メディアグランプリ

きっと幸せに味があるなら、『あの』ホットケーキの味に違いない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大矢亮一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「この味はっ!?」
思わず某グルメマンガのセリフのような声が出るほどのホットケーキに出会った。そのホットケーキは、きっとあなたも知っている『あの』ホットケーキの味だった。
 
観測史上最大級と言われた台風十九号が通り過ぎた翌日、台風一過の青空の下、彼女と戸越銀座商店街へ散歩に出掛けた。
二人の住む五反田から歩いて二十分と少しくらいで、全長1.3kmもある関東で最長と言われる商店街にたどり着く。約四百店舗にのぼると言われる各お店は、昨夜が台風だったとは思えないほどたくさんの人でごった返し、活気に溢れていた。
「焼き鳥美味しそうだね」
と僕が言えば、彼女は
「コロッケが食べたい!」
と言い、そう言われたら、僕は負けじと
「あそこの食パン、クリーミーな味わいが売りなんだって」
とパン屋を指差す。でも、案の定、その美味しそうなパンは全部売り切れで二人笑う。
ひとしきり商店街の中を行ったり来たりしているうちに、少し喉も渇いてきたので、カフェでも見つけて入ろうということになった。
そう言えば、先日義理の姉が戸越銀座商店街で美味しいホットケーキのお店を見つけたと言っていたことを思い出した。
早速L I N Eでお店の名前と場所を問い合わせたら、お店の名前は忘れたけど、場所は覚えていると、お店までの道順を教えてくれた。
「この先の歯医者さんと漬物屋さんの間の道を右に曲がって、少し入った左側だって」
程なくして、彼女がお店を見つけた。
店の名前は『ぺドラ ブランカ』と言った。
白と青いレンガ柄の壁、そして木枠でガラス張りの入り口に、既に順番待ちで並んでいるお一人様がいた。幸い、先に並んでいたお一人様とほぼ同時に席へ着くことができ、早速名物のホットケーキセットをオーダーした。
待っている間、お店の中を見回す。おそらく、昭和の頃には美容室か何かだった建物が、小洒落たカフェへと生まれ変わったに違いない。
落ち着きのある素敵なカフェで、カウンターとテーブル合わせて二十席強の店内は親子連れも多い。
程なくして、頼んだホットケーキが運ばれてきた。
まん丸のお月さまのようなホットケーキが二枚重なっている。その一枚の厚みが思わず人差し指と親指で厚いことを人に伝えたくなる絶妙な厚さで、二枚重なるともはや円柱と言って良いほど。
そして、その上にのっているのは、ひとかけらのバターのみという潔さ。
最近のパンケーキブームをイメージすると、生クリームのホイップや、ジャムや蜂蜜などがたんまりのってくるかと思いきや、である。しかしこれは、この後食べてみて唸るほど納得してしまうのである。
ナイフは抵抗なくスッと入る。とは言え、ナイフの力で生地が押しつぶされてしまうことなく、美しい黄色い生地が顔を出す。
熱々の切り口に溶け出したバターが染み込んでいく。
間違いなく美味しいに違いない。
そして一切れ口に入れる。
見た目の通り、見た目以上に、これが美味しくないはずが無い。
「うわ!」
思わず声が出てしまう。
この時、僕の頭の中には一瞬にしてある光景が思い浮かんだ。
そして同時に、目を合わせた彼女の頭の中に、全く同じ光景が浮かんでいるであろうことを感じた。
「あのホットケーキだ!」
二人はほぼ同時にそう言った。
『あのホットケーキ』、それは二人とも生まれてからまだ一度も食べたことのないホットケーキ。
でも、それならばなぜ『あの』なんて言い方をするかと言えば、それは、そのホットケーキが小さい頃読んだ『ぐりとぐら』という二匹の野ネズミが活躍する子供向けの絵本に登場したホットケーキだと、二人とも同時に連想したからだ。
絵本の中のホットケーキは、食べたこともないのに、すこぶる美味しそうに見えるもの。
小さい頃、絵本を読むたびに口いっぱいに食べたこともない、ひときわ甘くバターの香りに満ちたホットケーキの味が広がった。と、想像したものだ。あの時想像した味、それが、この店のホットケーキを食べた時に、『あの』味だと二人が感じたものだった。
食べたこともないのに、全く不思議なものである。
それでも、彼女と二人、あっという間にホットケーキをたいらげ、幸せな気持ちのまま店を出ることができた。
「まさか、『あの』ホットケーキが実際に食べられるとは夢にも思わなかったね」
「本当だね」
お店はそううたっているわけではないけれど、紛れもなく僕と彼女にとって、『あの』ホットケーキだった。
 
実はこの話には後日談がある。
『あの』ホットケーキに気を良くして、久しぶりに『ぐりとぐら』の絵本が読みたくなり、実家の書棚を探したところ、色あせた絵本が見つかった。
ところが、ところがである。絵本を読み直してびっくりした。ぐりとぐらが作ったのはホットケーキではなくなんと『カステラ』だったのだ。
なんと、僕も彼女も、二人とも間違った内容で記憶していたのだ。そして、間違った内容すら同じだなんて、なんとも愉快だ。また二人して笑った。
人間の記憶力とはあてにならないものだ。
けれど、戸越銀座商店街で食べた、『あの』ホットケーキが抜群に美味しかったことは事実である。
僕と彼女の記憶、そして舌。どちらもあてにならないかどうか、皆さんもよかったら次の週末、戸越銀座商店街へ足をお運びいただき、是非、ご自身で体験されることをお勧めする。
きっとあなたの『あの』ホットケーキに出会えるはずです。食べればきっと、幸せになれることうけあい。
 
 
 
 
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2019-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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