プロフェッショナル・ゼミ

ハイヒール依存症の私がビーチサンダルを選んだ日《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:土田ひとみ(プロフェッショナル・ゼミ)

私にはプライドがある。
それは、どんなときもハイヒールを履いていることだ。足が太くて短いことがコンプレックスで、ローヒールで外を出歩くなんて恥ずかしくてできない。近所のコンビニに行く時でさえも、5㎝ほどのヒールがついたミュールで出かける。5㎝でもヒールは低い方だと思う。足さえ疲れなければ、いつでも11㎝のピンヒールを履いていたいくらいだ。
私の靴箱に、スニーカーは一足も入っていない。
大学時代までは持っていたけれど……。

私がスニーカーを履かなくなったきっかけは、大学1年生の春、男女10人ほどのグループでバーベキューをすることになったときだ。
バーベキュー会場は、海の近くの公園だった。芝生が規則正しく青く輝き、人工的に作られた砂浜がある洒落た場所。舗装された歩道があり、ランナーが走っていたり、サングラスをかけたオシャレなママたちがピクニックをしているような、とても美しく都会的な公園だった。
そんな洒落たところに、私は場違いにも本気でキャンプに行くような格好で来てしまった。汚れてもいい薄汚れたジーンズに、ネルシャツ、その下には色気のないТシャツ、そして足元はスニーカーだ。
仲間の女子たちは、揃いも揃って、ハイヒールを履いていた。いつも通りスカートにハイヒールの子もいれば、カジュアルにジーンズを着こなしながらも足元はハイヒールという子もいた。
「しまった……!」
私だけが猛烈に浮いている! 運動会の日にちを勘違いして、一人だけ体操服で登校してしまったというくらいに浮いている!
その証拠に、仲間もさっそく私の格好に突っ込んでくる。
「マナミ、本気のキャンプじゃん!」「もしかしてガールスカウト入ってた!?」「火おこしとか得意そう!」
だって、バーベキューと聞いたからキャンプを想像していたんだもん!
お父さんのせいだ! ぜーんぶお父さんのせい!!

小学生の頃、毎年夏休みには家族でキャンプに出掛けていた。父は、私たち姉妹が小学生になると、キャンプ道具を一式そろえた。子供ができたら家族でキャンプに行くことが長年の夢だったらしく、家族で唯一の男である父はとても張り切っていた。そして、男らしさを見せつけるように手際よくテントを張ってくれたものだ。私たち姉妹と母は、そんな父を可愛らしく思い、「お父さん、すごーい!」などと言ってもてはやした。
しかし今は、そんな父が憎い!

私は見た目も父にそっくりに生まれてしまったため、脚が太くて目は奥二重だ。一つ年下の妹のアヤは、母親に似ている。身内の私が言うのもなんだが、母は美人だ。化粧なんかほとんどしていなくても、目はパッチリしているし「美人だな」と思う。スタイルも良く、スニーカーを履いていてもすらりとした脚があるから、とても格好良く見える。

アヤは容姿に恵まれて生まれてきたにも関わらず、まるでオシャレに興味がない。いつも、ボディラインの隠れるようなダボっとした印象の服を着ている。私が誕生日に、スカートをプレゼントしても、一度も履いてくれなかった。
私は、妹が自分のプレゼントを喜んでくれないことに悲しみ、そして同時に安心もしていた。なぜなら、妹のアヤが私と同じ服装をしたら、私のスタイルの悪さが明らかになってしまうからだ。
父親にそっくりな私でも、メイクをしてフリフリとしたスカートにハイヒールを履いていたら、それなりに男の人に声を掛けられる。しかし、すっぴんでダボッとした服装の私を振り向く人は誰一人いないだろう。

そんな私がスニーカーでダボッとした服装で、この洒落た公園に来てしまったのだ。しかも、年頃の男女グループで! 気になる彼の一人や二人もいるというのに!

私がお父さんに似ていなかったら!
子供の頃、お父さんがキャンプなんかに連れて行かなかったら……!

やるせないこの恥ずかしさを、全部父のせいにしてこの日をやり過ごした。
このバーベキューをきっかけに3組のカップルが生まれたが、私はもちろんその3組には含まれなかった。火おこしと後片付けに追われただけだった。
「もう、絶対にヒール以外履くもんか!」
私はその日、家に帰るとすぐ、苦い思い出とともにスニーカーを捨てた。

それから5年の月日が流れ、私は24歳になった。
綺麗めなアンサンブルニットに、フワッと裾が広がるスカートを身にまとい、足には上質なハイヒールを履いている。500円玉貯金を貯めて、ようやく買った高級ブランドのハイヒールだ。足の甲がセクシーに見える作りで、華奢なピンヒールが私の太い足首を美しく見せてくれる。最高の相棒だ。
そして隣には、6歳年上の彼氏がいる。この高級ブランドのハイヒールにふさわしく、紳士で格好のいい彼氏だ。今年で30歳になる彼は、時々結婚を意識したような発言をする。私はその度に、気が付かないふりをしながら心の中は踊っていた。
「今度さ、マナミとハワイに行きたいな」
デートの帰り、車の中で彼が言った。
ハワイ=海……。水着でボディラインを露わにしなくてはならないだけではなく、私の最大の武器ハイヒールが履けない場所に行きたいと言うのか……!
私は曖昧に返事をし、おやすみのキスをして彼と別れた。

彼の前では、可愛い私でいたい。
美しくない姿を見せて、彼に嫌われたくない……。

彼とは、何度かお泊りもしたことがあったけれど、すっぴんは見せたことがなかった。お風呂上りには、ニキビ跡の赤みを消すために薄っすらとファンデーションを塗り、奥二重の小さな目を隠すために、まつ毛の際に細くアイラインを引いた。
朝は彼よりも早起きをして、ナチュラルメイクをし、髪を無造作に可愛くまとめ、クックパッドを見ながら朝ご飯を作った。

彼が仕事を頑張れるように、いい彼女でいなくっちゃ!

それからしばらくハワイの話はごまかし続けて来たけれど、年末が近づくにつれ、彼がいよいよ本気になってきた。
キッチンで夕食を作っていると、彼がリビングからこちらの方へ駆け寄り、いつもより高めの声で言った。
「ねえ、マナミ。ハワイ、行こうよ! マナミとは、これからもずっと一緒にいたいから、たくさん思い出作ろうよ」
(そう言われちゃうと断りづらいじゃない……。本当は私もハワイ行きたいよ。でも、脚の長い外国人だらけの場所で、ハイヒールの履いていない姿なんて見せられないよ!)
「……でもさ、彼氏と旅行だなんて、親も心配すると思うし」
シチューをかき混ぜるのに必死なふりをして、彼とは目を合わせずに答える。
「それなら俺、マナミの両親に挨拶にいくよ。真剣に付き合っているわけだし」
(え!? 挨拶? 嬉しい! 結婚秒読みなのかな、私たち! で、でも……)
「いや、そこまでしなくてもいいんじゃないかな」心とは裏腹な言葉を口に出す。そうすると、高めだった彼の声が、急に低く小さくなった。
「……マナミは俺との付き合いを両親に紹介したくないってこと?」
(違うんだよ! むしろ逆だよ。すぐにでも両親に紹介したいよ。私が無理なのは、ハワイだけなの! 水着でビーチサンダルが無理なだけなのー!)
「そんなわけないじゃない! 私はただっ……」
(ハイヒールを履いていない姿を見せられないから……だなんて言えないよ)
そのまま私はうつむいて、黙り込んだ。

彼は小さくため息をつくと、上着と鞄を持って立ち上がった。
「もう、無理は言わないよ。マナミが俺に対しての気持ちも、何となく分かったから……。今まで無理に付き合わせてごめんね」
彼は、玄関をゆっくりと開き、立ち去った。

どうしてこうなっちゃうの! 私はただ、彼の前では可愛くていい彼女でいたいだけなのに。

三日経った今でも彼からの連絡はない。こんなに長く連絡を取らないのは、初めてのことだった。あの日、私はすぐに誤解だということはメールで伝えたけれど、彼から返事はないままだった。あまりしつこく連絡をして嫌われるのも嫌だし、一回だけメールをしただけであとは私の方からも連絡をしなかった。

このまま別れてしまうのかな……。

一人暮らしの部屋にじっとしているのは寂しすぎた。私は久しぶりに実家に帰ることにした。
両親は変わらない温かさで出迎えてくれた。両親と夕食を共にするのは三カ月ぶりだった。父は嬉しさを隠せないでいる様子だった。母は、いつも通り明るく笑っていた。
夕食を食べ終わると、それぞれ風呂に入ったり、自室に行ったりと好きに過ごした。私は、スマホをいじりながら、ダイニングテーブルで一人ワインを飲んでいた。キッチンでは、音楽を聴きながら踊るように家事をする母がいた。母はいつも楽しそうだ。容姿端麗だし、明るいし、皆の人気者だ。それに比べて私は……。
ああ、ダメだ。どうしてもいじけた気持ちになってしまう。ゲームでもして気を紛らわせよう。
ディズニーのキャラクターを繋げていくゲームに没頭しているふりをして、彼からの返信を待ったが、一向に返事は来なかった。
「じゃあ、お母さんあと寝るねー! マナミもあんまり遅くまで起きてるとお肌に悪いわよ! おやすみー!」
母はおやすみの挨拶まで明るかった。
静まり返ったダイニングにいると、一人暮らしの部屋にいるのと変わりないなあと、ぼんやりと思った。風呂に入る活力もなく、私はただワインを飲みながらスマホに入っているアルバムを眺めた。彼と出先で撮った写真たち。私にはもったいないくらい格好良くて優しい彼。写真を一枚、一枚見ていると涙が込み上げてきた。
そのとき、母が勢いよくダイニングに舞い戻って来た。
「忘れ物ー! ケータイ! ケータイ!」
私は急いで涙をぬぐい、わざと明るい声で「もうー! お母さん忘れっぽいんだからー!」と言った。
「えへへー! ……ワイン、美味しそうね! 私も一緒に飲もうかなー」
母は忘れ物をパジャマのポケットにしまうと、私と向かい合うように座った。
「かんぱーい!」
自分のグラスにドボドボとワインを注ぐと、テーブルに置いてある私のグラスにチンとぶつけてきた。
鼻歌を歌いながら嬉しそうにワインを飲んでいるが、母は何もしゃべらなかった。私もしばらく黙っていたけれど、思い切って聞いてみた。
「ねえ、お母さん。お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?」
母は顔色を変えず、歌うように答えた。
「唐突な質問ねー。お父さんと結婚した理由ねえー。うーん。ありのままの自分をぶつけたら受け止めてくれたからかなー!」
「ありのまま? お母さん、元々美人だし、何も飾らなくてもそれだけでいいじゃない。私なんて、お父さんそっくりだからこんなだし」
「何言っているのー! あなたは、とっても可愛らしいわよ。ふふふ、自分で自分の魅力に気が付いてないあたりが、私にそっくりね!」
「お母さんが私にそっくり?」
「そうよー。何でも完璧に見せようと思って格好つけて。肝心な可愛いところをなかなか見せないんだもん。もったいないなあって思うわ」
「肝心な可愛いところ? 私は自分のコンプレックスを隠すためにいつも努力しているのよ」
母は、ふふっと小さく笑い、ワイングラスを置いた。
「私もね、コンプレックスだらけだったの。背は高すぎるし、瘦せっぽちだし、頭は悪いし。勉強ができるお父さんの前では、一生懸命頭のいいふりをしていたわ。わざと猫背にして小さく見せて、可愛い女の子のふりをしていた」
意外だった。私の知っている母は、モデルのようにスラッとしていると思っていたし、いつも天真爛漫で自由で可愛らしい人だった。
「お母さんね、お父さんに嫌われたくなくて一生懸命『いい彼女』を演じてたの。ずっと息苦しかったなあ。そんな時にね、とっても素敵な女性と出会ったの! 旦那様と仲が良くて、仕事もできて、理想を絵にしたような女性だったのよ。その女性が、ありのままの自分で、自分らしくいることが一番の魅力なんだって言ってくれて。それからお母さん変わったの!」
母はワインを一気に飲み干した。
「もう、その日から自由に振る舞ったの! 知識がなくておバカな自分も、背が高すぎて瘦せっぽちでも胸を張って堂々と歩いたの! そしたら、もっともっとお父さんが私に優しくしてくれて、一緒にいるのが楽しくて、気が付いたら結婚してたわ!」
そう話す母は、キラキラしていて可愛らしい少女のようだった。
「もし、マナミもコンプレックスを抱えて苦しんでいるのなら、思い切って自由に振る舞っちゃったらいいのよ。自分で思っているよりもずっと、あなたは魅力的よ。それを認めるか認めないかはあなた次第だけどね」
母は、空になったグラスを私のグラスにチンっと当てた。
「さーて、そろそろ寝ようかな! マナミもほどほどにね。夜更かしはお肌の敵よ~!」
そういうと母は、鼻歌を歌いながら踊るように去っていった。

「自分らしく自由に振る舞う……か」
長年コンプレックスを隠すことに必死になって生きてきた人間にとっては、とてもとても難しいことのように思えた。でも、これを乗り越えたら、今の母のように魅力的な女性になれるのかな……。
私も、父と母のように仲良しな夫婦になりたい。そのためには、このままコンプレックスから逃げ続けてはダメなんだ。ハイヒールを脱いだ自分も愛してあげよう。そして、裸足の自分を彼に見せて、素直な気持ちを話してみよう。それでだめなら、どうせ結婚なんてできないもん! 私は決心した。

翌日、私は彼に電話をかけた。
「あ……、あの! この前はごめんなさい」
彼は、小さな声で「うん」と言った。
「あの、誤解なの! 私、本当はあなたと一緒にハワイに行きたいの! 両親にも紹介したいの!だから、ビーチサンダルを一緒に買いに行かない?」
彼は電話の向こう側で、優しいため息をつくように笑った。

少しずつ、少しずつ、裸足になってみよう。
少しずつ、少しずつ、裸足の自分を愛してみよう。
今度の日曜日、私は彼とビーチサンダルを買いに行く約束をしたのだった。

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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