落とし物ヒストリア
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記事:小原小百合(ライティング・ゼミ特講)
みなさんは、年間の落とし物、忘れ物の件数をご存じだろうか?
先日テレビ番組で、都内各所での落とし物、忘れ物について特集がされていた。その中でも一番多いものは運転免許証や健康保険証、クレジットカードというような「証明書類」で、約75万点だそうだ。ちなみに忘れ物の代表格とも言える「傘」は約34万本で、どこかに置き忘れられているにも関わらず、遺失届はたった2%足らずの約6000件。どうやらビニール傘がコンビニ等で、手軽に手に入ることから、わざわざ遺失届を出すまでもないという意識を持つ人が多い傾向にあるようだ。75万点に比べると34万点が少なく感じるけれど、正直な話どちらも途方もない数であるということは想像に難くないだろう。
私も小さい頃から忘れ物や落とし物が多い子どもで、よく親や学校の先生に注意されていたことを思い出した。そうであるからなのか、道行く場所で何か物が落ちていると気になってしまうし、その落とし物に、ついつい思いを馳せてしまうのだ。どうしてここに置いてあるのだろうか、誰がここに置いてきてしまったのか、もしかして今現在困っているんじゃないか、等々。
よく見かけるのは片方だけの軍手だ。あまり季節を問わず、夏でも冬でも歩道や車道に落ちていることが多い。落としてしまった人は作業員で、ポケットに入れたまま歩いていて片方だけ道に落ちてしまったというのが一番有力かと思う。
ここ数年、私には一番気になっている落とし物がある。その落とし物は毎年、まさに今、冬時期に見かけていた。最寄り駅から家までの間、歩いて帰る途中にそれは落ちている。雪が降り積もっている時は落ちているというよりかは「埋まっている」という表現のほうが近いかもしれない。
その落とし物の名は「みかん」。
あの果物のみかんだ。冬場に旬を迎え、冬の名物詩でもある炬燵に入りながら皮を剥きつつ食べる、あのみかん。
最初に見つけたのは確か3年ほど前。帰り道の中でも街灯が少なく、住家もあまり多くないけれど、その途中にはお寺があった。みかんはそのお寺の脇、雪道の中に埋まっていた。最初は私が日々パソコンに向かっているせいで、酷使された目がバグってしまったのかと思った。真っ白な雪の中に、街灯もないのに、その一か所だけがオレンジ色に発光しているように見えたからだ。何回か瞬きをして、目を軽く擦った。それでも尚オレンジ色は消えることはなく、近づけば近づくほどオレンジ色ははっきりと見える。歩みを止めて、その場にしゃがんだ。
「みかんだ」
誰に言うわけでもないのに、ずいぶんと大きい独り言が口から零れた。
家まであと20mほどだ。別に空腹で飢えているわけでもないし、段々と夜が深くなるにつれて気温も下がっていたので、そのみかんにそれ以上気を取られる暇は無いまま、家へと帰宅した。翌朝、みかんがあった場所を通ると、辺りにみかんの皮も実も無く、ぽっかり穴だけが空いていた。
次の年の冬、同じような辺りにみかんは埋まっていた。その翌日の朝にはまたみかんは無かった。その次の年の冬もみかんはあった。翌朝、みかんは無かった。3度続くと、さすがの寒がりな私でも興味が沸いた。なぜか落とした側のほうではなく、みかんの気持ちになった。
「僕はみかん。名前はまだ無い。本当ならば、箱ないし袋に入ったまま、あたたかい部屋に移動するはずだったのに、なぜか僕は雪山にいる」
きっとこんな感じだろうか。誰が落としたのか、何事も無ければどこの家に居住するはずだったのか、誰かから貰ったものなのか、それとも購買してきたものなのか。考え始めると止まらなくなった。
翌朝には無くなっている、というのも気になる点だった。車道を挟んだ向かいには町内会のゴミステーションが在ったことから、カラスがよく来ていたから私がその道を通る前にみかんを回収している説が濃厚ではあるものの、この地域のカラスは冬に活動している姿をあまり見ていなかった。
あともう一つ考えられるのは、みかんが落ちていたすぐそばには、お地蔵さまがお供え物だと思って食べてしまった、という説だ。お地蔵様は道路から何段かある小さい階段を下りたところに鎮座していて、地域からも愛されているような存在だった。
突拍子もないことを言っているのは承知だが、如何せん3度も続くともしかしたら……と思ってしまっても良いような気がした。
こんなに落とし物について考えたことは無かったが、彼らにも多かれ少なかれ、ひとつの歴史がある。冬の寒い日、仕方がなく歩くだけじゃなくて少しばかり足元を見つめて、落とし物に想いを馳せながら帰っても損じゃない。
今年の冬も、もし同じように雪道にみかんが在ったら4度目だ。今度こそ寒さに耐えながら、すぐそばのお地蔵様に供えてみようと思う。そうして、翌朝怖がりな私が、びくびくしながらお地蔵様を覗き込むかどうかは、その時に考えよう。
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