そして、彼女は私をベッドに誘う~心地よく秘密めいた場所~
記事:西部直樹(ライティング・ラボ)
目指すところは、この建物の中だ。
エレベーターが止まり、私はそこに入る。
高鳴る鼓動を静め、彼女からの誘いを待つ。
ここで焦ってはいけない、焦るのは何事にもいけない。
静かに待つのだ。
私たちは、予想を超えるものに出会ったとき、驚き、興味を持つ。
ガリガリ君のコーンポタージュ味とか、ハーゲンダッツともちとか。
なんで、これとこれ? と。
組合せの新鮮さが,驚きを呼び、興味をかき立てる。
私が大学生の頃だからもう35年以上前のことである。京都に端を発して、全国に○○パン喫茶なるものが流行ったことがある。
学生時代住んでいた札幌の地にも、その○○パン喫茶なるものは登場し、私も友人と連れだっていそいそというか、こそこそと行ってみたものである。
当時、普通の喫茶店の珈琲が300円くらいだった、その○○パン喫茶では1500円くらいはした。学生食堂の安い定食が300円である。5日分の昼食代を出して飲んだ珈琲の味は覚えていない。珈琲を眺め、友人と無意味にうなずきつつ、横目でその○○パンなウェイトレスさんを見ていたものである。
喫茶店なのに、○○パンの人がいるその組合せに驚嘆し、男子の好奇心は嫌がおうにも盛り上がったものである。
そこはさまざまな飲み物が用意されている。
次に備えるために、そして、終わったあとに体を休めるために飲み物がある。
なかなか,彼女から声がかからない。
焦ってはならない。
本でも読もう。
この間読んだ本の続きだ。
読みながら、付けっぱなしのテレビをぼんやりと見るとはなしにみていると、
声がかかった。
いよいよだ
丹田に力を込める。
力まなくてもいいのだけれど、やはり力が入る。
時代は下って、数年前にはメイド喫茶なるものも登場した。
出始めた頃には既に結婚していたので、残念ながら、いや、当然ながらメイド喫茶なるものには行ったことがない。
メイドの格好をしたウェイトレスさんが「ご主人様、お帰りなさいませ」といって、親切に給仕してくれるシステムらしい。
メイドといえば、ある程度裕福な家庭にいる特別な存在である。それが、珈琲一杯で会うことができるのだ。しかも、生涯決して呼ばれることはないであろう「ご主人様」といわれ、いわんやかしずかれるのである。
あろうことか、喫茶店のウェイトレスさんから声をかけてくるのだ。それはたまらないことだろう。と推測できる。体験したことがないので、推測でいうしかないのが悔やまれる。
稀なものと日常の組合せは渇望と羨望と憧憬をない交ぜにした存在ではないか。
そして、彼女は私をベッドに誘う。
そのベッドは、私のために準備していてくれたのだ。
彼女は横たわった私の手を優しくとる。
袖をまくり、かいなをあらわにする。
私は目を閉じて、彼女に身をまかす。
最近は、「相席居酒屋」なるものも流行っているようである。
相席居酒屋とは、相席になることを前提とした居酒屋である。相席になるのは、異性のグループである。
男性ふたりがいたら、そこに女性のふたり組が相席になるのである。
\まあ、合コンである。ランダムに合コンができるのである。
これまでも居酒屋で合コンをすることはあったろう。あるいは、同性同士で飲みに行って異性のグループに声をかけることもあったろう。しかし、声をかけて成功することはなかなか難しい。相手が必ずしも、異性を求めて飲みに来ているとは限らないからである。
しかし、堂々と相席になること、しかも異性となることが前提になっていたら、それはもう話は早いのである。いつも合コンである。
ならば、来ているのは独身ばかりかというと、既婚者もいるらしい。
何ということだ。
しかし、既婚会社員は、特におじさんは、合コンみたいのをしたいのだろうな。同世代として分かる気もする。話をする異性は妻か家族、それ以外は、会社の後輩か部下、または取引先の女性しかいない。家族や仕事のしがらみがなく異性と話をしてみたいのだ。しかし、どこにそんな人がいる、相席居酒屋なら自動的に目の前に女性が来るではないか。
既婚者同士で行くわけでもなく、独身の若手を連れて「いやあ、こいつは奥手でね、付き添いですよ」なんていい訳をして、行くにちがいない。
相席になったら、仕切るのは既婚者で、「ほれ、こんな素敵な人だ、連絡先を交換しなさい」などと、若手をだしにどんどん話しをしているに違いない。う~ん、その手があったか。
今度、独身のK君などを誘っていってみようかな。
いやいや
相席と居酒屋は、特異な組合せではない
居酒屋で相席になることはたまにはある、異性のグループと相席になってみたい、という望みもある。
偶然のことを必然にしたことに、目新しさがあるのだ。
そして、それまで潜在していたニーズを顕在化したことにも。
彼女は何かを私のむき出しの腕に素早く巻き付ける。
これからのことを思い、私の鼓動は少し早まる。
彼女は手首を掴む。
私の腕を伸ばし、肘の内側を優しく撫でるようにこするのだ。
○○パン喫茶は、時代と共に消え去っていった。
その組合せに驚嘆するものの、しっくりとこないのである。
○○パンには惹かれる、男なら、見てみたいに違いない。
しかし、喫茶店で見たいかというとそうではないだろう。
喫茶店ではお茶や珈琲を味わい、それにプラスアルファが欲しいのだ。
メイド喫茶は、その潜在するニーズを捉えたから、生き残っているのではないか。
喫茶店では女性店員さんと親しくお話をしてみたいとか、丁寧な対応、接客して欲しいとか、お茶を飲みだけでなく、それ以上の楽しみがあれば、それに越したことはない。
というところに嵌ったのだろう。
相席居酒屋もそうだ。
隠れたニーズ、少しマイナーかもしれないが、強烈な渇望、異性のグループと相席になってお話がしたい! というところを顕在化して、システム化したところだ。
そして、それは、いろいろといい訳ができる、それがいいのだ。
ふらりと入ったら、相席居酒屋で知らなかったんだよね、とか
草食系の後輩を連れて行ったんだよ、仕方ないんだとか。
いい訳が可能だと、いい訳の部分があたかも本来の目的であったかのように装って、行くことができるのである。
堂々と隠れた願望を満たすことができる、そこはなんとも 心地よく秘密めいた場所になるのである。
彼女に撫でられたかいなに静脈が浮き出る。
彼女は手にした器具を私の静脈に突き刺す。
そして、優しくこういうのだ。
「あ、痛くないですか? しびれるようなら言ってくださいね。1時間くらいかかりますからね」
最近のそこは、とてもサービスがいい。
飲み放題、食べ放題(茶菓に限る)がついて、全て無料だ。
漫画など読み放題だから、○○の○○は、ここで読んでしまったくらいである。
受付を済ませ、簡単な問答のあと、本番となるのだが、その間は、少し待ち時間がある。
待ち時間は、何かを飲み、茶菓を食べ、本を読んでいる。
仕事で行き詰まった時、少し頭を整理する時などには、とても都合がよい。
ベッドに横たわり本も読める。考え事ももちろん大丈夫だ。
本番のあとは、少し体を休めなくてはいけない。時に、体に変調をきたすこともあるからだ。
体を休めながら、無料の飲み物でのどを潤し、茶菓で小腹を満たし、こていなテーブルで仕事のメモ書きをするもよい。
初めてそこに入った時、喫茶店のような、漫画喫茶のような様子に面食らったものだ。
敬虔な作業をするところが、カジュアルな空間になっているのだ。
その組合せに驚き、興味をひかれた。これは楽しい。
そして、そんなことが好きとか、そんなことをするなんていうと「何それ?」と揶揄されることもある。
正面を切ってみんなのことを考えて、しているのですというのは、少し気恥ずかしい。
気恥ずかしくなく堂々と行きたいのだが、まあ、ちょっと漫喫代わりのところなんでね、といい訳もできる。
ただここには毎日通うことができない。最短でも二週間に一回しか行けない。というのが難点ではある。
これで、密かで敬虔な願いを叶え、思わぬ組合せに驚きつつ、いい訳をして出かけることもできるところ。
あなたも行きたくなったでしょう。
献血ルームに。
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