【なぜママは外科医と芸人に一瞬でなれるのか?】
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記事:ただくま みほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「外科医と芸人には同時に一瞬でなれる」と言ったら、「何言ってんの?」と笑われてしまうだろうか?
「イヤ、それが案外できるもので、結構世の中の多くのお母さんがやってることなんですよ」と言ったらさらに不思議に思われるかもしれない。
でも、そんな風に私が思うようになったのには訳がある。
私が小学生の頃、学校帰りに家のすぐ側ですってんころりと転んでしまったことがある。手をついたのはいいのだが、手の平に石がめり込んでしまい、血は出るし、とにかく痛いしでパニックになって家に駆け込んだ。
石は大きいのは5mmほど、ほかにも数ミリの細かいのがいくつか一緒にめり込んで、そこから血が出てきている。自分の手の平にこんな風に石がめり込んでいるのなんて見たことがなかった。治すためには石を取り出さなくてはならないが、そんなの今よりもっと痛いことをされるに決まっている。「これはもう大変なことになってしまった!」と思った。母がピンセットを取り出して「取るよ」と言った時は「嫌だ〜!」ともっと泣いたものだ。
でも母は「大丈夫、大丈夫」と笑って一歩も引かず、私の左手首を掴んだ。次にピンセットで手の平をコチョコチョとくすぐった。私は意外な母の動きにビックリしたのとくすぐったくて笑ってしまった。次の瞬間、「ほら取れた!」と母の声にまたビックリした。なんと私が笑っている間に母は石を取ってくれていたのだ!
「あれ? もう終わっちゃった!」と一気に気が楽になった。
この時のことはずっと心に残っている。午後の日差しが差し込む西向きの勝手口。大人一人がやっと通れる幅の土間に母と私。母のひび割れた指先と、石が取れた後の「ほらね」と微笑む母の顔。
いつしか、自分に子どもが生まれて同じようなことがあったら、この技が使えると思うようになっていた。
チャンスは突然に訪れるものだ。つい昨日の夜、3歳の子どもが訴えた。「ママ、手に何か刺さってる」どうやら昼間に行ったピクニックの途中からトゲが刺さっていたようだ。
幼き日に母が石を取ってくれたあの日の光景が一瞬で立ち上がった。
「よし、やるぞ! あの作戦だ!」心の中で号令をかけ、トゲ抜きを取りに隣の部屋に駆け込む間、手順をシミュレーションする。
子どものトゲは中指の付け根の辺りに刺さっていた。トゲ抜きでくすぐるなら手の平の真ん中辺りが狙い目だ。
子どもの側に戻ると左手で子どもの手首を掴んだ。「じゃあ、抜くね!」笑顔で言って、狙い通り手の平をくすぐる。その瞬間サッとトゲをつまむ!
が、外した! 子どもの顔を見ている余裕はないが、特に何も言わずにいるということは「何やってるの」とでも思っているのだろうか、まずは気にせず二度目にトライだ!
再度、手の平をトゲ抜きくすぐって「それっ!」とトゲをつまんだ。今度は見事にトゲをつまみ、抜くことができた。
子どもはというと特に大笑いするでもなく、泣くでもなく終始落ち着いていた。まあ、二度のトライで、トゲ抜きを嫌がることもなく抜くことができたのだから、首尾としてはまずまずだろう。
子どもを寝かしつけてから、その夜の出来事と母がしてくれたことを思い返した。
トゲは朝から刺さったままで子どもも落ち着いていたから、子どもとしてもそんなに大したことはなかったのだろうし、私もまだ落ち着いていた。
私が子どもの時は私自身も大泣きしてパニックだったから、さぞかし母もビックリしたことだろうと思う。
でもどちらにも共通するのは、処置をすること、そのために子どもを笑わせることへの真剣さだ。本物のプロと比べたら技術のレベルでは全く敵わないが、その瞬間にかける想いの真剣さは引けを取らないのではないかと思う。
ママは母であると同時に、母として外科医と芸人にも同時に一瞬でなれるのである。
つくづく母親業の守備範囲の広さを思う。いや、でも子どものために、母としての外科医と芸人くらい、いつでも一瞬でなってみせる、と思う。もちろん、対応できないものはプロにお任せだが。
世の中のお母さんもきっとこんな風に役割をこなしていることだろう。昔から今日に至るまで、こんな風にして母親業が営まれてきた。改めて母親とはなんと尊いのだろうかと思う。いや、でも私も曲がりなりにも3年とちょっと努めてきているのだ。なかなかどうしてこの重責を担ってきたではないか。
あの日、母として外科医と芸人に一瞬でなってくれた、今は亡き母に改めて「ありがとう」と言いたい。「お母さんのおかげで私もなんとか母親業やれてるよ」と。
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