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旅女がゲストハウスを選ぶ理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:春野 菜摘(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
静まりかえったドミトリーで誰かが寝息を立てている。
 
旅先のゲストハウスでの話だ。
 
私は一人旅の宿としてよくゲストハウスを利用する。
風呂やトイレが共用だったり、消灯時間があったりと、多少不便なこともあるが、ゲストハウスにはそこにしかない良さがあると私は思っている。
 
私が最初にゲストハウスを利用したのは、もう7年くらい前のことだ。
 
GWを直前に控え、急に奈良への一人旅を思いたったことがあった。当時、私は悩みを抱えていて、その時の私には旅に出ることが唯一の救いであるように思えたのだ。
 
しかしあまりに話が急で、ホテルが取れない。
それでも奈良への旅を諦められなかった私がついに行きついたのがゲストハウスだった。
 
サイトにはいかにも古そうな民家の写真が上がってる。「女性用ドミトリー」と記載のある和室には布団が3枚並べられ、その間に申し訳程度のついたてが立てられていた。自分と見知らぬ誰かとのテリトリーを分かつのは、たったそれだけだ。
 
大学生の合宿じゃあるまいし、こんなところで寝るの? 見知らぬ人と?
 
不安は尽きなかったが、旅への思いが勝った。「まあ、寝るだけだし……」
こうして私の人生初のゲストハウス宿泊は決まった。
 
ところが不運は続くもので、直前で体調を崩してしまい、1泊分キャンセルした上に、翌日奈良駅に降り立ったのは夜20時をとっくに回った頃だった。
 
奈良の夜はすさまじく早く、商店街も軒並み閉まっていた。仕方なくコンビニで弁当を買い、暗い夜道を宿へと急ぐ。旅の一食目がコンビニとは、なんだか惨めな気分になった。
 
宿に到着すると気の良さそうな主人が中を案内してくれた。2階の寝室では既に誰かが眠っていた。音を立てないように荷物を置くと、弁当を持って1階のこあがりに向かう。そこが唯一飲食を許される共用部だ。
 
弁当を食べながらやはりゲストハウスは面倒だと思った。
本当は部屋で一人ゆっくりと食事を取りたかった。体調だって全快じゃないし、色々と考えたいことだってある。やがて人が降りてきたが、私は会釈だけ済ませると、そそくさと部屋に戻り眠った。
 
翌日、目覚めると体調は随分と良くなっていた。その日は行きたい場所にも行けたし、主人に近くの和食屋を紹介してもらい、ゆっくりと夕食を取ることもできた。気分が良くなった私は帰り道でチューハイを買った。
 
ところが宿に戻り、寝室では飲めないことを思い出した。仕方なく1階に戻り、共用部でチューハイを飲みながら翌日のスケジュールを練りはじめた。
 
そのうち1人、また1人と人が集まってくる。なるべく目立たないように端でじっとしていたが、突然関西訛りが話しかけてきた。
 
「どこからきたん?」
 
私より少し年上に見えるその男性はヤマモトと名乗った。正直ちょっと嫌だな、と思いながらも「東京です。」と答えると、彼は私が手書きしていたスケジュールを覗き込んだ。
 
「あー天河神社行くんやね。あそこはめっちゃいいよ。行ったことある?」
 
聞けば彼は宿の常連で、趣味の朱印集めでよく奈良に来るという。
 
「でもちょっと遠いからな……。確かバスかなんかあったと思うけど」
 
「近鉄の下市口から出てますよ」
 
答えたのは名古屋の工場に務めているという初老の男性だった。
 
2人とも奈良にはかなり詳しいらしく、口々にアドバイスをくれた。
 
そのうち、バイクで旅をしているという男性と、書道家のアシスタントだという女性が宿に戻ってきて、話に加わった。共用部には小さなバーがある。主人も加わりみんなでお酒を飲みながら、たわいもないことを話すうちに夜は更けた。
 
翌朝、とてもよく晴れていた。
 
奈良公園を散策しようと宿を出ると、たまたまヤマモトさんと一緒になった。聞けば彼もこれから奈良公園に行くのだと言う。せっかくだからと一緒に行き、色々な場所を案内してもらった。公園で鹿せんべいを買った彼はまたたく間に鹿に囲まれ慌てている。私は思わず笑ってしまった。
 
その後、喫茶店でモーニングを御馳走になり、夕食に彼がよく行くというおでん屋に行く約束をして別れた。
 
夕方、約束通り宿で彼と合流し、店へ向かった。
 
賑わう店内で料理を待っていると、ふいにヤマモトさんが尋ねてきた。
 
「なんか悩んでるん?」
 
聞けば表情の浮かない私のことを気にかけてくれていたのだと言う。
 
私は驚いたが、気づけばポツリポツリと心のうちを話しだしていた。多分本当はずっと誰かに伝えたかった色んな話、思い。私がひとしきり話し終えると、彼は一言、「自分を責めんでええんとちゃう?」と言った。何だか胸につっかえていたものが、消えていくような気がした。
 
とても楽しい夜だった。
宿に戻り私が改めて礼を言うと、彼は「何にもしてへんよ」と笑った。
 
翌朝目が覚めると、宿に彼の姿はなかった。朝早く旅立ったのだと主人は教えてくれた。
 
その後も何度か宿は利用しているが、それ以来彼と会うことはない。
あれほど悩んでいたこともすぐに瘡蓋になり、それが剥がれると傷痕すら目立たなくなった。
 
旅には、独りでしか辿りつけない場所も、誰かとしか見られない景色も、両方あるのだということを、私に教えてくれたのがゲストハウスだった気がする。
 
一期一会。旅先で見知らぬ誰かと出会い、やがてそれぞれの帰るべき場所に戻っていく。多くの場合、いつかしか出会ったことさえも忘れてしまうだろう。
 
でも、多分、それでいいのだ。たとえお互い記憶の中に沈んでしまったとしても、確かに出会い、ほんのまばたきほどの一瞬、共に過ごした人たちがいる。
 
静まりかえったドミトリーで誰かが寝息を立てている。
 
みんな一人だけど、一人ぼっちではない。
その微かな温度の中で私は眠りにつくのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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