大嫌いな父に、なぜ会いに行くのか。
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記事:さくら(ライティング・ゼミ特講)
週末、父に会いに行った。
あの家へ行くのは2回目だ。
少し落ち着かない気持ちで車を走らせる。
私の両親は離婚している。
世に言う、熟年離婚っていうやつだ。
私が下の子を出産するため、帰省している時だった。
だからもう10年前。
昔から仲は良くない夫婦だった。
父は多趣味で、週末も家にいないことも多かった。
仕事は大変そうではあったが、家での姿は自由奔放に見えた。
それに対し、母は毎日、子育てと仕事を必死でこなしていた。
でも機嫌の悪い日が多かったし、負けず嫌いで、勝気な母は、父に上手に相談やお願いをすることができない人だった。
そんな2人の会話は、いつも攻撃的だった。
私は母からいつも父の悪口を聞かされて育った。
父が帰ってくると、家の中の空気が重くなった。
そして、私が中学生の時、父は不倫をした。
結局大人たちの話し合いの末、元通りの生活になったけど、それ以来、私達子供は、完全に母の味方だったし、いつか離婚するとしても、母から言い出すだろうと思っていたくらいだった。
だが、それから15年経って、離婚を言い出したのは父だった。
でもやり方がひどかった。
ある日いきなり。
夫婦で話し合いもなく。
子供達に何の相談もなく。
いつも通りの朝、ポストをあけたら、裁判所からの通知があったのだ。
当時、結婚してすでに家を出ていた私は、事後報告でしか知らない。
だが、母はおそらくとても驚き、傷つき、悲しさとむなしさと悔しさが一気に湧き上がっただろうと思う。
結局、それから会うのは裁判所でだけ。
2人は何度も金銭面について話し合い、離婚をした。
そんなわけだったので、私達子供の、父への不信感は果てしなく、それぞれの価値観の中で、この離婚をどう自分の中で処理したらよいか苦しんだ。
……私達の家族ってなんだったのだろう。
小さい頃の幸せな思い出が、全て偽物だったかのように感じた。
私はどうしても父を理解したくて、一人会いに行った。
どうしてこういう形になったのか、ちゃんと会って話して聞きたかったのだ。
だが、父の口からは母の悪口ばかり。
自分の正当性を訴えるばかり。
私はすっかり落胆し、それからは疎遠になっていった。
たまに来る父からのメールが、とても鬱陶しかった。
毎年、誕生日に律儀に送られてくるプレゼントも素直に喜べなかった。
でも長女の私は、父が死んだ後のことを考えて、最低限のつながりを渋々持ち続けてきたのだ。
だから、その日私はとても緊張していた。
父と父の再婚相手が住む家へ、初めて会いに行ったのだ。
離婚して9年経った父の日の週末だった。
少し気を緩めると、行きたくない、引き返したいという思いに負けそうになる。
ダメだ。行くと言い出したのは私なんだから。
とりあえず、家の場所を確認し、顔だけでも見てこよう。
心が折れて逃げ出さないように、父の日のプレゼントもたくさん用意したのだから。
お家は閑静な住宅街のこじんまりとした、でもセンスのいいお家だった。
再婚相手の奥さんは料理上手で、よく父を褒める。
控えめで優しく気の弱そうな方だった。
つまり、母とは正反対の人だった。
男の人って結局こういう女性が好きなんだな。という、ひやりとした感覚の反面、幸せそうな父の姿に、少し安堵を覚えたのも確かだった。
この日は「よかった」とだけ思った。
会えてよかった。
幸せそうでよかった。
意外と普通に話せてよかった。
……無事終わってよかった。
ミッションを一つ終えて、すっかり満足した私は、しばらく会いたいとは思わなかった。
だが今日、新年の挨拶をしに、2回目の訪問となったのだった。
主人は来なかった。
正義感の強い彼は、なぜ会いに行くのかわからないと言う。
「お義母さんに悪いと思わないの?」
そう責められた。
「どんな人でも私の父には変わりないのよ。死んだら会いに行くことも、話すこともできなくなるじゃない」
「それでいいじゃないか。それは君の家族を裏切って、お義父さんが選んだ道なんだから」
そうかもしれない。
……でも何か違う。
このままじゃいけないって思う。
会わなきゃと思うんだ。
うまく言葉にできずに黙っていたら、
「俺は行かないから」と、少し軽蔑したような乾いた口調で言われた。
それにしても私は、なぜ会おうと思うのだろう。
妹達はとっくに音信不通にしているのに。
そんなこと考えているうちに、着いてしまった。
「いらっしゃい。よく来たね」と言った父の表情からは、私達の訪問をとても心待ちにしていたことがすぐに見て取れた。
2回目だったからか、私も少し気持ちに余裕があった。
奥さんの用意してくれた、美味しいご飯を食べて、可愛い犬とゆっくり散歩をして、薪を拾い暖炉にくべる。
子供達には薪を切ることも、暖炉に火をくべることも新鮮で楽しそうだった。
庭でケーキとお茶をいただきながら、ゆっくりと過ごす。
そんな現実から切り離されたような、穏やかな時間は、私の心を溶かし、今までのいろんな想いが、日が暮れるのとともにすぅっと消えていくのを感じた。
暖炉の火を見つめながら、初めて父を親としてではなく、一人の人間として、彼の話を聞くことができた。
父の幼い頃のこと、今まで考えてきたこと、今考えていること、それをただ彼の生き方として、すんなりと受け入れることができた。
すると、私の中に「親だったらこうあるべき」というものを、今までたくさん持っていたことに気づいた。
父だって苦しんできたのだ。
帰る頃には、私の心には、ただただ感謝しかなかった。
父にも。
再婚相手の奥さんにも。
その時、ようやく私は自由になった気がした。
もう父を憎まなくていいのだ。
私は父を好きだと思っていいのだ。
あぁ、そうか……私は父が好きだったんだ。
気づけてよかった。
逃げなくてよかった。
許せてよかった。
感謝を伝えられてよかった。
大切な人が、明日もあさっても、変わらず笑顔でいてくれる保証など、どこにもないから。
会いたい人に、会いに行こう。
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