メディアグランプリ

イビツなわたしの、ちいさないい分


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「面白い箸の持ち方だな。ちゃんともってないの? こうだよ、こう。ほら、真似してやってみ!」
この言葉が出た瞬間、わたしの心のシャッターは閉じる。
 
わたしは箸の使い方がヘタだ。正しい持ち方ができない。正確にいうと、持とうと思えば持てる。が、ただそれをやると、箸と指に集中してしまい、食事がおいしくないのでやらない。
 
飲み会や食事会に行くと、たまに箸の持ち方についてあれこれ言ってくる輩がいる。そして不思議なことに、箸の持ち方についてうんぬんと言ってくるのはきまって男性。女性はそんなことはほぼいってこない。
もちろんその人に悪気はない。ただわたしの箸の持ち方を矯正しようという親切心。でもこちらからすると、大きなお世話。ただ長い間の経験から、こういう場面ではおとなしく彼のペースに従うのが得策。
 
「中指は添えるだけでいいんだよ」といいながら、実際に自分の箸を上下、器用に動かし目の前で見せてくれる。
「そんなこと知っている」と、言いたいところをグッと抑えて、「こうですか?」と真似をしてみる。
すると「できるじゃない!」と、相手は上機嫌。
ここでニッコリ笑って「できた!」と一言添えれば、箸へのロックオンは解除となる。
彼の視線がほかに移った瞬間、わたしはすぐにいつもの持ち方にかえる。ここまでが一連の儀式だ。しかしこの人と一緒にご飯に行くことは二度とない。ただ黙ってブロックするだけだ。
 
昔、付き合った彼氏がいた。
「今度、お弁当をもってピクニックに行こうよ」と誘われた。
「エッ?」
「卵焼きと、ウインナーは入れてね。あとはまかせる」と、まだわたしは「イエス」とは言っていないのに、一方的に約束が成立してしまった。
そこに「そのお弁当は、わたしが作るの?」と口をはさむ余地はない。
 
わたしは料理ができない。
卵焼きとウインナーの入った弁当なんて作れないし、作る気もない。そもそもうちには包丁もまな板もない。困っていると、友だちが「わたしの分の材料も買ってくれるなら作ってあげる」と言ってくれた。
 
ピクニックの日、雨を願ったが、その思いは届かなかった。わたしは友だちの家に寄り、大きな包みを受け取ってから、待ち合わせの場所にむかった。
昼にお弁当を開けると、まず目に飛び込んできたのが真っ赤なタコのウインナー。卵焼きもキレイに並んでいる。その横に置かれた茶色の塊。豚肉の生姜焼きだった。地味な見た目とは反して、一口ほおばるとジンジャーの味がピリっときいて、そのあと甘しょっぱい味が口の中に広がった。彼は「おいしい、おいしい」と大喜びで食べていた。
 
それから時が経ったある日、わたしは彼の部屋にいた。
突然、彼が「お腹すいた」という。
「じゃあファミレスでも行く?」とこたえると、「いやー、なんか作ってよ。そうだ、この間の生姜焼きがいい」。
「……エッ?」
さて困った。色々と理由をつけて、その場を逃れようとするが、彼はいつもの押しの強さでグイグイとせまってくる。断り切れず「……うん」とあいまいな返事をしてしまった。喜んだ彼は「買出しに行こう」と出かける支度を始めている。わたしはあわてて「ドラッグストアにも寄りたいので、わたし一人で行ってくる」と、そそくさとポケットにメモとペンをしのばせ家を出た。
 
外で友だちに電話して、生姜焼きの作り方を一通りきく。生のしょうがとニンニク、それにリンゴジュースと調味料をあわて、そこに肉を入れて漬け込み焼くだけ。これならわたしにもできるそうだ。スーパーで材料を買い、部屋に戻って生姜焼きを作り始めた。
部屋中に、香ばしい肉の焼ける匂いが広がる。その隣で彼は「結婚したら、いつもこれが食べられるね」と上機嫌。でもわたしは彼への思いが、どんどん遠ざかっているのだが……。
 
すでにせんぎりになっているキャベツも盛り付けて完成。その皿をテーブルに置いた瞬間、彼の顔色が曇った。
「これ、肉の筋、切った?」
 
何をいっているのか、最初わからなかった。
わたしは「?????」と黙ってしまった。
すると、彼が「肉が縮んでいるじゃん。筋、切らなかったでしょう?」と、せめ続ける。
なにも言わないわたしに対して、彼はイライラして語気をあらげ「あのお弁当、本当に君が作ったの? ウインナーをタコに切る人が、肉の筋を切らないなんてありえないでしょう」。
なにも反論せず黙るわたしを見て、彼は泣かれたら困ると思ったようで、急に優しい口調で「ごめんごめん」と謝り、「これから頑張って料理を覚えればいいよ。すぐ上手になるさ」と不自然に笑う。
 
わたしはその後、すぐに彼とは別れた。
彼はいい大学だし、きっと就職もいいところに勤めるだろう。優しいみたいだし、ダンナさんとしては申し分ないと、みんながいう。でも、合わせ鏡のように価値観をぴったりとあわせようとする彼とはやっていけないと、わたしは思った。
彼が飲み会でお箸の持ち方がへんなだと言っては矯正しようとする人たちと同じに思えて仕方なかった。
 
きっと箸の持ち方と同様、わたしの心は“いびつな形”をしているのだろう。それをキレイな形に整えようとする人がいる。でもその人はわたしにどちらかというと好意をもってくれている人で、いじわるでも怒っているのでもない。でもわたしは、そこに拒否反応がうまれてしまう。わがままなのか? ただわかっているのは、わたしは非常に面倒くさいヤツだということ。
 
でもたとえ人にはいびつに見えても、これがわたしなのだ。しかたない。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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