メディアグランプリ

ぬいぐるみは通行手形である


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:関口 早穂(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
「ぬい……ぐるみ? 」
 
40も近くなってきた、大人のアーティストである。
バンドもダンスもできる。
女性だけでなく、ロックフェスにも出て男性ファンにも人気がある。
音楽の腕だってゴリゴリ上げてきている。
そんな男性アーティストである。
 
そのツアーのグッズ詳細が発表された日は今でも忘れない。
いつもお馴染みのクリアファイルやタオルなどと共に、今回のツアーではメンバー1人1人をぬいぐるみにして売り出すというのだ。
 
「正気の沙汰か」
「大人のファンがぬいぐるみとか買うと思ってんの? 」
私は正直ドン引いてしまった。
 
「ぬいぐるみ」には世間一般ではどんなイメージがあるのだろうか。
 
小さい子がかわいがって、お世話したり遊んだりするもの。
そんな子たちがどうしても手放せなくて、買い物にも保育園にもどこかのお泊りにも持っていきたくなっちゃうもの。
 
そんなイメージはないだろうか。
 
今回は大人がぬいぐるみを連れている現象について書いていきたい。
断っておくが、私が伝えたいのは、リアルで話をしたり触れたりということが叶わないから、ぬいぐるみでなんとか……など、そういうプレイについて言いたいのではない。
 
以前からネズミの国をはじめとするテーマパークでは、大人がぬいぐるみをつれて楽しんでいる姿も、少なくはなかった。
ただ最近ではInstagramやTwitterなどのSNSに、旅行記感覚で様々な土地で撮ったであろう、ぬいぐるみがメインの写真がアップされる。そんな大人がぬいぐるみを外に持ち出して楽しむ時代が到来しているのだ。
 
ぬいぐるみのことを今時は「ぬい」と略して呼ぶ。
♯ぬい ♯ぬい撮り ♯ぬい旅……ハッシュタグも今や様々ある。
 
どこかに出かける機会が増えたり、そしてそれをSNSに乗せることで仲間を作ったり交流したり。最近の大人たちはそんなふうに「ぬい」を介して楽しんでいるのである。
 
今回のツアーグッズを例に出そう。
グループの中での自分が好きなメンバー、通称推しメンの「ぬい」を買えるのはライブ会場だけある。それを連れてライブを楽しむ。
もはや、それだけではない。ツアーが行われる様々な土地では、一緒に観光地を回ったり、地元のおいしいものを食べたりして、その風景や食べ物と共に「ぬい」をスマホで写す。映える。
以前にアーティストが訪れたお店や、食べていた食べ物を求めて、そんなところにも足を延ばす。映える。
 
また、そういったイベントや場所などで同じグループのぬいぐるみを持っている人同士が集まると、ぬいぐるみだけの集合写真を撮る楽しみもある。
普段自分がフォローして交流している、実際には会ったことのないSNS上の人とも、自分の顔を出さずに「ぬい」があれば交流した印にもなる。集合写真を残すことができる。映える。
またこれをSNSにアップする、「○○さんと会ったんだねいいな~」、とまたそれを見た誰かからコメントが付く。
 
そもそもライブに行くときには、うちわを手作りしたり、衣装を模した素材や色の服を身に着けたりするなど、そもそもハンドメイドが好きな人もたくさんいる。そんな人たちはまた、別の楽しみ方もある。
 
最近では、Instagramやメルカリで手作りのものを発信したり、売り出したりということが実に簡単にできる。
ぬいは着せ替えも楽しめるのだ。
 
服や小物を作ることそのものにも楽しみや価値がある。
それに加えて、もちろんリカちゃん人形的な楽しみもある。
 
しかし、リカちゃん的な自分が実際に友だちに会って目の前で遊べる人だけという常識が大きく外れて、今や全世界からこの手作りの服の作品や、着せ替えたコーディネートを見てもらえるようになっているのだ。
 
時代を超えても普遍的なものと、発信という大きな力がコミットしている。
 
誰もが手軽に発信できる今の世の中が、ぬいの楽しみ方を一段と増やしたといっても過言ではない。名前も顔も知らない相手とやり取りをすることが増えた現在、この「ぬい」一つでつながりができ、一緒にイベントを楽しむことができる。
 
そのぬいがあれば、あなたも好きなのねと親近感が湧く。
テーマパークにいれば、一緒に楽しんでいることが伝わる。
ツアーが行われる土地に行けば、「写真撮りましょうか? 」とか「何日目にライブ参戦なんですか」「あの○○行きましたか? おすすめですよ」なんていう会話があちこちで行われる。
 
楽しみ方は無限大だ。
 
「ぬい」は通行手形である。
心と心の距離が一気に縮まり、初対面の人でも通行できるようになる。
 
あんなに驚いて、ぬいぐるみなんてと散々批判していた私。
ツアーやいろんなイベントなどのニュースが出ると、SNSの投稿が目に入る。
ロケ地巡りをした人、
新たな衣装を作ってぬいに着せている人、
もうスクロールを止められない。
「わ、あそこに行ったんだ。」
「こんなの作れるの、すごい。」
ついついあのページ下のハートマークを指が勝手に押す。
 
何ならアーティスト自身も、どっぷりはまっている。
ライブでバンドセットに置いてみたり、最近はぬいを持ったまま歌番組に出てきたりしている。くぅ……なんとあざとい。
 
「私もあの時、ぬい、買えばよかったのかな」
 
とっさに言葉がもれた。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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