「伝えたいけど伝えちゃダメ」広報担当のツラくて気持ちイイ悩み
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山岸奈津子(ライティング・ゼミ特講)
「ダースベイダーの正体って、〇〇○の〇○なんだよ」
ある日曜の昼下がり、隣の席のカップルらしき二人組から聞こえてきた話。
よくよく耳を傾けてみると、なんと、スターウォーズを初めて観てみようとしている彼女に向けた衝撃の一言だった。
彼「それからね……」
おい待て、それ以上言うな!
スターウォーズファンがその現場に遭遇したなら誰しも止めにかかるだろう。
これからあの壮大な世界の入り口に立ち、大いなる”旅”を始める第一歩を、こともあろうかその彼は台無しにした。
ダースベイダーが何者なのか、さらにはその先のストーリーまで、想像することを楽しむ余地を奪ってしまったのだ。
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私はかれこれ14年ほど、広報パーソンとして「伝える」ことを仕事としてきた。
出来るだけ分かりやすく伝え、どうしたらファンになってもらえるか、いかに商品を買いたい気持ちにさせるかが私の仕事だ。
そんな中、「伝えてはいけない」仕事に携わることになる。
「アート」だ。
2014年からスタートした、3年に一度の札幌のアートの祭典「札幌国際芸術祭」の広報を手伝うことになった。アートは分かりにくものの代名詞でもあり、私もそう思うひとりだった。
今までの仕事とは全くの畑違い。私は大丈夫だろうかと心配していた。
出来るだけ分かりやすく伝え、来場してもらうことが重要だし、分かりにくいというイメージを少しでも払拭して、芸術祭に足を運んでもらうべきだと考えていた。
しかし、目に入る作品説明や紹介文は、なんともぼんやりしたものばかり。
「そりゃ、こんなんじゃ伝わらんだろう!伝える気がないのか!」
「そんなんだからアートはよく分からないって言われてしまうんだ」
と、よく憤っていたことを覚えている。
あるときの飲み会で、ある女性作家と一緒になった。
彼女は自身の作品の紹介文をどう書こうかと悩んでいたところだった。
(どんなことを考えて作った作品なのかしっかり説明してほしい…マジで)
と思っていたところ、彼女がポツリと
「どこまで説明しようか悩ましいなぁ」
と言った。
私は心底驚いた。そもそも100%全力で説明するつもりは毛頭ないのだ。
説明すること、分かりやすくすることだけを考えてきた私にとって、説明しないという選択肢を作家が持ち、悩み苦しんでいることは発見だった。
その時の驚きを、美術専攻のふみさんにぶつけてみた。
彼女は同じ年のスタッフで、アート業界における私が感じた日々の憤りや疑問をぶつける友人だ。
「あぁ、なるほどね。作家が全部説明しちゃうと、いろんな作品の解釈が出来なくなっちゃうでしょ? だからお客さんが作品を見る上で手助けになる最低限のヒントだけ書くのが作品説明には多いね。むしろ作品説明すらない場合もあるよ」
私はワクワクした。そうだったのか。
作家は自分の作品に込めたメッセージを正しく汲み取って鑑賞して欲しいものだとばかり思っていた。アートの醍醐味の1つは、作品の受け手が様々な角度や視点で作品を楽しみ解釈することなのだ。
人は、先行情報や先入観にとても振り回される。
心理学では「プライミング効果」とも言われ、情報を与えておくことで好意的・否定的にも捉えさせることが出来るとして、ビジネスシーンなどでもよく利用されるほど、意識・無意識に関わらず人の思考は情報に左右される。
分かりやすさを重視し、提供してしまった情報は、時に多様な解釈の幅を狭めることになってしまう。
またふみさんは、
「お客さんの勝手な解釈(限度はあると思うが)が、作家にとっての刺激になることもあるよ」
という。
女性作家は、作品を思考し解釈を楽しんでもらえるギリギリのラインを模索していたのだった。
分かりやすい説明は、思考の余地を減らしてしまう。
カフェの彼は、彼女がダースベイダーが何者かを思考するワクワクや楽しみを奪った。
アートやスターウォーズだけではない、音楽でも演劇でも、分からないこと、はっきりしないことを想像し、空想し、楽しむ権利がある。
ちょっと検索すれば、分かりやすさと手軽に手に入る答えが世の中に溢れている昨今、分からないことから始める”思考の旅”はもしかしたら最高の贅沢なのかもしれない。
お客さんにとって、作家にとって良い時間・空間が生まれるのなら最高に気持ちイイ。
とはいえ、伝えることが仕事の広報担当としては、伝えること・伝えないことの板挟みの日々。
初めてアートの世界に関わり約6年。ツラくて気持ちイイ悩みは尽きない。
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