メディアグランプリ

「出来ない」ことを隠さず告白したら……予想しなかった世界が広がった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:香月祐美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
「先生、これ……」
私の机のそばに、手にノートを持って何か言いたそうにしながら小学生がやってきた。
 
「あ、今、まるつけしてる間だけ、ちょっとだけ話しかけないでね。話しながらまるつけると、漢字書き間違うから」
私は目の前の小学生にそう言うと、目の前に広げている漢字ノートに集中する。
 
シャッ、シャッ……。
私が赤ペンを走らせる音が響く。
小学生は静かに待っている。周りにいる他の子たちも、このときは私に話しかけないで静かにしている。
 
そう、みんな分かっているのだ。
私が話しながらまるをつけ始めると、本当に間違うということに。
 
まるつけが終わり、漢字ノートを持ち主の元に返すと、
「お待たせ」
と、目の前で待っている子に向かって言った。
 
塾で先生と呼ばれるようになって、7年目になる。
子どもの頃、私が持っていた先生のイメージというと、勉強は何でも分かるし、間違えないのは当たり前だった。
 
小学校のころ、学校の先生が板書で間違った字を書くと、大抵だれかが
「せんせー、そこ間違ってます」
と指摘していたのを何となく心に残っている。
先生は間違えない。そして「何でもできて当たり前」だった。
子どものころの私にとって、大人は自分の知らないことをたくさん存在だったし、先生という人なら尚更だったのだ。
 
自分が実際、先生と言われる立場になってみて気付いたことがある。
 
先生は何でもできるし間違わない、という子どもの頃のイメージは、実際にやってみると難しいということに。
先生は間違いがあってはいけない立場だと思っている。
間違って教えてしまうことがあれば、相手も間違った解釈をしかねないから、責任重大だ。
 
だから完璧でいようと思うが、残念なことに、そうすればするほど自分の苦手なことが目につくようになった。
苦手なことの一つが、冒頭の「話しながら書く」という二つのことを同時にすることだ。
話しながら書くと、高い確率で書き間違う。
話す内容と書く内容が違うならまだしも、同じだとしても間違う。今日も、「三角形の〜」と話しながら「三形形の〜」と書いていた。しかも悪いことに、間違って書いていることに、しばらく気がつかない。
 
そして、苦手なことがもう一つある。
こちらの方が、教える立場として致命的かもしれない。実際、こんなことを書いても良いのかどうか迷うところだが、ここまできたのだから、書くしかない。
何かというと、簡単な計算が苦手だ。
足し算や引き算など、私よりも子ども達の方が断然早くて驚いたりする。それどころか正答率も高い。
 
一方の私は、
「2かける3は、9! ……? ごめん、6!」
とか言ってしまう。笑い事ではない。
 
先生は何でもできるし、間違えない。
私が子どもの頃に持っていたイメージは、いつしか、子どもの前で「間違え」たり「出来ない」ことがあると信用をなくしてしまうのではないか、という考えに発展していた。
だから、自分の苦手なことを自ら言うなんて、ありえなかった。
 
しかし。
間違えないようにしようと思っていても、365日ずっと完璧でいるのは無理だった。
そして気がついた。
 
「2かける3は、9!」
と言ってしまったとしても、
「ごめん、間違った6」
と、間違えたこと、ごめんということを伝えれば、嫌われたり信用がなくなるなんてことはなかった。
 
だから思った。
苦手なことは、無理に隠さず先に言ってしまおうと。
書きながら話すことも、簡単な計算も「ちょっと苦手なんだ」と。
 
私がまるつけをしていようが、質問がある子にとっては関係無い。
「先生、分かりません」
と横からやってくる。
そういうときは、遠慮せず
「書きながら話せないから、少し待ってね」
と言うようになった。
そうすると、みんな大人しく待っていてくれるようになった。
 
「計算、私、間違うからそこは頑張って」
と言うと、自分で頑張らなければという緊張感で「自分でできそうだからやってみます」と言い始める子が増えた。
ただ、私も計算が苦手だからといって、教えないことはないし、何もしないでそのままでいるようなこともない。
計算が苦手だということは、ときに長所にできる。
 
1.5+2=1.7
と計算をしてきた子がいた。
 
「私、計算得意じゃないんだけど、この計算の答えは、間違ってるって一瞬で気付くんだよね。どうしてだと思う?」
そう言うと、子どもは自分で一生懸命考え始める。
どうして間違っているのか、その子が気付いて言葉にできれば、学びにつながる。
私が苦手なことを、学びに活かすこともできるのだと気がついた。
 
先生だから、かならずいつも完璧でいないといけない。そう思っていたのは私の勝手な思い込みの世界だった。
自分の長所だけでなく短所を活かすことでも、子ども達の学びは広げることができるのだ。
 
 
 
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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