【店長の肩書に騙されることなかれ】京都天狼院店長「みけちゃん」の正体《ありさのスケッチブック》
先週の一週間、東京天狼院では、あるスタッフがせかせかと働いていた。
京都天狼院店長、「みけちゃん」こと三宅香帆さんだ。
私は「かほさん」と呼ばせてもらっている。
今回は、彼女について、ここに記していこうと思う。
ほわほわしている見た目に騙されてはいけない。
彼女の正体は肩書通りではないのだから。
彼女と私が最初に出会ったのは昨年の秋のことだった。
11月の天狼院の大文化祭の時、「京都天狼院」の名も聞きなれなかった頃だ。
スタッフ総出で準備や運営をしている中で、見慣れぬ女性がいた。
ほわーんとしていて、いかにも優しそうなお姉さま、といった印象だった。
ん、誰だろう……?
最初は誰なのかがわからなくて、ぼんやりその姿を眺めていた。
そしてはっとした。
大文化祭の前のなっちゃんとみすずさんの会話を思い出したからだ。
「そういえば、明日からはみけちゃんも来るよー!」
「おー! みけちゃん、京都の!」
みけちゃん……? 京都……?
そう思った記憶が私の頭の片隅に残っていた。
案の定、予想は当たった。
「初めまして、今度出来る京都天狼院の店長になります、三宅香帆です~!」
初めて挨拶をしてくれた時、彼女はそう言ってにっこり微笑んだ。
正直なところを告白してしまうと、私はかほさんの登場が少しだけ嫌だった。
きっと店長に選ばれるくらいだからめちゃくちゃできるスタッフさんなんだろう、と思ったからだ。
なぜなら、天狼院で「店長」「副店長」「マネージャー」などの肩書を持つ人は仕事ができる人ばかりだったからだ。
だから、「京都天狼院店長」である彼女の登場により私が今よりも劣等感を感じることになるのではないか、と思ったのだった。
そもそも私は、その頃から天狼院に関わっているスタッフはいわゆる「優秀なスタッフ」ばかりだと感じていた。
ついこの前まで女子大生だったのにばりばり仕事をこなす店長、なっちゃん。
初めて会った時から優しく仕事を教えてくれて、パワフルに何でもやり遂げる、みすずさん。
私が天狼院書店で働きたいと思うきっかけとなった記事を書いている、まみこ。
別名「天狼院のスカイツリー」の名を持ち、何冊も本を読み紹介している読書家の、こじなつ。
私と同じ時期にメンバーとなり、すっかり天狼院に馴染んで劇団の中心メンバーとなって活躍している、ななみ。
さらに同時期にメンバーとなり、メルマガ編集に尽力しており最近成長が著しい、のろちゃん。
ゼミの後輩であり、いつも私と二人三脚で歩んでいる負けず嫌い、みはる。
お客様に可愛がられ、丁寧な接客が魅力的なちっちゃくて可愛すぎる、ちぃ。
数少ない男性スタッフであり、落語部マネージャーとして活躍している、柴田くん。
まだ数ヶ月しか経ってないとは思えないほどの仕事への熱意と成果を出す、いまむーさん。
それぞれ全く違う特性と持っているけれど、どの人も私からすると私よりもうんとできる人たちばかりだった。
正直、天狼院にいると劣等感を感じることばかりだった。
それぞれのスタッフがもつ魅力を、仕事の飲み込みの速さを羨み、嫉妬心のようなものを覚えていた。
だから、かほさんと出会ったときも、劣等感を感じる対象が増えちゃったなあ、と憂鬱だった。
女子大生で店長さん……! しかも、小説も書くだと……!? めっちゃすごい人に違いない!
そう思っていた。そしてやはり、凄い人だった。
それは、大文化祭の中のコンテンツのひとつ、文芸部の対談が始まるほんの数時間前のこと。
三浦さんがいつもの気まぐれで「かほ、文芸部の回、登壇する?」と声をかけた。
それにも関わらず、ぶっつけ本番の対談でかほさんは登壇者の方たちとほぼ対等に語り合っていたのだ。
冗談にも、真剣な話にも自然に対応できていた。私には、信じられないことだった。
ひゃー、やっぱすごい! こういう人が店長になるんだなあ、と私は半ば感動したのを覚えている。
そこから私は「かほさんは仕事ができる凄い人」と思うようになった。
二度目にかほさんと関わるようになったのは、無料メルマガの編集をするようになってからのことだった。
彼女は、無料メルマガの編集長だからだ。(まだ登録していない方、ぜひご登録下さいね!)
彼女は、私が編集に加わる前からメルマガの登録者の方により天狼院のことを知ってもらうため、コーナーや編集の仕方などを工夫し、考えてくれていた。
彼女はどんな意図があってメルマガを作っていて、どんなお客様に読んでほしいのかを何もわからなかった私たちに何でも丁寧に説明してくれた。
彼女の手により月曜日に配信されているメルマガの中には、私が締め切りぎりぎりに渡した記事もきちんと編集された形で挿入されていた。
私が彼女の負担を少しでも減らそうと早め早めの行動をしてみた時には、もったいぶることもなく目いっぱい褒めてくれた。
コーナーについて悩んだ時や、彼女自身が忙しくなった時は包み隠さず相談してくれた。
かほさんは仕事に対して真摯に取り組んでいるだけの人ではない。
彼女は、周りの人への思いやりに溢れる人だった。
そう気づいてから、いつのまにか私にとってかほさんは「仕事ができる人」以上に、「人として尊敬できる人」になった。仕事ができることに対しての嫉妬心よりも尊敬できる相手としての信頼感が上回っていたのだった。
そんなかほさんが、東京に来る。
それを知った時、私はとってもわくわくしていた。
天狼院のFacebookで彼女を見かけた時は、「とうとう来たー!」と出勤日が待ち遠しくなった。
さらに、その時のかほさんの服装を見た時に、わたし好みの服ばかり着ている、ということに気づいた。
きっと服の好みがあうんだろうなあ、嬉しいなあ、とひとりで勝手に親近感を覚えていた。
そして、ついに念願の出勤日。
私は夜のシフトに入っていたので、会えるかなあと不安になっていた。
いつものように歩いて行って、天狼院のドアを開けた。
WARROOM(スタッフルームのことです)でなっちゃんと話しているかほさんの後ろ姿が目に入った。
いたー!!!
私はうれしくなって、お久しぶりです! と声をかけた。
そうすると彼女もニコニコと笑いながら「お久しぶりー!」と言ってくれた。
ああ、やっぱり服装私好みだなあ、優しそうだなあ、と思った。
これから3日一緒に仕事ができるのが嬉しかった。
その初対面から二日後。起業ゼミと初の試みである法学ゼミが開催された日だった。
かほさんは私がカウンターで仕事をしている時に一緒になって仕事をしてくれた。
その後ろ姿を見てか、三浦さんが声をかけてきた。
「なんか、似てる人がきたなあ」
「えー!本当ですか!嬉しい!」
かほさんがそう言ってくれたから、私はもっと嬉しくなった。
「うん、後ろ姿とか全然見分けつかないもん」
三浦さんは笑いながらそう言った。
それからかほさんとの話に花が咲いた。
「私、Facebookで見た時からかほさんと服装の趣味似てるなーって思ってたんですよ!」
「あ、ほんまにー? でもたしかにそうね!」
「はい、だから嬉しくって!」
「ありさちゃんとはなんか語りたいなあ。女子部とかつくりたいねー!」
「あ、いいですね、楽しそう!」
「正確には「女子になりたい部」かもね(笑)」
「確かに、全ての女子を代表するなんてことできませんもんね(笑)」
話していく中で、いろいろ似ているところがあるかもなあ、とその時に感じた。
その予感は的中した。
ゼミの会計でレジを売ったりオーダーの飲み物を作っている時のことだった。
パニーニの注文が入ったので私が作ろうと材料を作業台の上に置いていった。
食材もそろったのでいざ作ろうと手袋をはめた時、横から声がかかった。
「あー、私最初からパニーニ作ったことないかも、やってみてもいい?」
かほさんだった。
「ほんとですか、じゃあお願いしちゃいますね」
私はつけかけた手袋を外し、彼女に渡した。
「えっとー、最初はどうすればいいんやろ?」
手袋をはめた彼女が聞いてきた。
「えっとですね、まずは半分にパンを切って……」
心配性の私は壁に貼り付けてあるレシピを見ながらそう答えた。
「半分って、こうかな? それともこう?」
「あ、こっちです!」
手を平行に動かして伝えた。
「おっけー、ありがとう!」
彼女がナイフを入れたパンの切口は、少し斜めになってしまっていた。
まあ、別に食材は入るし多少は問題ないだろう、と思い、そのままパニーニづくりを続行した。
その後も、「これってどれくらい入れる?」「あ、このくらいです!」「これって何枚くらいやろ?」「えっと、五枚で!」などのやりとりを繰り返した。
いまむーさんの心配そうにこちらを見る目が少しばかり痛かった。
やっとこさ全ての食材を挟み込み、あとは焼くだけ、という段階になった。
温まったプレートに作ったばかりのパニーニを挟み込むと、じゅわあああ~!という音が鳴った。
「わわ、これ大丈夫なんやろか?」
彼女は心配そうにパニーニメーカーの間を覗き込んだ。
「や、きっとチーズが溶け出しているんだと思いますよ」
そう言って私がパカッとパニーニメーカーを開けると、ことは思った以上に深刻だった。
じゅわああ~と音を出しながら焼けているのはチーズどころか挟んだはずの全ての食材だった。
きっと挟んだ時の衝撃でパニーニから食材が飛び出してしまったのだ。
「あわわ、どうしよう~!」
「うーん、この飛び出しているの今から中に押し込んじゃいます?」
私たちはカウンターの陰でこそこそと話し合っていた。
しかし、いまむーさんにそれが見つかり、「新しく……作りなおそっか?」と言われてしまった。
まあ、商品なので当然と言えば当然である。
「ごめんね~私、壊滅的に料理できないんよ」
もう一つ目のパニーニづくりに入った時、彼女はそう言った。
その時、私は彼女への親近感がぐっと増した。私もすぐに新しいことができるタイプではないからだ。
店長さんといえど、何でもすぐに出来る人ばかりではない、ということがわかったからだ。
だから私はここで似ている、と失礼ながらも思ったのだった。
思い返してみると、東京天狼院に居た時、いろんな場面でかほさんはあたふたしていた。
初めてホットドックを作る時は「これってこう?」「これってどうすればいい?」と周りの人に聞きまわっていた。
新しいドリンクを作る時もそうだ。「これ作ったことない~どうやるの?」と尋ね、必死にメモしていた。
その様子が、かつての私の姿が重なった。
私もカフェメニューを作る時、最初は上手くいかずに失敗ばかりだったし、人に聞いてばかりだった。
パニーニを焦がしたり、切れ込みが深すぎてバラバラになってしまったりしたことがあった。
ファックスを送るにも向きがあっているか不安になり、周りの人に聞いたりしていた。
一度教えてもらったことでも自分でできるか心許なかったので、もう一度教えてもらったりした。
「大丈夫ですよ~私も、失敗作ばかり作っていましたから!」
そういって、私は彼女に応えた。
「ごめんねー、ほんまに」
そう言いながら彼女はせっせとパニーニを作り、お客様の元へ持って行った。
その後、休み時間になった時にもパニーニの注文が入った。さっき失敗作が出来てしまったばかりだし、さすがに彼女はもうパニーニは作りたくないだろうな、と思っていたので私がそれは作ろうと思っていた。
しかし、そんなことはなかった。かほさんはパニーニの会計を私がしているのを見て、声をかけてきたのだ。
「ありさちゃん、パニーニ入った? やらせてもらっていい?」
ええっ、と口走るところだった。しかし、私を見る彼女の目は本気だった。
「じゃあ……お願いします!」
うん! と彼女は力強く頷くので、私は溜まっていた洗い物をしていた。
びっくりしたのは、彼女が食材を並べた時だった。
「めげない! めげない! 頑張る!」と、パンを目の前にして意気込んでいたからだ。
やはり彼女なりに先ほどのことが気になっていたのだろう。
それなのに、そんな不安を感じつつも、彼女は自ら手を上げて挑戦していたのだ。
きっと、彼女はすぐに何でもできるタイプではないのだと思う。
しかし、上手くいかなくても、失敗してもめげずに頑張り抜くことができる姿勢が彼女にはある。
だから、周りの人がその挑戦を応援したくなるのだと思う。
もっと成長できる場所を提供したくなるんだと思う。
ああ、これが彼女が天狼院の店長に指名される理由だろう、そう私は思った。
もちろん全ての理由ではないだろうと思うけれど、そういう面もきっとあるのだろうと思う。
きっと文芸部で対等に話せていたのは、それだけ今までに知識を積み重ねていたからなのだろう。
メルマガを毎週欠かさず更新できているのは、今までにきっと試行錯誤してきたからなのだろう。
この日に会うまでは、こういう「かほさんができる人である一面」だけを見て、私は彼女を理解した気になっていた。何でもできる人なのだろう、と勝手に推測していた。
しかし、そうではないのだ。
彼女が私から見て「仕事ができる人」であり、「人として尊敬できる人」となったのは、今までの努力と経験の賜物だったのだ。
私たちは、「京都天狼院店長」の名に騙されてはいけない。
店長だからといって何でもすぐにできる人だと決めつけてはいけない。
彼女が今「できる人」であるのは、それまでに多くの失敗と成長があったからなのだろうから。
そしてこれは彼女だけに当てはまることではないだろう。
私が私よりもずっとできると思っているスタッフの「できるところ」しか見ていないのだ。
何でもすぐにできる存在だと思っている他のスタッフも、必ずしも最初から完璧、ということはないはずだ。
私ができるところしか見れていないのは、どのスタッフもそれまでの経験によって「できないところ」をどんどん減らしていったからなのだ。
だからきっと、ずっと前まで遡ればどんなスタッフでも上手くいかなかったことはたくさんあっただろう。
それなのに私ができるスタッフを見て、勝手に劣等感を感じているのは筋違いというやつだ。
ポテンシャルや能力の問題ではない。
圧倒的な経験の差だ。失敗や成功を繰り返した数の違いだ。
それなら。
もっとできる人になりたいのなら。
私はもっと天狼院で失敗を繰り返さなくてはならない。
もっとがむしゃらに努力しなければならない。
今、最初の失敗を恐れたままでは何も変わらない。
私はそのための一歩が必要だ。
そうすれば私にちょっと似ていて、私よりできる彼女にちょっとでも近づくことができるのかもしれないのだから。
そう、努力の結晶である、「みけちゃん」店長に。