なぜ超進学校が学校行事に力を入れるのか
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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「お母さん、どうか息子さんを見くびらないでください」
はっとした。
この高校は息子には向いてない、と思い始めた矢先だったから。
「入学したら、最初に新入生歓迎マラソンがあります。6月に体育祭があり、7月には臨海学校で2kmの遠泳をします。今泳げない人も心配しないでください。泳げるようになるまで5月から毎日、朝練で指導します」
全校生徒で10km走るのが“歓迎”って、なに?
体育祭は救急車が待機している?
泳げるまで朝練?
「文化祭も毎年1万人以上の来場者で盛り上がりますが、本校の行事の目玉は11月の強歩大会です。学校から古賀まで50km、制限時間は7時間。歩いていたら間に合いません。通称“古賀マラ”は、8割以上の生徒が完走します」
競歩ではなく“強歩”。実質的なそのマラソン大会が近づくと、週4日ある体育の授業は全てランニングになるという。
「他にも、各学期サッカー、卓球、ラグビーなどのスポーツ大会がクラス対抗であります。ラグビーは体育の授業でやりますので、今は知らなくても入学後に覚えます。なお、すべての行事は雨天決行です」
雨でも、50km走るのか!
あまりのことに驚きながら、学校説明会の体育館で、ぎっしり並んだパイプ椅子に並んで座る息子の様子をちらりと見た。
眼を閉じて憮然としている。
こんな話は聞きたくない。早くこの場を立ち去りたい。
全身でそう訴えているように見えた。
無理もない。
息子は小さい頃から華奢な体で運動が苦手。お絵描き、模型作り、折り紙、パズルなど、圧倒的に室内遊びが好きな子供だった。
野球もサッカーもしない。
小学生時代、スイミングスクールに通っていたのがせめてもの救いか。
乳幼児期に父親がつけたあだ名は「病気のデパート」。ぜんそくでアトピーで慢性中耳炎の上、肛門周囲膿瘍(のうよう)という病気にもかかった。大学病院の外科で定期的な膿の切除が必要になったときは、担当ナースから
「手のかかるぼっちゃんですねぇ」
と同情された。
中学三年になって食物アレルギーも軽くなり、身長も165cmを越えたが、体重は45kg以下。吹けば飛ぶようなこの体では、行事どころか体育の授業にもついていけないだろう。埼玉トップの県立男子校は、普通の進学校ではなかった。文武両道? 桁外れだ。
「本校は、三年間で息子さんを“漢(おとこ)”にします。古賀マラも、一年ずつ距離を伸ばして、三年かけて完走できればいいんです。息子さんを信じて、挑戦させてください」
いいことを言うなあ。
確かに、勝手に想像して、とてもできないと思う私は息子を見くびっていた。
むしろ、この高校はひ弱な息子が成長するにはいい学校なのかもしれない……
この時は漠然とそう思っただけだったが、今ならわかる。
学校行事はドーピングなのだ。
「志望校、どうする?」
「ここは受けないよ」
帰路、怒ったようにそう断言した息子だったが、最後は自分の意志で受検、入学を決めた。
4月。
「中学で文化部だったの、僕ともう一人しかいなかった」
なんと、40人中38人が運動部出身!
5月。
「今日は学校に泊まってくる」
セキュリティはどうなってるの?
7月。
「遠泳、授業でタイムが足りなくて、2km泳がない中級班になった」
「6年間もスイミングに通ったのに、基準のタイムに届かなかったの?」
「もっと頑張ればクリアできたかも知れないけど、上級班で一番下になるのは苦しいだろうから、これでよかったんだ」
そう言って出かけた、3泊4日の臨海学校から帰宅した彼はなぜだか、浮かない顔をしていた。
「中級、40人しかいなかったんだ。9割が上級班。僕も2km一緒に泳ぎたかったなぁ」
「頑張れば上級班に行けたのに、全力を出さなかったから達成感がなかったのね」
「いや、そうじゃない。中級の人数がもっと多ければよかったんだ。あんなに少ないとは思わなかった」
へぇー、そんな風に思ったのか。
中学までは、運動で女子に負けても気にしていなかった。運動は嫌いだからできなくてもいいと切り捨てていた彼が、同学年の中での立ち位置を気にしている。
この経験が今後、運動に前向きに取り組むきっかけになったかも知れない。
少し、成長したか。
そして、11月。
いよいよ50kmへの挑戦、古賀マラの日が近づいた。
この行事には教職員はもちろん、数百名の保護者ボランティアや警察の協力があり、主要な交差点や沿道には、生徒たちを見守る大人が必ず配置された。途中には5つの関門があり、休憩、給水、氷砂糖などの補給も行えるよう配慮されている。
岩槻10.3km
白岡21.8km
久喜30.2km
幸手33.7km
栗橋42.4km
古賀50.2km
関門ごとに制限時間が設けられ、時間内に通過できなければ次の関門を目指すことはできない。久喜までは行きたい。できれば一年で幸手、二年で栗橋、三年で古賀まで走りたい。それが息子の目標だった。
当日は朝から仕事で、応援にも手伝いにも行けなかった。
せめて、息子がどこかの関門の最寄り駅まで戻った報告を受けたくて、午後は早退し、自宅で電話を待つことにした。
ようやく電話がきたのは、朝7時半のスタートから10時間近くたってから。
「古賀まで走ったよ! 栗橋を制限時間ぎりぎりで出たから延着だけど、とにかく最後まで走ったよ! 今、古賀の駅」
「すごいじゃない! よく頑張ったね!」
「僕一人じゃ絶対に無理だった。あきらめようとしたけど、一緒に走ってくれた友達がいたから最後まで行けた。もう足が痛くてすごく時間かかっちゃった。だから最後はほとんど歩いてさ。友達のおかげだよ」
友達がいたからできたと繰り返す喜びの声聞きながら、目頭が熱くなった。
絶対に無理だと話していた50kmを一年目で完走するとは。
だから学校行事はドーピングなのだ。あり得ない速さで筋肉を増強してしまう薬のように、行事一つで生徒を大きく成長させてしまう。
ちょうど一年前の学校説明会で、憮然としていたあの、ひ弱なぼっちゃんはもういない。これからもっと、同年代の友達と切磋琢磨しながら友情を育み、成長していくのだろう。
子離れの時だ。
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