天才が集まる将棋界という場所で
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記事:火星(ライティング・ゼミ日曜コース)
「三段までは努力でなれる。四段になるには才能が必要」
ある将棋の棋士の言葉である。
四段というのは、将棋のプロを意味する。そして、三段から四段になるためには、奨励会という機関の三段だけで構成される三段リーグで勝ち上がらなければならない。
三段の人数は2020年1月時点で30人いる。その中であがれるのは半年毎に上位2人、年間4人。
たったこれだけがプロになれるのだ。
プロになるのはまさしく狭き門であるが、さらに残酷なのは、この奨励会には年齢制限があるのである。三段では、原則として26歳を超えると強制的に退会処分となる。
これまで将棋一筋に生きてきた人間が、プロになる道を閉ざされ、別の世界へ放り出される。
過去に中学生でプロ入りを決めた棋士も数名いるが、彼らはあくまで特殊な例。
ほとんどの参加者にとっては三段リーグは、プロ入りを決めるか退会となるか、天国と地獄に挟まれた場所。
だから、努力だけではなく才能が必要という棋士の言葉も、部外者が軽々と口を挟むことができない当事者だけが言える重みのある言葉だ。
将棋界を日本一天才が集まる場所と評した人もいるくらいだ。
もちろん人の能力を測るとき、どこまでが才能でどこからが努力かを線引きするのは難しい。
しかし、才能か努力かという問題は、将棋に限らず興味深いテーマだ。
例えば、漫画やドラマの世界。
スポーツで、当初は冴えなかった主人公が努力によって力をつけ天才と勝負し勝つ。
これはカタルシスであり、作者も使いやすい筋立てだ。
確かにそういった物語が定番だった時代はあった。
典型的なのは1960年から1970年代に流行した「スポ根」がそれである。もう今では「スポ根」という言葉自体が通じないかもしれない。
スポーツと根性を組み合わせた言葉である。
だいたい貧しい家の出自である主人公が、人並外れたトレーニングをすることによって、魔球などの必殺技を身に付けるといったパターンが多い。
そして最後には鼻持ちならないエリートを打ち破るのである。努力は必ず報われるのだ。
しかし、流行は去った。
スポ根漫画は、精神論を唱えたり、質より量を重視するトレーニング方法を提示したりと、その後から見ると前時代的な部分があったのである。
スポ根ブームが去った後に少年漫画の編集長をしていた方が語っていた。
雑誌のテーマに「努力」というのを掲げていたが、それは形だけで、掲載する漫画に主人公が努力する描写は入れなかった。
修行するシーンは退屈だし、努力すれば勝てるなんてのは、まやかしだということは小学生だって知っていると。
80年代や90年代の漫画を読んできた自分は、そのことを深くは考えていなかった。
しかし、その頃に人気があった漫画のヒーローは確かに天才型が多い気がする。
自分自身、努力が天才に勝つストーリーをあまり信じていなかったということだ。
少女漫画はどうだろうか。
主人公の女性こそ平凡で明るいだけが取り柄といったキャラが多い。しかし、騙されてはいけない。
その女性が恋に落ちる相手は、生まれついてのお金持ちで、そのうえイケメンだったりする。
主人公の女に永年密かに想いを寄せてきた幼なじみの男でさえ、パッと出の金持ちイケメンには絶対勝てないのである。
イケメンは戦わずして勝ち、そうではない男は戦う場所さえ与えられていない。
これが少女漫画の世界だ。
少年少女に夢を与えるはずの漫画の世界でさえこうなのだ。
多くの人々は、才能がほぼ全てという結論を出しているのかもしれない。
どこか悲しいことだ。
もちろん、努力すれば誰でも天才に勝てるなんてことはないのは分かっている。
しかし、時には才能でやや劣ったとしても、努力により、その差を覆す、そんなことがあってもよいのではないか。
さて、将棋界を見てみよう。
これまで、中学生でデビューしたプロ棋士は、その後も活躍し将棋界に歴史に名を残すような活躍をしている。
逆に退会の危機を乗り越えて苦労してプロ入りした棋士が、その後頭角を表すということはほとんどないようだ。
これだけ見ると、やはり才能の比重は大きいと言わざるをえない。
しかし、例外もあるのだ。
ほんの一時期ではある。一時期ではあるが、天才と呼ばれた棋士を、そうではない棋士が打ち負かすときは確かにあるのだ。
努力なのか偶然なのか運なのか、それは分からないが。
間違いなく言えるのは、才能に恵まれなかったと言われている棋士が諦めずに挑戦したから、この結果が現れたということだ。
別の棋士がこうも言っている。
「将棋に才能は必要ない。必要なのは努力です」
1960年ではなく2020年にこのような言葉を聞けるとは思わなかった。
この棋士は現在のトッププロである。
将棋のタイトル戦は、将棋界の頂点を決める戦いだ。
もちろん出場する棋士は、若くしてその才能を認められた棋士がほとんどだ。
しかし、皆さんも機会があったら、棋士のプロフィールを見てほしい。
ごく稀に、若いうちは芽が出ず、プロ入り後も数年は伸び悩んでいた棋士がタイトル戦に登場していることに気づくはずだ。
将棋界。
天才と天才にはやや及ばない者とが鎬を削っている。
そこは漫画の世界でさえ失われてしまった、努力が才能と戦っている場所だ。
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