手作り豆腐店から学んだ 人生に正解など無いということ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:川鍋祥子(ライティングゼミ・土曜コース)
大豆の甘い匂いと湯気が立ち込める工場。
作業員の人たちが無言でテキパキと動く。
「時間との勝負なんですよ」
と語るのは、創業100年になるM豆腐店3代目Mさん。作業中は常に五感を研ぎ澄ませ、何か変わったこと、異変がないかに気を配っている。二日前から水に浸けて仕込んだ大豆が、作業を始めてから30分ほどの作業工程の間に喉ごしの良い、なめらかな木綿豆腐に仕上がっていく。
「毎日が違うんですよ」
と話すMさん。気温、豆の温度、水温、昨日の気温、今日の気温、明日の気温、ひいては3ヶ月後の気候の動向も頭に入れながら、今の作業をこなしながら二日後に出来上がる豆腐の仕込み時間のことを考える。
「豆と会話をするんです」と、昨日の打ち合わせで言われた意味はこういうことなんだと納得する。
情報誌の取材で、町の手作り豆腐店を3件回る。この日私は、前日の打ち合わせの後、早朝からその1件目に訪れていた。
二日前に仕込んだ大豆を指で潰して出来栄えを確認し、グラインダーにかけ潰していく。煮釜に移された大豆は97度で炊き上がり、三段階の濾過を経てあっという間になめらかな「豆乳」と「おから」に分けられていく。そこに「にがり」を加え緩やかに固め、「絹ごし豆腐」の状態にしたものを丁寧に手作業で崩していく。これに木綿の布を被せて、重ねたバットの自重のみでゆっくり水を切り、旨みを凝縮させ再度固まったものが「木綿豆腐」となる。この時、「絹ごし豆腐」を手で崩す作業が、出来上がりの豆腐の「のどごし」を左右する。大事な作業となるため、これを行うのは3代目のみ。手作業だが、品質を変えないこだわりである。このようにして大きなバットで固まった豆腐を1丁ごとに切り分け水槽に放し、パッキングされたものを蒸気殺菌で味を閉じ込め、冷却。周囲はしっかりしているけれど、中は滑らかな「ソフト木綿豆腐」が出来上がる。
小規模な工場だけれど、毎日約1000丁をスーパー、学校給食に出荷している。大量生産の大工場ならばシステムで自動化されているような温度管理、環境管理も、日々変化する環境の中で、ここでは三代目の経験と日々蓄積したデータにかかっている。「豆と会話し、毎日違う条件をクリアしていくこと」が3代続いて地元に愛される豆腐を作り続けている秘訣なのである。
2日目、山間で地下から汲み上げた美味しい水と地元でとれた大豆を使い、一日100丁程を作っている定年退職後から豆腐作りを始めたご夫婦に会った。K豆腐工房。
こだわりは、天然の水と地元の大豆と「昔ながらの製法」。
地下水を利用しているため、水温の変化が少なく、大豆の浸水時間は一年中一定。小規模の工房ならでは、「にがり」を手作業で豆乳に加えていく。大きなオールのようなヘラでゆっくりかき混ぜながら、大豆のタンパク質が徐々に固まった「おぼろ」という状態を作っていく。これをバットに入れ、表面に木綿を敷き圧をくわえて旨味を凝縮させる。水を切り、一丁ずつパッキングをして「木綿豆腐」の完成。
夫婦二人で、大豆の味がしっかりした「昔ながらの木綿豆腐」を地元の住民の分程度、無理の無い分量で作り続け、昔ながらの作り方を伝承している。
3日目に訪れたのは、新しい商品を開発し、常に進んでいこうとする、「R屋」。
「木綿豆腐」は、豆乳とにがりで「おぼろ」を作って固めて作る製法。「絹ごし豆腐」は木綿より濃い豆乳を使って作るなど、細かいこだわりがある。新たに、すごく濃い豆乳に石垣島産の「にがり」を加えて作った、固まりきらない滑らかな「寄せ豆腐」を開発し、伝統を守りながらも進化する豆腐を作りを続けている。
今回、3店の豆腐店を取材して、3店それぞれが全く違うアプローチで豆腐を作っていることに驚かされた。
出来上がってパッケージされたステレオタイプの豆腐イメージからは想像もできないような大きな違いである。
白い直方体である「豆腐」という名の食材は、あまりにも一般的すぎて、それぞれの違いなど普段の生活では考えたこともないだろう。しかしそこには、それぞれの店主の人生を掛けたストーリーがあった。
どの店の製法が正しい木綿豆腐の作り方なのだろうか?と取材を進める中で、それぞれで違う木綿豆腐の作り方を見ていてふと浮かんだ疑問だった。が、出来上がった「木綿豆腐」を実際に食べてみて、答えはすぐにみつかった。
今回持ち帰った「木綿豆腐」3種。
見た目はさほど変わらない、しかし、3つとも味は全く違う。
そして、どれも違うけれど、それぞれに本当に美味しい。
今、我が家の冷蔵庫はついついあれこれ取材先から買って帰った豆腐で溢れている。毎日それを順番に食べているのだが、飽きない。作業工程を見せてもらい、店主の熱い思いに耳と心を傾け、そのようして今ここにある「豆腐」はなんと味わい深いものなのだろう。
豆腐は人の人生の様ではないか。
人は見かけではわからない。特別な人でない限り、見た目もさほど変わらないし、自分から常に自分の人生を声高らかに訴え続ける人もそうはいないだろう。それでも、その人に寄り添って、声を聞き、豆腐を味わう様に接してみれば、通り一遍な付き合いからは想像しなかった人生の話を聞け、より深く通じ合うことができる様になるかもしれない。
この3種の木綿豆腐のどれか一つに正解があるわけでは無いように、誰の人生にも正解などないのだ。誰もが自分のストーリーを持つ、唯一無二の存在なのである。
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