【小説は、栄養である以前に酸素です】こじなつの恩返し
旅に出るのが苦手です。
添乗員さんがいるならいいけど、フリーの旅には出られない。
生活力がないから。
もともと知らない場所への興味は強い方だと思います。小さいころから世界の国の写真集を見て、「大きくなったら世界一周をする!!ぜっ!!たい!!に!!」と鼻息を荒くしていました。
そんなはずなんだけど、いざ大学生になって自分で稼いだお金を自分で使えるようになっても、毎日夜にはすごすごとおうちに帰る生活が変わることはありませんでした。
だって、そもそも乗り物とかホテルの予約とか、難しくないですか。パックになってるやつもあるけど、そもそもパックの種類自体がめちゃくちゃ多いし。そのリサーチだけでかなり時間かかるし、旅行先でどこをどういうルートで回るかとか、どの交通機関をどうやって使うかとかも下調べしておかないといけない。荷物のパッキングだって、どうやったら少しでも軽くなるか、頭をフル回転させないといけない。マネジメント能力が皆無なので、そういうの向いてないんです。何か困ったとこがあってもおろおろするばかりで、何の解決への手立てにもなってないみたいな様子が目に浮かびます。「中身は幼児」とよく言われますが、それこそ初めてお使いに行く幼稚園児レベルの21歳になってしまいました。
そんな、遠くに行ってみたいんだけど1人では心もとなくて出かけられない人間が、その代わりにとのめりこんだものがあります。
小説ですね。
ここまで小説が好きじゃなければ、天狼院に来ることもなかった。
場所は、別に家の布団の上でも構わない。生活力も管理能力も必要ない。図書館のカードか、本を買えるだけのお金を稼げる能力があればそれだけでいい。ひとたびページをめくれば、どこへだって行けました。空間だけじゃなくて、時間だって旅行できます。この地球上には存在しない場所だって。それこそ関ヶ原の合戦の真っ最中とか、100万年後の銀河系外の星とか。19世紀のプリンスエドワード島や霧のロンドン、新選組の跳梁する京都、いつでも、どこでも思いのままでした。プロロードレースや大学陸上の世界を垣間見たり、探偵と一緒になって難事件に巻き込まれることもありました。
そうして小説の扉を通していろいろなものを見ることができただけで、十分に私の財産だと誇ることができます。でもそれだけではない。旅には出会いがつきものなように、小説の世界にも、絶対に誰かが自分を待っていてくれているのです。
将棋が得意な大食い小学生に、推理小説の面白さを教わったり。鬼の副長の姿に、自分もこういうふうになれたらと憧れたり。命を投げ出すまでペダルを回し続けたロードレーサーには、自分に託されたものの重みを実感させられました。大学8年生の名探偵には、探偵は人を少しでも救うためにいるのだと諭され、人とうまく交われないクイズ王とともに泣き、リサイクル屋の副店長は、挫折をどう乗り越えていけばいいかを教えてくれました。
書籍代がかさんでほかのことを我慢しないといけないときもあったけれど、それでも仕方ないと思うくらいには小説があるのが当たり前の存在になっていました。もはや空気のようなもので、出先で本を読む時間なんてないのに、バッグの中に本が入ってないとパニックになるくらい。
私から小説をとったら残るものはあまりありません。今の自分を作ってるものの大部分は、小説です。
大事なことは、小説の登場人物が教えてくれました。美しいものも醜いものも、やっぱり小説の中で見ることができました。今後も小説を読み続けると思うし、そんな作品を生み出してくれる作者の方、出版社の方には本当に感謝の気持しかないのです。
読者として大いに楽しみ、多くのことを学ばせてもらった身としては、どうにかして製作者の方々に報いたいという気持ちが心の隅にずっとありました。出版界は楽ではないと言われる今だからこそ、なおさら。でも手だてとしてはやっぱり、自分が本を購入して読者になるという道しか今のところはないのだろうと思って、ずっとそれに甘んじてきた。
でもそのチャンスは何食わぬ顔をして、突然やってきたのです。
天狼院書店では、本気で小説家を育成するプロジェクトが始まります。プロの編集者の先生をお招きし、小説家志望者のための部活「文芸部」がスタートする運びとなりました。そして、私もその講座を受けさせてもらえることとなりました。
小説といえば自分が読むばかりで、小学生の頃にご都合主義の物語を書いて楽しんでいた経験しかありません。書けるような自信はないし、それどころか自分がまた小説を書くことになるなんて今まで考えてもみなかった。
それでもわくわくしているのは、恩返しができると思うからです。この文芸部にはきっと、本と本を作る人たちの世界に一石を投じ、盛り上げていくだけの力がある。私がその筆頭に立つことはなくとも、切磋琢磨して文芸部のレベルを上げていくことができるかもしれない。めぐりめぐって、私にたくさんのものを与えてくれた小説に、恩返しができるまたとない機会が向こうからやってきたのです。
天狼院に来なければ、普通の大学生として日常を過ごしていたら、こんなチャンスをつかめるはずもなかった。願ってもないこの機会、大切に使おうと思います。そして結果、天狼院が生み出した小説家が新たな作品を世に送り出し、読者に何かを与えることができたら……。そして彼らのうちの誰かが、小説家への道を歩き始めたとしたら……。私たちとしては、こんなにうれしいことはないのです。
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