人生の分岐点になった旅はありますか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高橋 和江(ライティング・ゼミ通信限定コース)
人には多かれ少なかれ人生の分岐点になる出来事というのがあると思う。
人それぞれ回数も違うだろうし、出来事も出会った人だったり、本だったり、旅だったり、仕事中のエピソードだったりと様々だろう。
最近、沢木耕太郎の新刊「旅のつばくろ」を読んだ。
沢木耕太郎はノンフィクション作家である。20代のころに電車やバスでユーラシア大陸を横断した時の出来事をつづった「深夜特急」が有名である。海外のことを書いているイメージの強い作家だが、今回の作品は日本国内を旅してのエッセイで、JR東日本のトランヴェールという社内誌に連載されていたものを集めたものだ。
この本の中で沢木耕太郎の人生の分岐点となった旅として16歳のころの東北1周の度のエピソードが頻繁に出てくる。以前別の著書にも描かれていたエピソードではあったが、まだ16歳で手持ち少ないお金で放浪の旅のようなことをするなんて改めてすごいなと感じた。
自分にも人生の分岐点を決めるような旅をしたことがあったかと考えた時、一つの日帰り旅行を思い出した。
高校2年生から3年生になる春休み、母が単身赴任になった時だった。
母は養護教諭だった。私が住んでいた岩手県の教員の世界では、一度は遠方に勤めなければいけないという決まりがあったらしい。母は子供が小さいことや父がJR職員で夜勤を伴う仕事であること、父が婿であることなどから何回か人事異動を蹴っていたようだった。長女の私が大きくなったこと、父が比較的調整をしやすい職場であったことから、そのタイミングで人事異動を受けることにしたようだった。
「私には迷惑をかけない、勉強も部活も今まで通り好きなようにやってほしい」
優しい両親は言ってくれた。医学部を目指して勉強もしていたし、同時に部活にもかなり励んでいた。文武両道という言葉はあるが、この時点で正直、どちらもいうのはもう厳しい状況だった。浪人が簡単にできるような経済状況でもなく、父は家事を何でもこなせる人ではあったが、祖父もおり、妹2人もおり、家のことも手伝わなければいけない状況だった。将来的なことを考えれば、部活は辞めざるを得ないと感じていた。
母の新しい赴任先は遠野というところだった。同じ県に住んでいて観光名所ながら行ったことのない土地だった。民話のふるさとであるとか、河童がでるといわれる川があるということくらいしか知らない土地だった。
「お母さんの転勤先、行ってみようかな」
両親にそう伝え、春休みのある日、私は1人で遠野に日帰りで行ってみることにした。
どうして行こうと思ったのかは思い出せない。
両親は理由も聞かずに電車のチケットを買ってくれた。
私の住んでいた一関というところから遠野まで電車を乗り継いで2時間半ほどだったような気がする。完全に一人でどこかに行くというのはその時が初めてだった。車中の景色は東北ならではの田んぼだらけだったことを思い出す。肝心の遠野でどこを巡ったかはっきりは覚えていない。到着した遠野駅がこじんまりとしていたが風情があってとてもきれいであったこと、数か所の民話の資料館を見て、民話のグロテスクさに衝撃を受けたこと、河童が出現するといわれるカッパ淵の水はとてもきれいで、青空と合わさった景色が言葉では表せないものだったことなど断片的なことは思い出せるが、どんな人と話したとか、どこでどんな食事をしたとかは思い出せない。
夕方くらいに一関に帰ってきて、駅まで迎えに来てくれた両親に
「部活や辞めて、勉強しながら家事を手伝うよ」
と伝えた。そう伝えたことだけははっきり覚えている。
後々母から聞いたことだが、日帰り旅行から帰ってきた私はものすごくすっきりした顔をしていたらしい。
「一人でいろいろ決めさせちゃって申し訳なかったなと思ったよ」
母は私にそう言った。
どうして行こうと思ったのかも思い出せない、旅の途中にどんなことを考えていたかも覚えていない日帰り旅行であったが、私の人生の分岐点となる旅であったのは間違いないと思う。旅の後、私は宣言通り、家のことを手伝いながら勉強に集中し、かなりぎりぎりではあったが志望する医学部に無事に現役で合格した。
「あのとき、私は何を求めて東北1周の旅をしていたのだろう……」
沢木耕太郎は60代になってから、東北1周の旅の本来の目的であったが、達せなかった竜飛岬へ向かった。竜飛岬について景色を眺めての感想がその一節だ。
今また遠野へ向かってみて、観光してみても、同じ景色を眺めても、私も同じようにその時のことは思い出せないだろう。ただ、そこで自分が一人で何かを決め、それを達成することができたということは誇りに思える気がする。
人生の分岐点は人によってはつらいことを思い出せるものであるのかもしれない。でも、今の自分につながる大切なことを思い出させてくれるし、今の自分に自信を持たせてくれるものでもある。
みなさんには、人生の分岐点となる旅はありますか?
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