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バイバイ、ばあさん……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
 
母は106歳で生涯をとじました
人生の途上で出逢い 良きご縁を結んで下さったすべての皆様へ深く感謝申し上げます
本日のご会葬 誠にありがとうございました。
 
近所のばあさんが先日、亡くなった。
葬儀に行くと、会葬御礼に上記のような文章が印刷されていて、さらにカードの右上に赤いビニールテープで50円玉が貼られていた。
 
なぜ50円? と思ったが、このばあさんが生きている間、ご縁(5円)をみなさんからいっぱいもらったので、最後にそれをしっかり返して旅立ちたいということらしい。
 
このばあさんは、飲み屋のおかみだった。
そもそもうちの町内は、元遊郭があった場所なので、もしかしたら若い頃はばあさんもそこで働いていたのかも知れない。昔は多くの女性が働き、ここで涙を流し、そして出て行ったに違いない。が、そのばあさんはここに残った。そしてこの場所で飲み屋を開き、近所のおっさん連中とわいわいやっていた。そしてこの町内の中心的な人物でもあった。昼間はいつも店先に椅子を置いて座っていた。近所の人たちが通ると、みんなに声をかけている賑やかなばあさんだった。
 
近所に葬式ができると、ばあさんの出番だ。葬儀に出す煮物、握りめしなどを口八丁、手八丁で作る。若い嫁は、ばあさんに「砂糖を持ってこい」だの、「ご飯を炊け」などあごで使われる。うちの母も、このばあさんの洗礼を受けて育った一人だ。手を動かしながら次から次へと指示が飛ぶのだが、町内の女衆は黙って従う。
 
最近、映画『ショーシャンクの空に』をみた。1994年に公開された名画だが、今みても十分に見ごたえのある、古さを感じさせない作品だった。
主人公は妻と愛人を射殺したという冤罪をきせられ、ショーシャンク刑務所に送られた銀行家のアンディ。アンディは刑が確定したあと、荒れ狂ったりやけになったりすることはしない。彼は冷静にその運命を受け入れ、不自由な環境の中で、遠い未来を夢みて行動している。そんなアンディの行く末は、映画を見てほしいところだが、ここで印象に残るのがモーガン・フリーマンをはじめとするわき役たちだ。
 
無期懲役の受刑者たちは、当然、刑務所暮らしが長く、その環境に慣れていく。そして刑務所が居心地よくなってしまう輩もいる。そんな受刑者も、いざ仮釈放となりシャバにでると外の世界ではたんなる世間知らずの役立たずの老人だ。友達もいない、たった一人の孤独は、自由の世界では余計に辛い。その結果、悲劇を生むこともある。
 
亡くなったばあさんは、気丈だったがさすがに90を超えてからの一人暮らしは難しくなった。そして施設に入ったと言う噂は、なんとなく聞いていた。
そんな時だった。わたしは祖母の見舞いに老人施設に行った。ちょうど食事の時間で、多くの車いすの入居者たちがエレベーターホールにどんどん集められていた。スタッフは忙しく動きまわり、車いすを2,3台と運び、乱暴においていく。だからあちらこちらで衝突が起きている。
 
しかし老人たちは「痛い」とも言わず、されるままになっている。あきらめているのか、誰も何も話さず、無表情だ。
そのなかでひと際、元気な声が聞こえてきた。わたしはすぐにわかった。「あ、あのばあさん、ここにいたのか」と思った瞬間、車いすに座ったおばあさんは、大きな声で「またここで渋滞かよ。わたしたちは物ではないんだから、こんなところに置きっぱなしにしないで欲しいね。寒くて、腰が痛いわ」と大きな声で文句をいう。
  
すると最初は下を向いていた老婆たちが、その声にこたえるように「本当に寒いわ。なんとかしてくれないと風邪ひいちまうよ」、「ここは老人を大切にしてくれないね」と、あちらこちらから声が響いてくる。
そこでばあさんが「でも、ご飯も三度、三度たべさせてくれるし、面倒も見てもらえるんだからありがたいとこだよ。これぐらいガマンしないとね」というと、老人たちが一斉に笑う。
 
その姿は、わたしが昔、近所で葬式ができたとき、台所の真ん中にデンと座って、笑いながら若い嫁たちに指示を飛ばしていたあのばあさんだった。
このばあさんは、どこにいても、どんな環境でも元気に生き抜くたくましいばあさんなんだなーと思った。
 
ばあさんの葬式は、娘と近所の人たちだけでひっそりと執り行われた。最初はみんな50円玉に気が付かなかったが、一人のおじさんが「この50円玉は何なんだ?」と騒ぎ出した。すると娘が、小さな声で「母が生前、わたしの葬式のとき、来てくれた人にはご縁を10倍返しにして返しておくれ」と頼まれたので、50円をつけけたと説明する。それと一緒に入っていたのが「アサヒスーパードライ」の350ml缶が1本。
これはビール好きなばあさんが、「わたしが死んだら、葬儀ではビールをみんなにふるまってくれ。最後はみんなと乾杯して、この世から消えてなくなりたいから」と、娘さんに指示していたらしい。
 
106歳の人生は見事だった。
希望を失うことなく、制限された環境でもばあさんはばあさんらしく生ききった。そして見事に死んでいった。最後、ばあさんが葬儀場を出るとき、涙は一切なかった。かわりにどこからともなく拍手がおきた。
そしてみんな「こんな最後がいいな」と呟いていた。
 
 
 
 
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2020-01-24 | Posted in 記事

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