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メディアグランプリ

いつぞやの営業マンのこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:加藤敦子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
結婚以来、賃貸住宅に住んでいる。
最近でこそ減ったが、セキュリティシステムなどない賃貸住宅には多くの営業マンがやってきた。
高級布団、避妊具、化粧品、分譲マンション、一戸建てetc……
 
いちいち家事の手を止めて応対することは、正直面倒くさい。
なかなか諦めてもらえないしつこさにうんざりしたことも一度や二度ではない。
眠くなったわが子がぐずり出し、お願いだからと帰ってもらったこともある。
そうかと思えば、気が付くと玄関に入っていて「まあ、奥さんここへどうぞ」と招かれたことも。いったい誰の家だと思っているのか。
 
私には、訪れる営業マンへの対応について決めていることが1つある。
「相手に失礼な断り方はしない」。
これには実家の母の言葉が大きい。
結婚して間もなく、頻繁にやってくる営業マンについて愚痴った私に母は言った。
「要らないものは要らないと言えばいいけど、断るにもきちんと断りなさい。もしも、自分の子がそういう仕事に就いていたら、と考えれば、ひどい断り方はできないはず。相手も仕事で来ているのだからね」。
世の中には「要りません!」とたった一言でドアをバタンと閉める人もいるが、そういうことはしないでおこうと思って今日まで過ごしてきた。
断るときは「せっかくですけど」と添えつつ不要である意思を伝えるようにしている。
 
一時期はハウスメーカーの営業が多かった。
「転勤族ですから」「М県に実家があって、いずれはそちらに戻るので」という断り文句を気分によって使い分けていた。もちろん、どちらも真っ赤な嘘である。
大企業でもない夫の勤務先に、転勤はない。
そしてどちらの実家もМ県にはなく、戻る先などありゃしない。
 
その日やってきたのは、現在も名を聞くことがある中堅どころの住宅メーカーの営業マン。新入社員であることが一目で分かった。
少しおどおどしながら、パンフレットを差し出し、自社の住宅の説明を始める。
「ごめんなさいね、М県に夫の実家があって、いずれはそちらに戻るので、特に住宅購入は考えていません」。
「え、そうなんですか。すみません、じゃあアンケートに答えてもらえませんか」。
「いえ、買わないことは決まっているので、アンケートもお断りします」。
彼は泣きそうな顔になって、「アンケートを持って帰らないといけないので…訪問した証拠というか、お願いします」。
「買わないんだからお断りします」。
「お願いします、ほんとにお願いします」。
渋る私に、「後のフォローはしませんから。電話とか絶対にありませんから、お願いします」と繰り返し頭を下げる。
新入社員の研修の一環なのだろう。訪問した証に、行った先でアンケートを取ってこいということか。
じゃあアンケートだけ、と念を押してアンケートに記入した。個人情報云々などまだ騒がれていない時代のことだ、電話番号も世帯主の名前もしっかり書いた。
 
そしてその夜。
我が家の電話が鳴った。
出てみたら、その住宅メーカーからだ。
一瞬、カチンと来て「お電話はいただかない約束でしたけど」とついキツイ口調になる。
「いやいや、営業の電話ではありません。お礼を申し上げたくて」
電話の向こうの男性が言う。
「今日は、うちの新入社員の訪問に際し、アンケートにお答えいただいてありがとうございました。真面目にやってる奴なんですが、なかなかうまくいかず、本人もちょっとしょげていたんですが、今日答えていただけたと喜んで帰ってきました。М県に戻られるというお話でしたので、営業をするつもりは一切ありません。ただ、上司として、一言お礼を言いたくて、夜分ではありますがお電話をさせていただきました」。
その話が終わるころには、私の気分はすっかり良くなっていた。
いい上司だなあ……心が少しほんわか気分になった。
 
訪問営業で気分を害したことはあっても、いい気分になることなど滅多にない。だからこそ、その夜の出来事は今でも鮮明に思い出せる。
 
時々テレビでその会社のCMを見ると、あの時のちょっと赤い顔をした新人営業マンを思い出す。
彼は今もあの会社で仕事をしているのだろうか。いい営業マンに育ったかな。いや、もう転職しているかもしれないな。
嘘をついてごめんね。我が家は今も愛知県に住んでるの。М県に行くことは永久にないの。
でも、いい上司がいてくれてよかったね。
 
老婆心たっぷりのオバサンは、きっともう会うこともない、あの日の新入社員の現在がちょっと気になっている。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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