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終わりなき留学


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:yokon(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
お正月、実家に帰った。久しぶりにロシアの大学へ正規留学中の弟に会う。私も高校時代、大学時代1年ずつ交換留学した経験があるため、彼の話は共感できる部分も多く興味深い。しかし、現地の言葉で5年以上学問をしている弟には見えている世界も違うだろうし、これからの可能性だって眩しい。
 
「もしも言語を極めていたら……結婚してなかったと思う」
そんな弟との会話で自分の口からふと出てきた言葉にびっくりした。
 
負け惜しみか、自分は女だからっていう言い訳か。
 
大学卒業してまもなく、縁あって私は神奈川から秋田の田舎に嫁いだ。あえて、嫁ぐという言葉を使うくらい、田舎だ。結婚式の座席表には、集落全戸同じ苗字のために、〇〇衛門や〇十兵衛といった屋号が並んだ。広い敷地の母屋の隣に家を建て、3人の子どもに恵まれ、義実家の干渉を受けながらも何不自由なく暮らしている。
 
留学の経験は、仕事では今のところ活かせていない。ビジネスレベルの語学力でもなければ、子どもが小さいためか、海外出張どころか自分の代わりならいくらでもいる部署にいる。最近、ちょっと不満がたまっていた。大手企業に就職し海外赴任してバリバリ働いている大学の友達、都会でキラキラした生活をしている幼馴染、未来ある学生、秋田で子ども3人抱えて身動きの取れない自分。たまに、ひとりで飛行機に乗って飛び立ちたい衝動に駆られる。なんでもない日常がどんなに幸せなことかわかっているつもりでも、育休中、家と保育園の往復しかしていない毎日に刺激はない。
 
通常、この流れでは女性が活躍できない社会の話になるのだが、それは捉え方次第だ。
 
言語を極めて仕事で活かすことだけが留学じゃない。私にとっての留学は、人生という花束に色を添える大切な経験だった。言語を極めない、これは負け惜しみだからではなく自分で希望して選んだのだ。2度目の留学で、全く違う世界が知りたくて同じ言語を選ばなかったのは、自分だ。
 
仕事に有利だから留学する、という理由はもったいない。いかに心豊かに暮らせるかを軸に選択しよう。その経験は心の許容範囲を広げてくれるものだからだ。
 
そういう意味で、嫁ぐことも留学だ。義実家との生活は、ホームステイみたいなものだ。赤の他人だった人たちの文化を尊重しながら、自分の育ってきた環境も言語化して共通理解を図る。海外に出ることで日本の良さを再認識するように、義実家との関係性の中で実家の成り立ち、自分の生い立ちを再確認する。フランスの家庭料理を堪能するように秋田の漬物文化を尊敬する。モンゴルの遊牧民生活に異世界をみるように、秋田の農家暮らしを新しい目でみる。
 
そこにあるのは、異文化を尊敬する気持ちだ。自分の育ってきた環境がすべてではない。家族の数だけ、考え方がある。国によって、地域によって、違いがある。そう思えるだけ、人生は華やかだ。
 
それでもどうしても好きになれないものは、ある。特に秋田の味付け。なんでもかんでも甘い。茶碗蒸しはプリンのようだし、生姜焼きや魚の煮付けならまだしも、唐揚げも甘い。大好きな炊き込みご飯やお赤飯だって、一口食べたら残念な気持ちになる。ポテトサラダやカレーにも砂糖を入れるそうだ。信じられない!許せない!義母の差し入れてくれる手料理に素直にありがとうと言えないときが多々ある。そういう些細なことが積み重なって苛立ちとなる。
 
ふと、フランスに居た時、ホストママが焼いてくれたステーキを思い出した。食に関しては申し分ない、おフランス。ただ、塩気が足りなかった。もう一つまみ、塩が欲しい。フランスでは、フランス料理に対する尊敬の気持ちがあった。自分の舌の好みが違うのだな、それだけで終わった。優劣ではない。ただ、違うだけ。それなのに、嫁ぎ先のことになると、いつしか自分の常識が正しく優れているととらえ、批判する気持ちが出てきてしまう。
 
本当は知っていた。砂糖を使えるのは豊かな証だ。秋田は漬物や味噌を作るにも米麹をふんだんに使えるような豊かなところだった。大学の教授が教えてくれた。飢饉の時代でも秋田は他の藩よりも10倍も米を食べられたのだとか。地域の歴史、家族の味、それが食文化だとわかるようになったのは海外に出て、自分の足元の当たり前が新鮮に思える目を得たからだ。
 
少し、落ち着く。
目の前のことが許せないとき、私は心を遠く異国へ飛ばす。私の常識がすべてではない。苛立ちと闘いながら、キャパを広げる。
 
留学では現地の文化に加えて言語も重要だ。そう、80代の秋田弁は、私にとってはまるで外国語だった。結婚する前、義母に誘われてふたりで出かけることがしばしばあった。義祖母はそれに対して気を遣うだろうとねぎらってくれた。そんなことないです、とまだ謙虚だったあの頃の自分は笑顔で返す。
 
「さがすぃんだな」と義祖母。
 
「???」
 
まったくわからない。言語を学ぶときに大切なのは推測する力だ。わからない単語が出てきたときに文脈で推測するように、必死で考えた。さがすぃい、さがしい、こざかしい?
 
「小賢しい? 生意気? あつかましい……?」
そう理解した。そして赤面した。そうか、こっちの文化はもっと遠慮すべきであったか……。
 
しかし、そんなことはなかった。あとで夫に確認すると「さかしい」とは「かしこい」だそうだ。嫌味を含まず、純粋に感心しているという。日本語なのにニュアンスがわからない。今では笑い話だが、当時はとても新鮮だった。
 
留学5年目、家族内の日常会話くらいならリスニングはできるようになった。しかし、スピーキングは発音が本当に難しい。地域が違えばまた少しずつ違う。
 
秋田に嫁いで5年以上経ったかぁ。まだまだ留学中。負け惜しむ必要も、誰かと比べる必要もなかった。弟が見ているのとは違う世界にいるだけ。
 
言葉も文化。食も文化。
留学の目的は現地人になることではない。私は、私。留学先の歴史や文化を尊重し、学び続けなければ。
 
スーツケース片手に最初にこの地に降り立った日のことを思い出そう。
つらくなったら、自分の常識を疑おう。
 
この留学には終わりがない。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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