メディアグランプリ

問いかけたい、その時に、あなたはいない


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記事:河瀬佳代子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
暑すぎた夏がいつの間にか去り、風がすっかり秋になった。
今年もあのアクセサリーが似合う季節になってきた。
こっくりとした、ワインレッド色のネックレスを取り出す度に、想い出は鮮やかに蘇ってくる。
 
その人の名は、アイコさんと言った。
私たちが知り合ったのは、リアルな世界ではない。ネットだ。
アイコさんと私はお互い映画ブログを持っており、訪問したりされたりで、コメントのやりとりをするうちに、気が合うようになった。そのうち、オフでもお会いするようになった。
 
アイコさんの書くブログの文章はとても素敵だった。
独特の視点でその作品を捉え、かといって突飛ではなく、偏るわけでもなく、映画の主張を押さえている文が私は好きだった。穏やかで品があって、しかしながら奢ってはいない。そんな彼女の文章に惹かれて、コメント欄はいつも賑わっていた。
 
「映画が好きです」と言っても、いろんな人がいる。映画ブロガーの中には、ただ単に映画を観るだけの人もいれば、感想をきちんと書く人、レビューを生業にしている人まで様々な人がいた。そんな中、私やアイコさんは「自分にしかない視点で、その映画について自分の文章を書く」ことが共通点だったように思う。
 
私たちが共通で好きな映画はミニシアター系が圧倒的に多かった。特にヨーロッパ映画、中でも好きなフランス映画がかぶることが多かった。
 
あれはいつだったか、アイコさんと映画祭にご一緒に出かけたことがあった。ランチを摂りながら私たちは語り合った。ひとしきり、今一緒に観た映画の素晴らしさについて話した後、よもやま話になった。
 
「カヨコさんは、お子さんはもう大きかったのよね?」
 
「そうです。もう中学生と高校生なので、ある程度自由に動けるようになりました」
 
「でも、ちゃんと息子さん2人育て上げてすごいわ。私は子どもがいないから、先々のことをちゃんと考えておかないといけないのよ」
 
そう言って、アイコさんは軽やかに笑った。彼女はご主人と2人で仲睦まじく暮らしていたが、子どもはいなかった。
 
人間界は実に不公平だ。人は全てを手にするわけではない。手にできるものもあれば、永遠に手に入らないものもある。人の持っているものを羨んだり妬んだりすることだらけの世の中で、素直に他人のことを受け入れられる人が少なくなった。そんな中、互いの違いを受け入れて真っ直ぐに話せる人に出会えることは、私自身、とても嬉しいことだった。
 
アイコさんの本業は、フラワーアレンジメントだった。年に数回展示会もしていた。その一環として、彼女はアレンジメントを基にしたアクセサリーも作っていた。フラワーアレンジメントの展示会の片隅に、ハンドメイドのアクセサリーが置かれており、私は興味を持った。
 
「これもアイコさんが作られたの?」
 
「そうなの。リボンを編んでネックレスにしているのよ。金属のアクセサリーと違って、とにかく軽いのよ。よかったらつけてみて」
 
「ほんとだ、軽い!」
 
「そうなのよ。長い時間着けても肩が凝らないので、おすすめなの」
 
ふわっと肩にかかった羽根のように軽くて、デザインも優雅なネックレスだった。私はそのネックレスと、お揃いの色の花のブローチを一緒に購入した。
 
「アイコさんは、いつもご自分の世界を持っていらして、凄いですね。映画にしても、フラワーアレンジメントにしても。尊敬します」
 
「私ね、やりたいことがとても沢山あって。お花のことにしても、次は何を作ろうかな? アクセサリーもどうしようか? 考えるのが楽しくて仕方がないの」
 
そう語るアイコさんは、キラキラ輝いていた。自分の世界を確立できるって、何よりの強みだな。彼女を見ているといつもそう感じた。
 
それからも、ミニシアター系映画の公開初日に、いつもの映画館に行くとアイコさんとばったり会うことが多かった。精力的に映画鑑賞に動く人たちの行動は似てくるものだ。出くわしてお互い笑いながらも、何かとアイコさんとは不思議なご縁を感じていた。
 
年が明けて、彼女のブログに、少し入院しますと記載があった。咳が止まらないのだと言う。寒い時期だし、またゆっくり映画でも行きましょうねとメールした。
 
そして半月ほど経った。
もう退院されたでしょうとアイコさんのブログを読みに行くと、そこには衝撃的な言葉が書かれていた。それは彼女の夫の代筆記事であった。入院して半月後、彼女は急性の病で手当の甲斐なく、逝去したという記事だった。
 
にわかには信じられなかった。
去年の暮れも映画館で会ったじゃない? あの時は元気だったよ?
何故? どうして?
 
彼女のブログを改めて読んだ。そこにはいつも鋭い視点で、好きな映画について堂々と語るアイコさんがいた。他にもフラワーアレンジメントのこと、旅行のこと、飼っていた犬のこと、どれも穏やかだけど、読んでいてブレておらず、前向きになれる記事だった。あれもしたかった、これもしたかったであろう。それくらいアイコさんは若くして亡くなった。ブログを読みながら、いつしか声を上げて私は泣いていた。
 
それから7年の歳月が流れた。
アイコさんは多くの人に慕われていた。7年経って、未だにブログには彼女に会いに来る人からのコメントがある。この人と話してみたい、何物にも揺るがない生き方をしてみたい、そんな影響力を与えられる人は実に少ない。
 
そしてアイコさんは、私の人生において影響力を与えた数少ない人に違いない。アイコさんの作ったアクセサリーを見ると、いつも私は自分に問いかける。「私は今、なりたい自分に向かって歩いていますか? 」と。
もう返っては来ない答えを探して、私はアイコさんの分まで生きていこうと思う。最後まで、諦めずに。
 
 
 
 
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2019-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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