【女優のいる書店】青森に日帰りで行ってきたって本当ですか?【女優デイズ青森旅行記1】
匠の技というものに対し憧れを持っている。
その道を極めた者だけが見える世界、というものにも。
彼らは何を見ていたのか、
私は知りたかった。
早朝の東京駅、本山由乃は新幹線の乗り場を探していた。
夏休みはねぶた祭前、帰省と観光とで新幹線は満席だった。どうにか一席とれたのは、グリーン車。
弁当と東北の名物菓子とがセットになった良席である。リクライニングシートに頼りながらリラックスとは頬遠く高揚仕切っていた。
これから青森に向かう。
たまたまだった、予定が途絶えたこの一日。即決で新幹線の手配をした。
数時間は瞬く間で、新幹線を降りるとほのかに涼しい。夏盛りというのに空気がひんやりとしていて、青森に来た実感がこみ上げてくる。
青森八戸駅、から私鉄へ乗り換えて三沢へ。
三沢から目的地まではタクシーで向かう。
タクシーの運転手が観光案内をしてくれる中、窓外を流れる風景を見つめた。
三沢の米軍駐屯基地、そのプライベートビーチ、筋骨隆々の軍人が家族と遊んでいる姿が垣間見れた。
その向こう側、フェンスで隔たれて日本人のための公園、海水浴場がある。
この風景こそ、彼が見て育ったものなのだろうか。
タクシーは基地の向こう、湿地を過ぎて林の中へ入っていく。
「帰りもご利用でしたら、」
と名刺を丁寧に渡してくれた運転手は最後に、
「どうぞごゆっくり。」
と笑った。
きっと案内を話半分で聞いていたのがばれていたのだ。
辿り着いた場所は、「寺山修二記念館」。
独特の外観はかつて東京渋谷並木橋に異質の存在感を放っていた天井桟敷館を彷彿とさせた。
その天井桟敷館も実際には見たことがないけれど。
寺山修二は詩人であり、俳人でもあり、劇作家でもある。天井桟敷という劇団の主宰でもあった人だ。
競馬に通じている方には競馬ツウとして、ボクシングに詳しい方にはボクシング狂としても知られているかもしれない。
60年代にはアングラというジャンルを確立した演劇人の一人でもある。
「言葉の錬金術師」の異名を持つ彼の没後30年のイベントが三沢寺山修二記念館で開催されるのだ。
没後30年、という事は、本山由乃が生まれる事にはすでに没しており、天井桟敷も解散している。
彼、寺山修二という時代の風に直に触れたことは一度もなかった。
それでも、青森の地まで来たのには理由がある。
「演劇の奇才の見ていた世界を見てみたい。」
三沢の町で生まれ育った彼はこの地で何を感じたのだろうか。
通常展示物は直筆の原稿や天井桟敷が実際に舞台で使っていた小道具など。
寺山修二の世界観に沿った展示、仕掛けが続く。
海外で市街劇を上演した時の映像と寺山修二が監督を務めた映像作品が流れている。
脚本を手掛けたラジオドラマの放送が遠くで聞こえてくる。
言葉が溢れている、と感じた。
記念館の外は林で、遊歩道も作られていた。紫陽花がしっとりと花開いている。雨上がりの土のにおいが時代をさかのぼらせる。今がいつかを忘れさせた。
混沌とした時代が過ぎ、平穏を手にするために人々が躍起になっていた時代。若者が社会と戦っていた、泥臭いまでに駆け抜けていた時代。
平成生まれの本山が寺山修二と出会ったのは、彼女が中学生の時分だった。NHKの今はなき「劇場中継」という番組で彼戯曲の公演が放送されていたのを見たのがきっかけだった。世界観に飲み込まれた。その一回で彼女は寺山修二の虜になってしまった。彼の著作を買い集め片っ端から読み漁り、戯曲も詩集の俳句集も読んだ。天井桟敷は解散されたがちりじりになった劇団員たちが立ち上げた劇団を観て回った。少しでも彼の世界に近づきたかった。彼と同じ時代に生まれなかった事が悔しくて仕方がなかったし、もやはこれは恋だった。恋人に呼び出されて深夜料金でのタクシーをかっ飛ばす猪突猛進の盲目女のように、この日も新幹線で数時間かけタクシーもかっ飛ばして青森三沢まで来た。裏切りの別れの可能性がある恋とは違って、もはや相手はこの世に居ないのだからこの情熱はどこまででも昇っていく。
ふいと、人が横を通り抜ける気配に夢想から目覚めた。
記念館名誉館長の九条今日子さんである。当時はまだご健在で、美しさも変わらず凛とした足取りで館内に入っていくところだった。
寺山修二の周りに集まる人物たち、それもまた匠たちだった。
この記念館に滞在しているわず5時間の間に本山由乃はとんでもない出会いを重ねる事になる。
続く。
劇団天狼院ワークショップ講師、兼マネージャーの本山です。
昨年に青森に弾丸旅行した時のお話をつづっております。
ただただ私の寺山修二への愛を語るばかりでなく、彼を取り巻く人々の魅力なんかも一緒に伝えたい・・・
今回はプロローグ的な青森旅行記1でした。2はまた明日。
さて、今週の土曜日に迫りました劇団天狼院ワークショップ!
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