私に色気がないのは、どう考えてもうどんのせいだ。《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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今、「色気」が欲しいです。切実に。
ライティング・ゼミは毎週課題があります。提出した課題には、天狼院店主で講師の三浦氏に講評をいただくのですが。
毎回、疑問に思うことがあります。
「色気のある文章ですね!」「なんだかセクシーです!」「いやー、エロいですね!」
私が言われる講評ではありません。他の受講生さんへの講評です。
一方の私はというと、
「とても面白かったです」「平明な文章でよかったです」「描写が丁寧でよかったです」
あぁ……悲しい。いや、誉められることは純粋にめちゃくちゃ嬉しいのですが、何なんでしょう、この悔しさは。
「色気のある文章」って何ですか。
平明、つまり読みやすい文章は心がければ誰にでも書けるじゃないですか。丁寧さも心がけ一つ。
でも、色気って出そうと思って出るでもなし、滲み出るものでしょう?
「色気のある文章」だと言われる方の記事を徹底的に読み解析して、ここぞという「エロポイント」を見つけたところで、真似はできない。
「色気のある文章」で検索すると出てきた小池真理子の「恋」、姫野カオルコの「ツ、イ、ラ、ク」辺りを読んでみる。書けない。
もうこれは技術的な問題よりも書いている人間側の問題ですよ。「色気のある文章」を書いているひとは「よっしゃ、いっちょ色気出してみっか~!」みたいなノリで書いてないんですよ。
だとして、私に何が足りないのか?
頭を巡らす、巡らす。
たぶんね、うどんのせいなんだと思います。
たぶんどころじゃない。これは間違いない。
母方の実家は、私が生まれる前から店をやっていました。長崎県は島原市に店を構える、小さなうどん屋さんです。
母はずっと実家のお店で働いていました。
そこに、私が生まれました。
1988年、昭和63年のことです。
祖父母は私のことを「根っからの商売人だ」と言います。実際、物心ついたときからずっとお店にいました。1年で362日くらいほぼ休みなしで働く祖父母と母の姿を見ていました。せわしなくやって来るお客さんも、お客さん以上にせわしなく動き回る私の家族も、みんなうどんを食べていました。私も、うどんが大好きです。
お店にいる間、私が何をしていたかというと、アイドルやってました。
はい、あの、”アイドル”です。
祖父母が私を根っからの商売人だと言うのも、物心ついたときにはすでに誰に求められたわけでもなく「看板娘」としてアイドル業を務めていたからです。
今となっては見る影もありませんが、幼い頃の私は早熟でとても賢い子供でした。
生後半年で保育所に預けられ、一歳の誕生日を迎える前に喋りだし、母が読み聞かせをしてくれた本を暗唱し、三歳前には読み書きが完璧にできたと母は言います。保育所から出ている送迎バスで直接店に帰り、お客さんがいないときは座敷で本を読んだり絵を描いたりして過ごしました。おやつは、もちろんうどんです。いい子にしていると、バイトのお兄さんが大好きな天かすをいっぱい載せてくれました。
早くから社会性を求められた賢い子供にはありがちですが、アイドルをやっていた頃の私は、何をすれば大人が喜ぶか的確に感じとることができました。
だから、頑張った。
子供が好きそうなおじさんには子供らしく話しかけ、混雑する店で苛立つ様子を見ると舌足らずに「少々お待ち下さい~」と言って回り、お客さんが帰ると皿を下げ、テーブルを拭き。
マンパワー的な意味で自分が役に立っているわけではないと正しく理解し、「一生懸命な子供のお手伝い」に「可愛いねぇ」と笑ってもらうためだけに、私は”アイドル”を務めました。
信楽焼のたぬきの横でひょうきんに笑う私の写真が残っています。
母やお客さんたちは、「ひょっとこだ」と大笑いしていました。
これです。これが、私が色気を出せない原因なんです。
“アイドル”は、色気がない。
なぜ”アイドル”に色気がないのかというと、”アイドル”は頑張ることが仕事だからです。
頑張る姿を見せて初めて評価される。
現在立派なアイドルオタクになった私に言わせると、セクシーな子は”アイドル”として大成しません。
たとえば、NMB48に室加奈子ちゃんという子がいました。非常に容姿端麗でスタイルも抜群で10代にして人妻的な雰囲気を漂わせている、私も大好きなメンバーでした。見ているだけでため息が出てしまうほどに、美しい女の子でした。
しかし出場した総選挙は3回とも圏外。4回目は不参加。惜しまれながら卒業していきました。その美貌はオタクの誰もが認めるところだったのに、です。
アイドルを推す要素はいくつもあります。顔、スタイル、歌、ダンス、愛嬌、握手対応……一概に可愛い子に人気が集まるわけではありません。
けれど、総選挙の上位陣を見ても、セクシーで大人っぽいと思える人気メンバーは麻里子さまと呼ばれた篠田麻里子さん以降出てきていないのではないかと思います。
なぜなのか。
“アイドル”は頑張ることが仕事で、”セクシー”は頑張ると対極の位置にあるからです。頑張った途端、色気は吹き飛んでいく。
不器用でも必死なところが見えると、「可愛い」のです。
「応援したくなっちゃう」のです。
大好きだったセーラームーン。
ドジでおだんご頭で、頑張り屋さんのうさぎちゃんが好きでした。
姫ちゃんのリボンの姫ちゃん。
泣き虫だけど一生懸命で可愛くて、姫ちゃんになりたかった。
頑張れば可愛いと思ってもらえる。お客さんを笑顔にできる。母や祖父母やバイトのお兄さんに「偉いね」と言ってもらえる。AKB48が結成されるはるか昔、”アイドル”の概念も知らない頃から、私は幼いながらにそう学びとっていたし、今も当時の”アイドル性”が私の心に大きく根を張っているのだと思います。
ちょうど”アイドル”を卒業した女の子たちが、その後の方向性に迷うように。
早熟だった小さな子供は、からだだけが大きくなって子供のまま熟しきった大人になってしまったのです。
あぁ、神様。
なぜうちはうどん屋だったのですか。
いやね、もしこれがおしゃれな喫茶店とか、かわいいパン屋さんとかだったら、もっと違っていたと思うのです。ゆったり落ち着いた空間で、静かな時間を過ごせる店だったら、私のアイドル業もまた、ちょっと違った感じになっていたと思うのです。恥ずかしがって小声で「いらっしゃいませ~」と言う程度のキャラ作りをしていたと思うのです。
うどん、て。
元気の良い常連のおっちゃんたちが「いつものよろしく~!」と言いながら入ってきて、ほぼ噛まずに麺をすすり、うわばみかってスピードで飲み込み、嵐のように去っていく。夜は夜で居酒屋メニューを出していたし、家族連れや仕事帰りのおっちゃんでごった返す。赤ちゃんは泣くし、おっちゃんも泣くし、おばちゃんはケタケタ笑う。声の銃弾飛び交う、まさに戦争並みのやかましさでした。
戦場のような舞台に立ち、私は必死に笑顔を振りまいていました。「ひょっとこ」アイドルとして、頑張っていました。
けれど、そんな場所は、程なくして奪われてしまいました。
雲仙普賢岳の噴火です。
めったに雪も降らない島原の街に、黒い灰が舞いました。市街地まで飛んできた火砕流によって祖父母・母と住んでいた家のガレージにも穴が開きました。私の預けられていた保育所も普賢岳の麓にあったため、転所を余儀なくされました。
空はいつも灰色で、いつもマスクをして出かけました。
店舗が直接被害を受けることはなかったものの、観光客の現象と共にじわじわと客足は減り、ついに店を畳むことになりました。
私が生まれるずっと前、母が小学生の頃から営んできた店を閉める日、たくさんのお客さんが店を訪れました。常連のおっちゃんも、いつものわかめうどんをゆっくりすすりながら、暗い顔で笑っていました。「しょうがないね」「また復活してね」「あやちゃん、元気でね」と言い残し、帰っていきました。
水の美しい城下町が、あっという間に被災地になり、私たちは大切な「仕事場」を失いました。
母は私には何も言いませんでした。
気づいたら保険の代理店に就職を決めていて、少し遠い会社に通うために祖父母とも離れて暮らすことになりました。仕事は忙しく、居残り保育で20時過ぎまで預けられ、その後迎えに来た母と再び会社に戻る日々が続きました。
私も、母に何も言いませんでした。
突然の環境の変化にも順応し、ただひたむきに頑張っていれば笑ってくれると信じ込んでいました。お客さんはもういないけれど、お母さんの”アイドル”でいようとしていました。
これ以外の生き方を知りませんでした。
もっと早く気づくべきだったのだと思います。
うどんのせいだと。私に色気がないのは、結果ではなく、頑張る過程で評価を得ようとしていたからだと。
何もできない子供が頑張るからこそ、過程は評価されます。つまり、”アイドル”でいるためには完成されてはいけない。歌が下手でも、ダンスが下手でも、頑張っていれば応援してもらえる。上達する過程を楽しんでもらえる。無意識のうちに「未完成」のままでいようとしていたのです。
「完成」したものを提供しなければいけないところまで、年を重ねたというのに、私はいつまでも”アイドル”のままでした。
ライティング・ゼミに通う中で、「色気のある文章」を書きたいと思うようになり、齢28にしてようやくセクシーになりたいと思えるようになりました。
“セクシー”は、頑張らないことです。
正しくは、頑張っている様を絶対に悟らせないことです。
肩の力を抜き、余裕の笑みを浮かべ、行間にニュアンスを漂わせる。文章で惹き付け、煽り、魅せる。書いていないことを読んでいるひとに想像させる。心の中ではどんなにドキドキして不安でも、「それがどうしたの?」と微笑む。
そしてこのイメージは、お店がなくなった後の母の姿でもありました。
私を育てるためにも彼女は必死になって毎日働きました。そのくせ、苦労してる、なんて顔を私には一瞬たりとも見せませんでした。二人きりのオフィスで寝たふりをして彼女の顔を盗み見るとき、ようやく母は薄くため息を吐くのでした。
私たちは、お店が、「さぬきや」が大好きでした。騒がしくてせわしなくて毎日戦場でも、大事な場所でした。
保険の仕事を始めてから母が吐息を漏らすのを、薄目を開けて見つめていました。本当は悔しくて仕方なかったと思うのです。母にとって、「さぬきや」はただの仕事場ではなく、子供の頃からともに育ち、大人になってからは両親とともに盛り立ててきた実家同然の場所だったはずです。そんな大事な家をなくし、家族のような存在だったお客さんとのつながりを絶たれ、新しい環境に飛び込むことを強いられたとき、母はまだ32歳でした。
私は、母の苦労を理解していたつもりで、結局母の”アイドル”でいようとしていました。だから母はセクシーにならざるを得なかったのかもしれません。自分の辛さ、悲しさ、悔しさをすべて押し込んで、「それがどうしたの?」と微笑まざるを得なかった。母には頑張っているだけで可愛いと言ってくれるひとがいなかったから。
時が経ち、島原は水と緑の美しい城下町に戻りました。久しぶりに訪れた島原の空は青く澄み渡っていて、普賢岳が遠くに浮き上がって見えました。あれほどの猛威を奮っておきながら、青々とそびえ立つ普賢岳は美しい。自然の美しさは恐ろしさと背中合わせなのだと知りました。
けれど、どんなに復興が進んでも、20年以上前に閉店した小さなうどん屋のことを覚えているひとは、もうほとんどいないでしょう。時間の流れは穏やかで、しかし残酷でもあります。
実家の食卓には今も頻繁に、うどんが並びます。うちの家族はみんな、変わらずうどんが大好きです。お店のときのように手打ち麺ではないけれど、大好きな「さぬきや」の味。母の悔しさと、セクシーな吐息が溶けた、金色のだし。変わらないレシピの中に、あの頃にはなかった深みが加わったことを知っているのはうちの家族だけです。
お客さんはもういない。悲しいけれど、このおいしいうどんの味を、常連のおっちゃんもおばちゃんも、みんな知らない。
だから、私は”アイドル”を卒業しなければなりません。
母の悔しさに寄り添い、金色のだしに溶けたため息に気づかなければならないのです。この味の変化に気づいてあげられるのは、ずっと一緒に生きてきた私だけだから。
「色気」が欲しいです。切実に。
“セクシー”にならざるを得なかった母を理解したい。
ひとを惹きつける文章を書くために。頑張ってきた母を解放するために。
私が、大人になるために。
今になってようやく、そう思えるようになりました。
“アイドル”を卒業することを決めた私には、「小説家になる」と同じくらい、絶対に叶えたい夢があります。
それは、うどん屋を開くこと。
「長居ができるうどん屋さん」があればいいな、と思います。うわばみのごとく麺を飲み込み、一瞬でお客さんが帰ってしまう回転率のいいうどん屋さんではなく、そこで何時間も過ごしたくなってしまう庵のようなうどん屋に行ってみたい。
コンセプトは「うどんカフェ」。内装はナチュラルな北欧家具で思いっきりおしゃれにして、うどんだけでなくスイーツメニューやドリンクメニューを充実させて、夜はお酒やちょっとしたつまみも提供して。
戦場みたいな店も大好きだけど、私は常連のおっちゃんがすぐに帰ってしまうことが、本当は寂しくて寂しくて仕方なかったのです。お客さんはいつか自分の家に帰っていく、店がなくなったら忘れてしまう。
だからひとときでも長く、濃く、かかわりを持てるようなお店を開きたいと強く思います。
そのときには”アイドル”で看板娘の「あやちゃん」ではなく、セクシーなオーナー「文さん」として、お会いしましょう。
屋号はもちろん、「さぬきや」で。
*この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
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