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メディアグランプリ

光秀の糸


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
 
本を読んでいると、いきなり居合いの白刃で袈裟懸けに斬られたかのような、そんな衝撃的な一文に出逢うことがある。今まで正しいと信じて疑わなかった自分のやり方が、実はまったく以って見当違いであったのではないか……ある意味、一種の価値観を根底から覆されたような、恐れを伴う瞬間である。
 
年末から、司馬遼太郎の代表作「国盗り物語」を再読していた。
ずいぶん若い頃にも読んでいて面白かった記憶があるが、大筋は覚えているものの、詳細は忘れてしまっている。来年の大河ドラマは、明智光秀が主役だそうだ。おさらいがてら読み返してみるか。そんな軽い気持ちで読み始めた。
 
前述したように、「国盗り物語」は司馬先生の代表作だから、内容をご存じの方も多いとは思うが、念のため、ざっと物語の筋を書いてみる。戦国中期、美濃の蝮と恐れられた国盗り大名、斎藤道三の破天荒な生涯を前編で描き、後半ではその道三の愛弟子ともいえる二人の武将、織田信長と明智光秀の対立を軸として、組織のなかの人間模様が語られる。前後各二巻、計四巻の構成で、文庫本での頁数が2,300頁超という大作である。
 
その第四巻目、物語も終盤に近付かんとする392頁(文庫本版)で、白刃は閃いた。信長が、当時の仇敵であった浅井・朝倉連合と、姉川で激突する回での一幕だった。ぼくは、それまでは物語を楽しむばかり、まさか、そんな鋭利な凶器が読者側にまで向けられるとは露にも思わず、のんびり構えていたものだから、そのショックは相当のものだった。
 
斬られた次の瞬間、ぼくは十数年前に通勤で使っていた、阪急電車の車内にいた。
いつもながら、とんでもない混み具合である。そして、終点の梅田が近くなると、必ず下腹が痛み出す。最近は毎朝のことである。ぼくは上着の内ポケットから下痢止めの錠剤をさりげなく口に含み、胃痛が和らぐのを待つ。
 
当時のぼくは、会社が新設したコールセンターのセンター長だった。
管下には4人の社員。その下に20~30人以上のパートスタッフさんが常駐し、客先店舗からの膨大な受注やクレームを、終電ギリギリまでなんとかこなす日々が、半年以上続いていた。
 
急ごしらえの組織で、すべてが「ないないづくし」。新しいスキームも完全には整っていない。処理を効率化するための機器も台数が足りない。さらにスタッフさんもほとんどの方が研修途上であったため、拠点単位でサービスを受けていた頃の、旧来のやり方に慣れていた客先からは、厳しいクレームが絶えなかった。
 
クレームは、客先からだけではない。
客先のクレームは、すぐ営業マンに伝わる。当然のごとく、彼らは客先に代わって猛烈に抗議する。コールセンターは、まさに四面楚歌の状態。だれが敵でだれが味方なのか、本当は、すべての利害関係者がWinWinでなければならないはずなのに、責任者のぼく自身が、疑心暗鬼に陥ろうとしていた。
 
それは、管下のスタッフも同様だった。
彼女たちは彼女たちで、極度のストレスから徒党を組んでハラスメントを応酬しあうようになった。すべては、ぼくの場づくりが失敗に終わったせいだ。
 
ぼくは、出来るだけこの現場の惨状を理解してもらおうと、矢継ぎ早に本部の上席、時にはその上の担当役員に、逐一状況を報告した。惨状を訴えたうえで、自分なりの改善点も添えて提案しているつもりだった。上席たちは、「理解している」というような素振りを見せつつも、その場で解決策を約束することはなかった。
 
ぼくのストレス状態は、限界に近かったと思う。
まさに、毎朝通勤時の腹痛は、身体が責任を放棄したがっているサインだった。
 
ここまで思い出して、ぼくはふたたび、紙面から飛び出した白刃の切っ先に視点を移す。
 
場面は、信長が全力をあげて、浅井軍の支城である横山城は包囲している最中である。なかなか陥ちない城攻めのさなか、攻撃軍の明智光秀は、(横山城は敵のオトリではあるまいか)と疑念を持つのである。その間に朝倉郡が自軍の背後を討つのではと。
 
その疑念を、高級将校の木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)に伝えると、藤吉郎は「まことにもってそのとおりだ」とうなずいたものの、心の中で(利口ぶるやつだ)と光秀をみるのである。藤吉郎のその時の心情を、そのまま引用する。
 
“ 信長がその程度のことに気づかぬはずはない、と藤吉郎は見ている。戦さとはつねに絹糸一筋をもって石をぶらさげているようなものだ。風で石が動くたびに絹糸は切れそうになる。(中略)戦さとはその切れるか切れぬかの際どい切所でどれだけの仕事をするかにかかっている ”(国盗り物語第四巻「姉川」より抜粋)
 
光秀は、その絹糸の揺らぎばかりを気にしている。
可能性(勝機)を見出すことを疎かにして、ただ危機のみを吹聴するは覚悟のない証拠。みな、ぎりぎりのなかで戦っている。余裕のあるものなどひとりもいない。きっと、藤吉郎は、そう言いたかったのであろう。
 
この時の光秀は、まさに、あの時の自分だ。そう思った。
たぶん、上席たちもこういう状況になるのは、ほとんどの確率で目に見えていたのだ。コストを極力掛けずに、コールセンター機能としての集約(リストラ)を実現する。それが、当時の会社の至上命題であったはずだ。客先にも営業部隊にも、多少のムリを強いるだろう。それをどこまで耐えてもらうか。そのぎりぎりのラインを見つけて、踏ん張ってほしい……それが、会社の本音だったのかもしれない。
 
一年後、完全とは言い難いものの、コールセンターは相応の体裁を整えた。
ぼくの表向きの評価も、悪くはなかったが、なぜか続投はさせてもらえなかった。
覚悟がない、会社の本音がわかってない、と評価されたのかもしれない。
 
さて、光秀。
織田軍団を知り尽くしていた、あの時の藤吉郎の評価に気づいていたのかどうか。
その後の歴史の展開を見れば、推して知るべし、である。
 
 
 
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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