生徒のやる気を引き出す先生がしているたった一つのこと
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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 日曜コース)
三者面談で保護者に何を伝えるか。
私はそのとき高校2年生の担任として、ある男子生徒の保護者対応に悩んでいた。
悪い生徒ではない。ただ、遅刻が多い。
朝のホームルームにはまずいない。授業に間にあえばラッキーで、昼頃に登校することもある。
午前中の授業がおろそかになるから当然、成績も悪くなる。
一学期末、いくつかの科目で評価「1」がついたため、保護者と本人と担任との三者面談が必要になってしまった。
これが三学期だったら進級できないので深刻だが。
1年生の時も似たような成績不振を後から挽回して2年生になれたので、本人は甘く考えているのかも知れない。
彼のお母さんはこの春、進級を機に遅刻をなくすことを目標にして、
「息子が遅刻したら携帯にご連絡ください。毎朝、起こしてから出勤するんですけど、また寝てしまうみたいなんです。毎日になるかも知れませんが、留守電もありますので……」
と頼んできた。
もちろん協力した。
残念ながら、お母さんの意気込みは、彼には通じなかったようだ。
今回の成績不振を一番残念に思っているのはお母さんだろう。
そんな保護者に、三者面談で何を伝えるか。
うかつな対応をして後悔したくない。
私には昔、保護者対応で大失敗した苦い経験がある。
初めて全日制高校普通科で担任を持ったときのこと。
保護者会で、あるお母さんに頼まれた。
「看護師をしています。すごくいい仕事だから、娘にも看護師になってほしいんですが、嫌だって言うんです。私から言ってもきかないので、先生からもぜひ看護師を薦めてください」
困った。
その生徒ならよく知っている。将来の夢はデザイナーで、服飾系の専門学校を希望していた。母親の過干渉への不満もあるように見受けられた。
なるほど、お母さんから受ける印象は確かに過干渉かも……
三者面談の保護者対応は、関ケ原の戦いに似ている。
東軍(徳川家)につくか、西軍(豊臣家)につくか。
生徒につくか、保護者につくか。
そのときの私は、何の迷いもなく生徒の側についた。
「お母さん。将来の仕事は本人次第ですから、大人が薦めてもなかなかその通りにはいきません。意地になって、薦めた仕事を避けるようになった例も知っています。お嬢さんには他にやりたい仕事があるかも知れませんし……」
言った瞬間、後悔した。
自分の気持ちを完全否定されたお母さんの顔は見る見る曇り、担任への不満と不信感でいっぱいになった。
あの辛く悲しそうな表情は今でも忘れられない。
考えてみれば、お母さんの望みは、担任にも看護師を薦めてほしいだけだった。
「はい、承知しました」
と答え、
「自分の仕事に誇りをもっている素敵なお母さんだね。お母さんは娘のあなたにも看護師になってほしいと思っているんだね。一度考えてみたら」
そんなふうに、保護者の気持ちを伝えることはできたはず……
お母さん、ごめんなさい。
あのときは、保護者を敵にまわして失敗した。
今回は、遅刻魔で成績不振の息子のために頑張っているお母さんの側につき、これからの生活改善の道を一緒に探るべきだろうか。
いや、それも違う気がする。
今度は、自分が保護者の立場だったときの、遠い記憶がよみがえった。
息子が、保育所の1歳児クラスを終えた最後の日。
「お話があります」
迎えに行った私を、そのクラスを担当する5人の先生が取り囲んで座った。
膝に息子を乗せて、主任先生のお話を神妙に聞く。
「一年間様子をみて、連絡帳にもやんわり書いたのですが、改善されないのでお話しすることにします。T君(息子のこと)が心配です。ぼーっとしていることが多いし、大変な怖がりです。お母さんが忙しいのはわかりますが、休みの日などにもっと触れ合ってください。どうもお母さんがT君を遠ざけようとしているように見えます」
何てこと!
そういえば連絡帳に、一緒に図書館へ行けとか遊べとか、朝食はパンではなくご飯にしろとか、細かいことが色々書かれていたっけ。
あれが私へのメッセージだったとは、気づかなかったなぁ。
息子と同じく私もぼーっとしているのだろう。
ショックだった。
息子と私の関係は、先生が5人も集まって助言しなければ心配になるほど、おかしな状況なのか。
いや、実際おかしいのだろう。
そうでなければ、先生方に囲まれたりしない。
主任先生に続き、それぞれの先生が息子のためを思い、息子の味方になって保育所での様子などを話してくれている。
ありがたいことだ。
それはわかる。
でも……
そのとき頭の中に渦巻いたのは、息子を心配する気持ちではなかった。
私の子育てはダメなのか。
この2年間の子育て全部を否定されたような気がして、ものすごく落ち込んだ。
暗い気持ちで、相変わらず朝は大泣きする息子を2歳児クラスへ連れて行った初日。
新しい担任の先生が驚いて
「一年たっても、まだ毎朝こんなに泣くんですか」
「はい、ずっとこんな感じで困ってます……」
「どうしちゃったんでしょうねぇ。まあ、気長にいきましょうか」
親のしつけを責めもせず、大らかに構えてくれて心底ほっとした。
息子も新しい先生にすぐに慣れて落ち着き、なんと翌週から朝、泣かなくなった。
そんな、昔の経験を思い出しながらまた考える。
三者面談が関ケ原の戦いに似ていると思うのは、間違いかも知れない。
息子の新しい先生のように、保護者と生徒の両方の味方になる道もあるのではないか。
先生の対応一つで、親の気持ちも子供も変わる。
これまで出会った、色々な先生を思い浮かべてみる。
授業でも日々の生活でも、生徒への対応が上手いなぁと、感心する先生に共通するのは……
子供の成長を信じて待つ。
これだ!
今できなくても、きっとそのうちできるようになる。
子供は必ず成長する。
そう信じて待つ。
ならば、保護者に私が言うべきことは一つだけ。
お母さんの、16年間の子育てを肯定するだけでいい。
三者面談当日。
お母さんはものすごく恐縮して部屋に入ってきた。
生徒は、叱られるのを覚悟して身構えた様子で椅子に座った。
私が用意した言葉を聞いて、お母さんは目を丸くした。
「そんな……どうしようもない息子です」
「いいえ、不思議なのは、あれだけ遅刻しても友達が多いことです。部活の遅刻も多いのに、なぜか愛されキャラですよね。絶対に何か魅力があるんだと思いますよ」
机を見ていた生徒が顔を上げた。
「今学期は失敗しましたが、そのうちきっと勉強も頑張ってくれるでしょう。そうだよね?」
生徒がにこっと微笑んだ。
遅咲きの彼が変わったのは3年生になってから。
志望校が定まると猛然と勉強を始め、遅刻もほとんどしなくなった。
文化祭ではクラス演劇の主役に抜擢されて、夏休み明けの本番まで楽しそうに演じていた。
そして第一志望に現役合格! やれば……できるのだ。
もう三者面談は怖くない。
どんな親子も必ず笑顔で帰れる言葉で面談を始めればいい。
「素晴らしいお子さんですね!」
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