両親学級で妊婦が本当に教えてほしいこと
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記事:渡部梓(ライティング・ゼミ特講)
6年前、息子を身ごもった私は産婦人科へ通っていた。ここでは妊婦に妊婦検診を受けること、「両親学級」と呼ばれる妊娠中の健康管理や出産や育児への基礎知識を助産師から指導を受ける機会の受講を求められていた。
「生肉や生魚は妊娠中の食中毒のリスクを抑えるため口にしないように」
「新生児には布団よりベビーベットが良い」
「産後の母乳の出を良くするため和食を基本に、カルシウムを多くとることを心がけるように」
「陣痛がきたら落ち着いて時間の間隔を測ること。そのためにアナログの置時計を出産の荷物に持参すること」
など、両親学級で与えられるタスクはRPGに似ている。出産や新生児育児に必要なものの購入、食べない方が良い食品の指導など、妊婦に必要なものを、装備を整えていくかのように集め、クリアしていく。なかには助産師個人の主観とも思えるタスクもあるのだが、理由を説明され、その根拠がお腹の子どものためと言われてしまうと、そういうものかと納得してしまう。すべては無事で理想的な出産という「ラスボス」をクリアし、子育てという新たなステージに上がるために必要なもの。そうして自分で出産の準備をすることで、「ラスボス」を倒せる要素が1つ増えたと安心を得ていたところもあった。
妊娠中、私はつわりの症状も少なく、産休ぎりぎりまで仕事ができるほど体調が安定していた。「両親学級」で学んだことをクリアすることでさらに自分の妊娠生活が安定し、無事に出産を迎えられると安心しきっていた。だから検診を受けていた産婦人科で分娩台に上り、出産をし、育児をスタートできると思いこんでいた。
しかし、この考えは甘かった。予定日の2日前の大晦日、お昼から脇腹の軽い痛みを感じた私は不審に思い、夫と午後3時頃産婦人科に向かった。私の腹部にエコーを当てている産婦人科の医師が「これ、ソウハクかもしれんな」と言ったところ、助産師の顔色が変わった。その一言から私は総合病院に救急搬送され、午後7時過ぎに息子が緊急帝王切開で生まれていた。
後に知るのだが、ソウハクとは常位胎盤早期剥離の略だ。胎盤剥離は大量出血に繋がることもあり、母子ともに危険な状態になる可能性が高い妊娠合併症のひとつである。原因ははっきりとわかっておらず、いくら注意をしていても全分娩の0.4~1.5%の確率で発生してしまう。私の場合胎盤剥離疑いでの帝王切開となり、出血もなかったことから母子ともに無事で幸運なケースだった。両親学級でも妊婦検診でも、妊娠合併症や出産のリスクについて詳細に説明する機会はまずないと思う。少なくとも私は「胎盤剥離」についてきちんと理解したのは産後かなり経ってからだった。おそらく妊婦に余計な心配をさせないという意図もあるのだろう。だが私は「胎盤剥離」という妊娠合併症を詳しく知らなかったので、その原因は自分にあったのだろうと、入院中自分を激しく責めた。
息子は、帝王切開で取り上げられた後すぐに新生児集中治療室へ搬送され、呼吸が安定せず保育器で過ごしていた。
入院中、帝王切開時の麻酔の副作用である頭痛をこらえ、点滴に繋がれながら新生児集中治療室に向かうと息子は保育器で眠っていた。息子が保育器に入ってしまったのは自分のせいだ、自分が実はタスクを全う出来ておらず、そのせいで息子がこんな可哀想なことになってしまったと感じ、涙があふれた。「どうして普通に産めなかったのか」と年配の親戚の言葉にも傷つき、自分は普通に子供を産むことすらできなかったと更に自分を責めた。
その日から自分のことも、子どものこともコントロール出来ない日々の連続だった。
やっとの思いで退院しても今度は乳腺炎に悩まされた。
自分が気を抜けば命が消えてしまうような、小さくてもろい息子を前におろおろするばかり。睡眠も取っているのかいないのか、よく分からない日々もあった。だっこをしても泣く息子に一緒に泣いた日もあった。食が細い息子に何を食べさせたら良いのか途方にくれたこともあった。歩き出しが遅く、地域の健診で再検査になり指導を受けたこともあった。
今6年経って、妊婦の自分に声をかけるなら、「出産も子育ても、思い通りになんてならない。コントロールはほぼできない。でもその一瞬一瞬に自分の最善を尽くせばいい」だ。
両親学級でRPGのようにタスクばかりを指導するのではなく、「子育てをコントロールするのは非常に難しいんだ」ということを知っていればここまで子育てに自分は悩まなかったかもしれないとも思うが、こうしてもがき苦しんだ6年も、今となっては宝物だ。
子どもを持つまでは自分の体調や行動はほぼ自分のコントロール下にあった。何をするのか、いつ寝るのか、何を食べて、どんな仕事をしてどう生きるのか。
私は、息子の出産を通して、妊娠から始まる子育ては「自分がコントロールできること」がこれまでのどれよりも低いということを知った。もしかしたら命を落としていたかもしれない息子と私が今こうして生きていて、悩みながらともに成長し、6歳の誕生日を祝えるということが何よりの奇跡だ。コントロールできない、RPGじゃないからこそ得られた奇跡だと思う。
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