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メディアグランプリ

弱点肯定、800kmの旅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:エト・ミワ(ライティングゼミ平日コース)
 
スペインを1ヶ月かけて800㎞歩いたのは、いまから1年半前。2018年の6月から7月中旬にかけてのことだ。「Camino Santiago(サンティアゴの巡礼路)」と呼ばれるその道は、1000年前から続くキリスト教の巡礼路で、一番メジャーな「フランス人の道」は、フランスのサン・ジャン・ピエド・ポルから出発し、ピレネーを越えてスペイン入りしたあと、ひたすら東から西へ。約1ヶ月間かけて目的地のサンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂をめざすもので、控えめに言っても、とても過酷な旅だった。
 
英語もスペイン語もろくにしゃべれず、クリスチャンでもない私がこの巡礼路を歩こうと思ったのには当然ワケがある。イージーな言い方で恐縮だが、人生に迷っていたのだ。
 
巡礼に旅立つ1年前、16年勤めた大阪の会社を意気揚々と辞めて、私は地元・九州の商社に転職した。しかし、うまくいかずに秒速で退職。大きな挫折に鬱っぽく(というか完全に鬱)になってしまい、何をする気もおこらない日々がずいぶん長く続いていた。「自分は欠点だらけの何もできない人間」と、毎日自分のことを責めていたように思う。
 
そして不甲斐なく実家に戻り、悶々とダラダラ生活をしていたときに、たまたま聴いていたラジオで紹介された小野美由紀さんの「人生に疲れたらスペイン巡礼」に、とにかく歩いて・食べて・寝るという、私が好きなことだけの生活が1ヶ月できて、お金もそんなにかからず、クリスチャンでなくてもいい、と書いてあったことで一念発起。準備期間を経て、フランスとスペインの国境にある小さな町に一人で乗り込み、800kmの巡礼の旅がはじまった。
 
だが、いざ始まってみると毎日25㎞ちかく歩くのはものすごくハード(当たり前だ)で、すぐに足はマメだらけ。しかも巡礼中は小さな選択の連続で、ミスすることもよくあった。やぶ蚊の大群に襲われたり、知り合った女性に誘われて泊まったアルベルゲ(巡礼者用の宿泊施設)で、同部屋の男性が突然素っ裸になって歩きまわりはじめたり。
 
でも、一方でそういった失敗が結果的に“いいこと”に結びついたりするのを何度も経験した。やぶ蚊の大群で一旦引き返した私が目にしたのは、逆の方向を指す道しるべだった。つまり、道を間違えていたのだ。また、素っ裸事件のせいで出発時間の変更を余儀なくされた結果、たまたま通りかかった地元のウエディングパーティに参加するという、レアな体験をすることができた。禍福はあざなえる縄、人間万事塞翁が馬、こんな言葉が何度もよぎった。
 
そして、そんな旅を続けてるうちに気づき始めたのは、「私の欠点も、裏を返せばよいことになるのでは?」ということ。
 
私はもともと朝早く起きるのがものすごく苦手なうえ、歩くのが好きなくせにペースは超絶遅く、しかも、荷物を整理する能力がないのでバックパックが他の人よりものすごく大きくて重かった。だから他の人は朝5時に出発し、日差しが強くなりはじめる午後2時には25㎞先の次の目的地に到着するところ、私は朝7時頃に出てから、到着するのはだいたい夕方。
 
そんな、のろくて荷物も大きく、他の人のようにてきぱきできない、およそ巡礼向きでない自分に、私はスタートから辟易していた。スペインまで行ってもほとんどスタイルや意識を変られない、克服できない自分に。
 
だが、それがどうしたことか、ほかの巡礼者の見方はちょっと違っていた。「めちゃめちゃゆっくり、夕方近くまで頑張って歩く、バックパックのやたら大きな日本人」という風に巡礼者は私を見ていたようで、派手な黄色いパーカーを着たワールドワイドにとろい妙齢の女子は(私です)、知らないうちに、通り過ぎる巡礼者の間で目立っていたのだ。
 
だからか、宿につくやいなや、足にできたマメのケアを同じ宿の人たちが率先してやってくれたり、次の目的地につくごとに、「やっと着いたね! 一緒にディナー食べない?」などとお誘いをいただき、イタリア人が作る美味しいカルボナーラや、韓国人グループのサムギョプサルを食べさせてもらえることもあった。私以外の人は、私の欠点にあたたかかった。
 
1か月かけて歩いた先のゴール地、サンティアゴ・デ・コンポステラでも、巡礼者から「あんたのことを知らないか尋ねられたよ」と口々に言われた。どうやら「彼女はちゃんとゴールしたのか」と気になった人が何人もいたようで、巡礼者をみかけては、尋ねてくれていた人がいたのだという。
 
そういった、私自身が欠点とか弱点だとか思っていることを、他人が「目印」みたいに受け容れてくれたことに、私はびっくりした。いままで「悪いところを改善しなければ誰にも受け容れられない」と半ば強迫観念のように思い、数々の自分磨きをしてきた私にとっては、それはとてつもなく大きな転換だったと思う。別人になることへのあきらめがついたし、少々大げさだけれど「これでやるしかないんだ」と、人生への踏ん切りがついた。40年近く治らないものを今更どうこうしようがないし、持ってるもので戦うしかない。そして、私が欠点とか失敗だと思っていることが、ほんとうにそうなのかは時間が経ってみないとわからない。
 
巡礼で生じたこの気持ちの変化は、いわば「だまし絵」みたいなものだ。有名な「ルビンの壺」だとか、大きな帽子をかぶった女性みたいに、見方を少し変えるだけで、壺だとおもっていたものが、向かい合う男女になり、おばあさんが若い女性になる。私の欠点も、失敗も事実ではあるけれど、それをどう受け容れるかは案外見方次第なのだ。
 
旅で出会う巡礼者の目的は、愛する人を亡くしたり、介護につかれた自分へのご褒美だったり、宗教的体験をするためだったり、さまざまだった。私はというと、とにかく仕事をしたくなくて、「自分の好きなことだけやったらどうなるのかなぁ~」というチープな好奇心からだったけれど、旅を通じて自分に対しても、他人に対しても、そして起こった出来事に対しても寛容になれたのはとても大きいし、その後の人生のストレスをかなり軽減してくれたと思う。
 
そして、帰国した私に待っていたのは、さらなる紆余曲折だったのだけど(人生そんなにうまくいくわけがない)、そのおかげもあり、これまで手を伸ばしても絶対に届かないと思っていた仕事との出会いがあった。人生は何が正解かわからない。そしてまだまだ続いていく。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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