胸を張るために、僕はこれから胸をとる。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:浜松幸(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「性同一性障害」という言葉をご存知だろうか?
聞いたことはあるかも知れない。少し噛み砕くと、「生まれた身体の性と心の性が一致しない人」のことだ。
私はこの「性同一性障害」で、女に生まれたが男として生きている。かれこれ、高校3年生のときから17年ほど。
当時はいまほどインターネットも盛んではなく、当事者に会うことも難しく、情報も限られていた。自分に迷い、誰にも相談できずにいる時間が長く続いた。
ところで、「性」を表すものは何があるのだろう?
学生時代にさかのぼってみるとイメージしやすいかも知れない。
男は青、女は赤で書かれた名前。ランドセルの色。水着。トイレ。体育の授業。お風呂。恋愛。制服をはじめとする服装。声。そもそもの名前。
男で生きたい! と思ったときに、たくさんの壁があった。
未成年だった当時は医療行為ができず、まずは名前と服装から手をつけた。
女らしい名前からの卒業。
そして、男子制服での通学許可入手。
高校時代を過ごすには十分すぎる変化だった。
しかし、社会に出ると一変。世の中は冷たかった。
「オトコオンナ!」「え、いまのって女? 男?」「声高いから女じゃね?」
知らない人たちに後ろ指を刺される日常。
なぜ、名前も知らない人にこんなにも言われなくてはならないのか?迷惑なんてかけてないのに……。
男になりたい。
女らしさをひとつでも多く消していきたい。
その想いが強くなった。
男になるにはどうしたらいいのか?
四六時中考えていた。
男らしいってなんだろう?
やさしさ、気づかい、体つき、仕事ができる……。
女らしさの象徴の胸と高い声。
胸を潰すベストを風呂に入るとき以外、寝るときもずっとつけて、自分自身、「胸がある」ということを認識しなくていいようにした。
でも、いつまでも胸を潰して、自分にウソをついてはいられない……。
「素肌にTシャツを着る」という当たり前のことを当たり前にやりたい。
となると、外部の力を使うしかない。
男性ホルモンを打つことや胸をとるという医療行為は、身体を大きく望む性へと導く。私は、胸をとる決意をした。
定期的な男性ホルモン投与。おしりに打つ筋肉注射。私は副作用が出やすく、背中のかゆみと性欲の増加、吐き気がしていた。それでも、一歩ずつ、理想の自分に近づいていると思うと喜びのほうが勝る。
胸をとるために、大好きだった地位も名誉もあった仕事も手放した。
オペが近づくにつれ、期待と不安が毎日交代でやってくる。親友が京都から私の世話のためだけに一週間も付き添ってくれるという。
オペ前日。
万が一のことを考えて、生まれてはじめての遺書も書いた。
目が覚めたらどんな世界が待っているのだろう。
オペ当日。
背骨に打つ「硬膜外麻酔」は死ぬほど痛い。一回目の麻酔はまったく効かなかった。失敗だ。
二回目の麻酔。これまた全然効かない。身体の力が抜ける気配も、意識が遠ざかる気配もない。
と思っていたら、しっかり効いたようだ。いつのまにか記憶がなかった。
人生一度のことなので、どうしても記録を残したく、友人のカメラマンに撮影をお願いし、オペの先生にも頼み込んだ。生命の瞬間を撮ってもらった。
数時間に渡るオペが終わり、無事に目が覚めた。
「生きてた……」
オペのあと、自力で歩くこともままならなかった。ご飯を食べることも、ベッドから起き上がることも、腕を上げることも、ひとつひとつの動作が難しかった。それほど、身体は繋がっているということ。
少しずつリハビリをし、自分の意志で身体が動くようになってきた頃。胸を安定させるために、ガッチリと包帯をやっと取ることができた。
夢にまでみた「素肌にTシャツ」が実現した。
バカみたいと思うだろう。そんなこと、日常だから、夢描くこともないだろう。
だが、私にとっては、平らな胸を張るということの象徴だったのだ。
女らしさの象徴である胸をとった。
胸を張るために、胸をとった。
やっと、やっと、素肌にTシャツが着れた!
彼女と裸で抱き合うこともできる。
プールにだって入れる。温泉は……まだ難しいか。
それでも、男に一歩近づいた。
これで、私は平らな胸を堂々と張れる。
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