人類最強についての一考察
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記事:鶴岡靖子(ライティングゼミ・木曜コース)
私は猫を飼っている。5匹の保護猫だ。この猫たち、いたずらもするし、手もかかるが、とにかく、かわいい。猫好きの方ならお分かりいただけると思うが、猫にはあらがえない不思議なパワーがある、と私は思う。
たとえば、朝、ベッドから起き上がろうとしたとき、猫が腕にあごをのせてうっすら目を開けて「ニャ?」なんて言おうものなら、もはや金縛り状態である。猫の体重なんて4㎏ほどしかないのに、重量級の柔道選手の抑え込み以上の威力を発揮するのだから実にたちが悪い。
仕事に行く時間が近づいてきても、猫が膝の上ですやすやと寝息を立てていると、動くことができない。ぎりぎりの時間まで、猫が自ら起き上がってくれるよう、猫なで声で話かけるしかない。片手でひょい、と持ち上げればいいだけなのに、それができないのだ。何かしらの魔力を使っているに違いない、とさえ思う。
この能力、猫特有の力なのかと思っていたら、どうやらそうではない、ということを最近発見した。猫と同じ、いや、それ以上のパワーを持っている生き物がいる。
それが、人類最強生物「赤ちゃん」である。
赤ちゃんは、自分で歩くこともできなければ、食事することも、排泄も、なんなら生きていくことそのものができない、人類最弱の存在である。しかし、最弱であるがゆえに、彼ら、彼女らは、最強の能力を身に付けて生まれてくる。それが「かわいい」だ。
大声をあげて泣き叫んでも、はなみずをたれっぱなしにしても、おもらししても、赤ちゃんならば笑顔1つで許される。赤ちゃんがよだれでべたべたの手で、今口に入れていたタマゴボーロを「どうぞ」と、愛らしい笑顔で差し出してきたら、大抵の大人は「ありがとう」と、感謝の言葉と共に笑顔でそのたまごボーロを受け取るはずである。
これを大の大人が、例えば中年のおじさんがやったと想像していただきたい。今まさに口に入れた柿の種を、べろべろになめまわした手で「どうぞ」とやられて、笑顔でありがとうと受け取れるだろうか。無理だ。私にはできない。想像しただけで腹が立つ。
赤ちゃんの前に、人は無力だ。「かわいい」には、人はあらがえないようにできている。
猫好きな人が猫にあらがえないのも同じで、圧倒的にかわいいことは、武器になる。赤ちゃんも猫も存在だけで圧倒的にかわいい。そのかわいいを前に、人は闘争心そのものを無にされる。究極の強さというのは、相手を叩き潰すことではなく、闘う気そのものを失わせることにある。そういう意味で、赤ちゃんは最強だ。
赤ちゃんと猫の共通点は、かわいいだけではない。どちらも、こっちを何とかしてやろうという気がまるでない。相手を思うように動かそうとも、やり込めてやろうとも、押さえつけようとも思わず、損得を考えず、自分の気の向くままに生きているだけである。赤ちゃんの泣き声にも笑顔にも意図はなく、猫にもこれまた意図はない。それなのに、人は赤ちゃんや猫の居心地がいいように動いてしまう。そう、愛さずにはいられないのだ。
それだけではない。時に、人は自らの命を懸けて、赤ちゃんを守ろうとしてしまう。自分の命よりも赤ちゃんの命を優先すべきだ、と思わずにいられないのだ。たとえそれが我が子でなかったとしても、目の前でよちよちハイハイしている赤ちゃんが、階段から落ちそうになっていたら、とっさに飛び出して、我が身を挺してかばってしまうはずである。
こう考えると「かわいい」とは、なんという恐るべき能力であろう。これこそ人を意のままに操る能力だ。こんな力を意図して使われてはたまったものではない。だからこそ、この能力は年とともに失われていくのだ。そのあたり実にうまくできている。
「かわいい」と引き換えに、人は自分で自分を守れる能力を身に付けていく。かわいくなくなったということは、ある意味、自分で自分を守れる力を身に付けたということでもある。(そういえば私も「かわいい」と言われなくなって久しいが、代わりに、生きるすべはたくさん身に付けてきた。そうか、今気が付いた。かわいいといわれなくなったのは、自立したということであり、喜ぶべきことだったのだ)
かわいいことで愛され、守られた命は、次の世代を、かわいいを手放すことで手にした力を使って守り、愛し、育てていく。そうやって守られた赤ちゃんが成長して、かわいいを手放し、また次のかわいいへと……。
人類は、かわいいをバトンタッチしながら今日まで生き延びてきたのだ。これから先、技術が発達し、【AI】中心の世の中になろうとも、人間は【愛】を使って命をつないでいくのだ。そこに、かわいいがある限り。
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