれない。
(親に怒られないなんて、超、ラッキーじゃん……)
口には出せなかったけど、心の中では自分の幸運を抱きしめた。
実際、私は両親が離婚したことで困ったことがあったとか、悩んだことがあったとか、全くなかった。もともとそれ程仲がよくないことも知っていたし、離婚はむしろ平穏な家庭生活のスタートだった。
 
両親が離婚したことで、しんどさを初めて感じたのは、高校を卒業してからだ。本当に些細な事。
私は高校卒業後に、名乗る苗字を母方のものにした。
しばらく連絡を取っていなかった同級生に、久しぶりに連絡を取った。新しい苗字に全く違和感がなくなっていた私は、自然と母方の苗字を名乗る。
「あれ! 結婚したの?? おめでとう!!」
同級生からのメールには、そう書いてある。一瞬、何を言われているか、分からず混乱する。
(あ、そうか。苗字が変わったからか)
一拍置いて、やっと事態が飲み込める。少しだけ手が震えている。
(どう返すべき、なんだろう)
両親が離婚したから、苗字が変わったんだよ、そう言えばいいだけなのかもしれない。でもまだ幼かった私は、その人の祝福の言葉を裏切るような気がして、そう言ってしまえば向こうも気まずくなるような気がして、申し訳なさでいっぱいになった。そのメールには、返信が、できなかった。
 
レストランで先輩を前にして、そのメールを受け取った時と同じ感覚になる。違うのは、目の前に相手がいること。どう返す、べきか。
「……あー。よくそう言いますよね!」
努めて明るく、声を出す。意識して口角を上げたけど、ちゃんと笑えているだろうか。
 
こんなことは、ありふれた日常だ。もう大人だし、その場をしのぐ振る舞いはこなれたものだ。
……なんて、嘘ばっかり。
なんで、私は悪くないのに、傷つけられなくてはいけないの。なんで私が、気を遣わなくてはいけないの。
一時期は、親のせいにした。ある一時期は、そんなことを投げかける相手のせいにした。そんなことをその人に言わせる社会を嫌いになった。
疲れた。しんどかった。
 
でもいつからか、そんな私ができることを見つけた。
 
その後、私は自分の経験もあいまって、子どもの教育に関わるサークルを立ち上げた。でも、リーダーシップがあるタイプでもないし、その活動で成果をあげました、なんて綺麗な話ではない。活動自体はぐだぐだで、正直何もしていないに等しかった。
そんな折、ある一人のメンバーが、辞めたいと言い出した。人数も少なくて、私の頭の中は「どうしよう!?」でいっぱいだ。でも、理由を聞いてみるしかない。
「なんで辞めたいと思ったの?」
極めてフラットに聞いてみる。でも心臓は、バクバクだ。
「……実は」
バクバク、バクバク……
「私の両親が今、離婚調停中で。家が大変で」
すっと心音が落ち着く。何も考えずに、自然と口が開く。
「そうなんだ。私の親も離婚してるから。私はあなたではないから、本当にどれくらいしんどいのかはわからないけど、でもわかる気がする。大丈夫。言ってくれてありがとう」
辞める決意は当然覆せなかった。でもそれでいい。その子が一瞬、穏やかな顔を見せてくれたから。ためになったかなんてわからないけど、私はこの言葉を言えた私のことが少しだけ好きになった。
 
誰かと言葉を交わすことが、以前よりも少し恐くなった。私も、悪意なく、誰かを傷つけているのかもしれない。
でも、その恐れは私に思慮深さを与えてくれる。考えすぎてしまうところは玉に瑕だけど、そんなところも私らしいし、好きだ。
その後の私は、多くの子どもたちと関わる仕事を選び、子どもだけでなく、しんどい状況にある人たちに関わっていくことになるが、それは道半ばの話なのでまたの機会に。
両親の離婚は、私にとっての最高のギフトだった、と今では思う。

 
 
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2018-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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