ブラックホールのような瞳を持つクマとの生活
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記事:獅子崎 りさ(ライティング・ゼミGW特講)
私は今、一匹のクマとともに生活をしている。
クマと聞いてあなたの頭に何が思い浮かんだだろう。
ツキノワグマ、ヒグマ、ホッキョクグマ……。
ご安心されたい。
もちろん、生活をともにしているのは本物のクマではない。ぬいぐるみである。
ぬいぐるみではあるのだが、そのクマ、ただのクマではない。
「リラックマ」というキャラクターをご存じだろうか。
クマの姿をしたキャラクターで、商品展開も幅広くされており、人気のキャラクターと言ってさしつかえないと思う。
私が生活をともにしているのは、このリラックマのぬいぐるみだ。
私が初めてリラックマのぬいぐるみと出会ったのは、20代前半のことだった。
まだ学生で、学業をそれなりに必死にこなしていた頃である。
その頃の私は、ひどく疲れていた。
自分で選んだ学業の道ではあったが、学術書を読み、課題をこなし、学友と議論をかわす……。
充実した毎日だが、その毎日の連続に私は疲れていたのだ。
そんな日々をすごす私がある日雑貨屋で出会ったのが、リラックマのぬいぐるみだった。
全長35cmほどで、腕の中にすっぽりおさまる大きさのぬいぐるみだった。
リラックマのぬいぐるみを見つけた時、私は彼の表情から目が離せなかった。
リラックマの目は、まんまるの形をしたフェルト生地で、色は黒だった。
ハイライトという瞳の光を表現する加工もされておらず、そしてフェルト生地も特に光を反射するわけでもない。
つまり、ただただまるく黒い目がそこにあった。
そしてリラックマの口元である。
笑みを浮かべるわけでもない。かといって、怒っているわけでもない。何の感情を表すわけでもない口元だった。
リラックマは楽しそうにしているわけでもない、悲しそうにしているわけでもない、怒っているわけでもない。
ただただ、そこに目があり、口がある。
それだけだった。
リラックマはただそこにいるだけだよ。
そのぬいぐるみは、まるでそう伝えてきているかのようだった。
そして私はリラックマを手にとっていた。
私が毎日の生活に疲れていても関係ない。
私がその疲れた日々に嫌気がさしていても関係ない。
私がどんな状態であろうが、リラックマは私を笑うでもなく、しかるでもなく、ただそこにいてくれる。
そう感じたのだ。
それから、リラックマとの生活が始まった。
思ったとおり、リラックマは私のあらゆる感情を受け止めてくれた。
いや、受け止める、というのは違うかもしれない。
私が嫌なことがあったと愚痴をこぼしたとしても、リラックマは表情ひとつ変えないのだ。
私の気持ちを肯定するでも、なだめるでもない。
ただ、私が吐き出す気持ちを吸い取っていた、と言ったほうがいいかもしれない。
それはまるで、ありとあらゆるもの、光さえも吸い込んでいくという、真っ黒なブラックホールのようであった。
私の気持ちが喜びにあふれた明るいものでも、疲れはててよどんだものでも、リラックマは関係なく吸い取っていった。
どんな私でも関係ない。
そう言っているかのようなリラックマの存在が、私の癒しとなった。
このリラックマと私の関係は、生身の人間同士では成立しないだろう。
人と人がコミュニケーションをとるとき、相手の意見に対して自分の感情を何も示さないということはおそらくない。
私が友人に何か話をすれば、友人はそれについての自分の気持ちを表してくれるだろう。
思いやりにあふれた言葉、手助けとなるアドバイス、私への共感。
たとえ口から出る言葉でなくとも、表情にそういった気持ちは現れてくる。
それはとてもうれしいことだ。
しかし、だからこそ私は、人に自分の暗い気持ち、よどんだ気持ちを伝えることがなかなかできない。
そういった気持ちを話すことで、相手の心の中に私の暗く、よどんだ気持ちが及んでいくのを恐れているのだ。
相手がどうにか私の助けになろうと思いやってくれることを、申し訳なく思う気持ちがどこかにあるのだ。
しかし、リラックマはそんな私の気持ちさえ気にしない存在だった。
私が、こんなことを人に伝えてはだめだと思ってしまう気持ちさえ、ただただ吸い取っていくだけだった。
結局、私はそういった存在を求めていたのだ。
「ありのままの私」を肯定も否定もせず、ただただ受け流してくれる存在を。
人とコミュニケーションをとる上で、「ありのままの私」をさらけ出すことなどできないだろう。どこかで必ず、相手を思いやる気持ち、または相手の目を気にする気持ちがわき、それをふまえて言葉を発するからだ。
そんな日常の中で、リラックマは得難い存在だ。
もし、今あなたが心の中に言い表せぬ思いを抱いているなら、一度この黒い瞳を持つクマを生活に迎え入れることを考えてみてほしい。
彼は、その瞳をただあなたに向けるだけで、その気持ちを吸い取ってくれることだろう。
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