煩悩クッキング 外食だってクッキング編
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ 平日コース)
健康診断の結果に、「注意」の文字を発見したのは、3年前だ。
「コレステロールって、あのコレステロール?」
ペラっとした心もとない診断結果を、何度も見返すが、確かに私のコレステロール値は正常域を、はみ出していた。
健康的な毎日ですと、胸を張ることができないことは知っている。
深夜のコンビニ食は、毎日のことだし、睡眠時間も十分ではない。
私は、大丈夫。
体重だって、20代の頃に比べれば増えてはいるけど、健康基準からは外れない。体に不調はないし、十分元気。
ただの注意喚起だ。問題ない、問題ない。
でも、コレステロールの言葉が頭から離れない。
勝手に、連想ゲームが進み出す。
コレステロール、血液ドロドロ、生活習慣病、成人病、病院、入院……。
診断結果の隅に描かれたゆるキャラが、にっこり笑って追い討ちをかける。
「野菜と、魚、お肉、バランスの良い食事に気をつけよう」
一念発起し、スーパーに出かけたのは、次の連休のこと。
カゴいっぱいの野菜を抱え、レシピサイトにかじりついた。
慣れない包丁に振り回されながら、1日かけて日持ちするおかずをたっぷりと冷蔵庫につめた。
野菜もたくさん。酸っぱいものから、味噌味、醤油味と味のバランスもいい。
私もやればできる。休みに作りためて、普段は、それをレンジで温めればいい。
簡単、簡単。さよなら、私のコレステロール。短い付き合いでした。
ところが、長年の生活習慣には、そうなる理由があるようで、数週間後にやってきた繁忙期は、あっという間に元の生活を連れてきた。
休みがない。あっても、疲れすぎて何もしたくない。
私の代わりに、ご飯を用意してくれるコンビニは、神様だった。
今まで通り、毎食、毎食、ファストフードやコンビニのお世話になり始めた。
それでも、小さな変化が現れた。
メニューを選ぶ、耳元で、もう一人の自分が、ささやく。
「バランス、バランス」
副菜と呼ばれるコーナーに体がおもむく。
かつ丼を左手に抱え、もやしのナムルに手を伸ばす。
カレーに、コーンサラダ。
牛丼に、とん汁。
クリームパンに、野菜ジュース。
徐々に、メイン料理が引きずられる。
しらすご飯に、けんちん汁。
あさりのパスタに、ミネストローネ。
梅のおにぎりに、鶏団子鍋。
栄養のことなんて、ちっともわからない。
食べ合わせは、なんとなく、実家の母のご飯を思い描いた。
バランスのささやきが、聞こえ始めて、半年後。
まず、肌が変わった。
それまで、吹き出物まではいかないけれど、ザラザラとした凹凸に、いつも背中や顔をおおわれていた。
それが、ない。なんだか肌が柔らかい。
ファンデーションの量も明らかに減った。
そして、体が、どことなく軽い。
生活リズムが変わったわけではないので、相変わらず疲れている。
それでも、休みの日に、散歩に出てみようかと思う。
仕事の後に、洗濯をしてみようかと思う。
何より、大きな変化は、罪悪感が減ったことだった。
自炊ができないことは、私にとって、大きな引け目だった。
年齢は十分大人なのに、きちんとした家事ができない。
料理もまともに作れない。
栄養のバランスを考えることもできない。
自分の体調を管理することができない。
小さな頃、思い描いた大人になれていないことが、悲しかった。
食べ合わせを考えるようになってから、それでも、いいかと思えるようになった。
確かに、私は、自炊ができない。
でも、それは、努力が足りないわけではない。
疲れるほど、仕事をしている。
それで、ご飯を食べている。
充分じゃないか。
あれから、3年がたち、私は勤めていた会社を辞めた。
今は、自炊をする時間がある。
相変わらず、料理の腕は上がらない。
レシピ本なしでは、キッチンに立てないし、作れるメニューも限られる。
仕事もないくせに、疲れたと言って、コンビニに駆け込むのも変わらない。
冷凍庫には、あふれるほどの冷凍食品があり、缶詰などのレトルト食品も、ぎっしりと買い込んである。
スナック菓子をおかずに、白米をかきこむなんて暴挙に出ることもある。
それでも、いいのだ。
外食であれ、自炊であれ、自分の食事の面倒を自分で見られること、その全てがクッキングなのだと思う。
無理をして、見栄を張る必要など、どこにもない。
これは、私のためだけの時間だ。
家族のために料理をする人だって、きっと同じだと信じている。
食事がおいしいという意味の中には、作った人が心地いいということまで含まれているに違いない。
欲望や、煩悩のまま、思うがままに、食事の準備を楽しめばいい。
その方法に、間違いなどない。
きっと、料理にも、人生にも、正解や不正解は存在しないのだから。
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