居酒屋もいいけれど、古典酒場はリアルな人生劇場
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:羅麻色家(ラマイロハウス)(ライティング・セミナー冬休み集中コース)
「今夜の月は満月かね?」
その紳士は、たいていコの字カウンターの右奥で飲んでいた。
そして、何故かいつも月の話しをする。
「昔、秋葉原を歩いてたらね。外国人にサイン求められて、書いてあげたよ」
「さすが、物書きは有名人ですね~。外国でも本出されているのですか?」
「いや、どうやら宮崎駿と間違えられてたみたいなんだ」
確かに、見た感じ少し似ている。そんな風貌の紳士は本を書いているそうだ。
「今日は1億の仕事してきたよ」「この前フランスにある別荘でさぁ~」
ファッション関係のお仕事をされているお洒落な紳士は話す内容も声も大きい。
「お前さん、死んだうちの奥さんに似て美人だね~」
「あっ、この人、いつも言ってるけど、奥さん本当は死んでないからね」
そして、いつも若くてもの静かなかわいらしい男子を一緒に連れてくる。
毎回素敵な帽子をかぶって来るご婦人「このカバン可愛いわね~。この飾りがいいじゃない」
マイお猪口持参で日本酒を楽しんでいる。「これ良かったら読んでね」
定期的に自主出版している詩集を配布。ついでに、持ってるお菓子も配布。
その詩集はご本人の若かりし頃、井伏鱒二と一緒に写った写真付きだったりする。
「むかし私の詩が某有名進学校の入試問題で勝手に使われたの。私に何の断りもなく」と笑いながら話す。最近見かけないと思ったら、転んで足を骨折して、しばらく一人では飲み歩けないらしい。
古典酒場は昭和レトロな香り漂う、昔から続く老舗酒場。
長居は無用。こだわりを持って長年通う常連さんがいる、大人の社交場。
お店ごとに長年培った特別なルールがあったりする。
そんな古典酒場を愛する呑兵衛たちは、ちゃんとルールを守る紳士・淑女が集う。
いつもコの字が一番見渡せる特等席に陣取っているアンパンマン顔の常連さん、新しく来たお客さんに親切にそのお店のマナーを教えてくれる。女性にはことさら優しい。カウンターの向こうからこっそりウインクしてみたり。冬はいつもポケットにミニ湯たんぽ。おじさんの割には手がやけにつるつるでぷくぷくでふっくらしていて柔らかそう。以前、その店の近くにあった産婦人科で働く産婦人科医の先生だった。勤務する病院が少し遠くなっても、ここまで通っている。
「手は大事だよ。冷たくて赤ちゃんがビックリするといけないからね」赤ちゃんにも優しい。
古典酒場のコの字カウンターに座っていると、ノンフィクションの世界がすぐそこに広がっている。
仕事も肩書もよくわからない。いつの間にか話が盛り上がって顔見知りになっている。
どこまで自分の事を話すかは本人次第。名刺交換している人はいない、本名を知らない人もいる。
実はあの人…… なんて話はいくらでもある。人生劇場が広がっている。
それまでの自分の周りには似たような環境で、似たような経験をしてきた人達。人生のお手本のようなわかりやすいその先が想像できるような生活をしている人が多かった気がする。
人の人生こんなにいろいろあるんだ。比べるものが無い、比べる対象でもない。年の差も関係ない。偏見も固定観念もない。こうしなければいけないという縛りも無い。わかっているのは、目のまえにいる本人だけ。人生の先輩だったり、後輩だったり……
自分の仕事や生き方に行き詰まったら、古典酒場に通うといい。
いろいろな生き方をしているリアルな人たちに出会えるから。
「お客さんからサイン書いてって預かってるんですよ。お願いしてもいいですか?」
宮崎駿似の紳士に、店主が本人の書いた本を渡す。
「今度は本当に自分のサインでいいのかな?」少し照れたようにその本を預かる。
そういえばしばらく、見かけないから心配で。その紳士は離婚して独り暮らしをしているそうだ。
最近、姿を現さなくなった紳士の家に心配した常連さんが訪問したが、何の反応もなかったと。大家さんに言ってもさすがにカギは開けてもらえず、紳士のご兄弟に連絡したところ、独り亡くなっていたと……
古典酒場は雰囲気だけではなく、おつまみも美味しい。夏はぬか漬け、冬はさつま汁、季節ごとに少しずつ変わるメニューも定番の餃子もどれも何度も食べたくなる味。奥の厨房で作られたお料理はお母さんたちの愛情がたくさん込めてあるからね。
カウンターで美味しいつまみを食べながら、物書きの紳士の思い出話しになる。
「秋になったらみんなでハイキング行こうって約束したのにな。来年の今頃は印税が入るからご馳走してくれるって言ってたのにな」その紳士のことは知っているけど、知らなかった。
「あの直後、サインを書いてちゃんと届けてくれたんですよ」店主が言った。
なぜか泣けてくる。餃子がほっこりするからか、行くといつもその席に座ってた紳士の姿を見ると気持ちがほっこりしてたからか……
古典酒場で長居は無用。はしご酒は必須である。
酒場の数だけ人生劇場もあるのだろう。
「さてこのあと、次のお店はどこ行こうか」
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