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30代独身女の抑圧を蛭子能収が解放してくれた話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:林絵梨佳(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 
「1日だけ芸能人になれるとしたら誰になりたいですか?」
 
なんとなく付けていたラジオからそんな質問が聞こえてきた。
BGMとして聞き流していると、DJはその質問へのリスナーからの投稿を紹介し始めた。
 
「石原さとみさんになりたいです! 一日中鏡を眺めていろんなファッションを試したりしたい!!」
 
「僕は福山雅治さんになりたいです。顔も最高にかっこいいし、あの美声でたくさんの観客の前で歌ってみたい!!」
 
それらの投稿を聞いて虫酸が走った。
 
他の投稿も北川景子に広瀬すず、福士蒼汰やら竹内涼真やら……
いずれも天性の美しさと才能を兼ね備え、努力も惜しまない超人気俳優ばかりの名前が挙がる。
 
マジか。お前らもっと真剣に考えろよ!!
1日だけだよ!!??
 
私だったら……。
私は真剣に考えた。考えて考えて考え抜いた結果、
 
私だったら蛭子能収になりたい。
 
そうラジオに向かって答えていた。
 
 
例えば、目が覚めると自分の憧れの国民的人気俳優になっていたとする。
 
寝起きのむくんだすっぴん顔ですら可愛い。
鏡を見て狂喜乱舞するのも束の間、マネージャーが家まで迎えに来る。
状況が飲み込めない私は、半ば誘拐されるように車に押し込まれ、今日のスケジュールを聞かされる。
ドラマ、CM、インタビュー、番宣のためのバラエティー出演などなど。
突然、現場に連れていかされ、セリフも覚えてない、全く勝手のわからない仕事を1日中みっちりさせられる。休む暇などない。
 
やっと帰路につく頃はもう深夜。
ただでさえ過密スケジュールなのに、極度の緊張状態でそれらをこなし、もうボロ雑巾のようになっていることだろう。
せっかく手に入れた美しい容姿を堪能する暇もなく眠りに落ちる。
 
そして目が覚めると自分に戻っている。
脳は昨日の記憶でぐったり疲れている。
寝起きはもちろん超不細工のいつもの自分に。
そして鏡を見て、昨日はなかった二重アゴと毛穴に打ちのめされるのである。
 
なんて恐ろしいんだ……。
 
では、それが蛭子能収だったら?
 
自分が可愛い十代の女の子だったら絶望するかもしれない。
しかし、私ならとりあえずそのまま顔も洗わずスウェットのままで公園に行きたい。競馬新聞などを片手に。
 
それで人前で鼻をほじったり、ぼりぼりとお尻を掻いたりしてみたい。
天気が良ければ競馬か競艇に行って、ちょっと当たった金でパチンコに行き、大損して思いっきり舌打ちしたい。
 
そして栄養価を気にすることなくカップ麺や牛丼を食べて、歯も磨かず、風呂も入らず、朝起きた格好のまま寝たい。
 
しかしやはりその画力も確認したいので寝る前に雑誌の連載の四コマなぞ描いてみたい。
 
もしテレビ関係の仕事が入っていても彼に台本は関係ない。ニヤニヤして思ったことだけ言ってこなせばいい。他の芸能人に会える楽しみを満喫する余裕もあるだろう。何か失礼なことを言ってしまっても彼なら多分許される、はず。
 
そして目が覚めて、元の自分に戻って安心するのだ。
「あーよかった。でも昨日は楽しかったな」
そう思うことだろう。
 
蛭子さんの私生活がどういうものなのかは全く知らない。これはあくまで私の願望である。
しかしこれらの願望は彼の容姿ならごく自然に叶えられる。
 
私は30代、女性、独身というレッテルを貼られている。
そのレッテルに突き動かされるように、外に出かけるなら当然顔は洗うし歯も磨く。服も着替えメイクもする。
当たり前だ。
 
しかし、普通の30代女性と私が少し違うのは、うつ病というところ。
 
うつになってから、具合が悪い時は体が動かず布団から出られない。
いい天気だから出かけよう、と思っても顔を洗って歯を磨いて着替えて……と考えている内に出かけるのが億劫になってしまうこともある。
そんな当然のことができない自分が嫌で嫌で泣いてしまう。
 
そんな時、偶然テレビで蛭子さんを見た。
「いろんな栗羊羹の断面を見てみたい」という視聴者からのリクエストに応えるためのロケだった。
ロケ地は様々な老舗の有名和菓子屋さん。
次々とため息が出るほど美味しそうな栗羊羹が彼の前に差し出される。
 
しかし彼は老舗の有名和菓子屋というレッテルに全く気を遣うことなく、ぐだぐだの食リポを繰り広げる。
 
艶々と光る、いかにも高級そうな小豆の黒に包まれた羊羹を口に入れ、
「これはチョコレート……」と訝しがる彼にすかさず
「羊羹です。チョコレート入ってないです」と店員さん。
 
それからも様々な栗羊羹を食しては、
「(断面の栗と小豆の粒を指して)人が入ってるように見えるね。これは目で、これは口で……」
「鼻が詰まってるから味がしない」
「これはカステラが売れないから一緒にくっつけたとかそういう……」
などなど、およそ絶品和菓子の感想とは思えない気持ち悪いことをそのまま言う。
 
何より「美味しい」と一言も言わない。
 
そんな食リポがあるか、と番組MCがスタジオで激怒しつつ「美味しいのは当たり前だからね」「蛭子さんは芸能界で売れることと引き換えに味覚を捨てた」などと慌ててフォローを入れていた。
 
その後「お店の人に失礼すぎる」としてネットで叩かれまくっていた。
確かにその通り。お店の人だったら自慢の栗羊羹がテレビで紹介されるのに「味がしない」なんて言われたら憤慨ものである。
 
しかし、そもそもの企画の趣旨が「いろんな栗羊羹の断面が見てみたい」なのである。
「絶品和菓子グルメ特集」ではない。
蛭子さんはただ忠実に企画を遂行しようとしたのだ。
無論、番組スタッフも彼に気の利いたコメントなどはなから求めていない。
映像だけでも栗羊羹の良さが伝わるよう、綺麗な断面や丁寧で贅沢な製造工程などが紹介されていた。
 
しかし当の本人はネットで叩かれようが、何も気にしていないに違いない。
いつもの様にニヤニヤしながらギャンブルに勤しみ、たまに芸能活動をし、執筆活動をしている。
 
彼はただただ生きている。
 
それができる人は案外少ない。
だから、魅力的なのだ。
 
その証拠にネットでは「クズ」と叩かれたりもするが、一部の人(しかも文化人が多い)からは「クズ」と罵られながらもどうしようもなく愛されている。
 
私が彼に憧れてしまうのはそこだった。
誰からも愛される清純派じゃなくて良い。
男でも女でも何でも30年以上生きていたら誰しも多少なりとも汚点を持っている。
それをひっくるめて愛して欲しい。
一部の人からはゴミムシを見る様な目で見られようとも。
汚点も全て込みで愛してくれる人がいるのなら、世界は楽しい。
 
私の様に病気じゃなくても当然のことができなくて苦しんでいる人はたくさんいるだろう。
当然のことが当然の様にこなせる人は誰からも愛されるのだろう。
でも、当然のことができなくても、誰にでも愛される価値は、必ずある。
 
蛭子能収さんはそのことを教えてくれた。
 
今日はお風呂に入らないで寝ちゃおうっと。
 
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2018-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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