メディアグランプリ

能面の母の孤独


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡部梓(ライティング・ゼミ特講)
 
 
私は子供のころ、母が苦手だった。そして、やや見下していた。
 
母は専業主婦だった。小学校から帰ると母はナマケモノのようにせんべいを手近に置き、TVを見ながらうつらうつらしていることが多かった。
そして母は常に能面のような顔をしていた。いつも表情がない。つまらなさそうなのである。
 
また、母が怒っている時は、能面の顔色が灰色になったように見えた。無表情で、でも眼だけは驚くほど冷たい。そんな顔で私を見ているのに直接私を叱る訳でもなく、私に関わらないようにしていた。つまり無視だ。
 
何を考えているのか分からない、父のように仕事をしてお金を稼いでいるわけではない、そんな「能面でナマケモノ」な母が苦手で、私はどこか下に見ているところがあった。
 
「母は仕事もせず、家事に対して不満ばかり持っているのだろう」
「現状に不満があるなら仕事をして、自立すればいいのに」
「私は絶対母のようにならない」
「私はきちんと努力して、絶対にキャリアウーマンになる」
 
そんな風に思っていた。
 
そうして大学を出た私は、仕事をして、結婚をし、子供をもうけた。
 
しかし、どんなに努力して仕事をしても、「女子は愛嬌が一番」「女のくせに生意気なことを言わない」と叱責されたり、初対面のお客さんから「女はバカだから女に説明されたくない」と露骨に言われたこともあった。
 
結婚して仕事を変えることになったときも、「子供が生まれたら仕事はどうするんだ」「子供ができて中途半端に仕事をされては困る」と言われたこともあった。
 
子供が生まれたら、「お母さんがちゃんと見てあげないと子供がかわいそう」「子供が体調が悪いのに仕事に来たなんておかしい」「子供の成長が遅いのはお母さんのせい」と言われたこともあった。
 
世の中には、どんなに努力しても一人では越えがたい、女性というだけでの強い風当りや大きな壁が様々なステージであることを私は初めてきちんと理解した。
 
なんて世間知らずだったんだろうと思う。
 
それでも、仕事では必死に「女性」という属性ではなく「私」を覚えてもらえるように努力した。
 
だがうまくいかず、母に電話越しで泣きながら訴えたこともあった。結婚して子供が生まれたら、子育ては母親が全てやるものなのかと苦しんだ。夫や母親にやり場のない怒りをぶつけたこともあった。
 
仕事でうまく行かない時に限って子供が体調を崩したりぐずったりする。そんな子供に対して怒ってしまったことは、正直何度もある。完全に八つ当たりだ。
私が第二子を授かった時は、仕事で成果を出しきれていないタイミングでの妊娠に、最初は心から喜べなかった。
 
こうして女性に対しての強い逆風にあおられまくっていた私に、母は時に私の話を聞き、時に「やりたいようにやればいい」と言ってくれたり、「そんなに子育てに頑張ろうとしなくていい」「協力するよ」と言ってくれた。第二子妊娠時には「これまでもあなたは子育てできてるから、大丈夫」「お母さん応援するよ」と号泣する私を慰めてくれた。
 
約30年前の母は、今の私よりずっと高い壁を感じ、ずっと強い風にあおられていたのではないか、といまさら思う。
 
子供の預け先は今よりもずっと整っていなかったので、仕事に出ることは叶わない。
今のようにクラウドワークなどが整っている環境でもない。
また、自分の実家にも頼れない環境だった。
夫である私の父は接待が多く、帰宅が遅い日が多かった。
子供も体調をすぐ崩したりして大変だし、話相手としても大人に比べたら今一つだ。
 
母が当時仕事をしたかったのかどうかは聞いていないので分からないが、ただ一つ言えるのは、母は孤独だったのだろうということだ。
 
たった1人で、子供の世話に家事。
逃げ場のない、社会とのつながりも薄い、孤独な環境だ。私には絶対に耐えられない。
 
恥ずかしいことに、私は自分が同じ立場になるまで母が当時置かれていた環境に全く気が付かなかった。そして、自分の環境が母に近づくにつれ、母を頼りにしている自分がいた。
 
母は能面でもナマケモノでもなかった。孤独に耐え、逃げ場のない場所でどうにか自分を保っていた。
私のように自分のやるべきことができないという焦りで子供たちに八つ当たりしないように、能面で過ごしていたのかもしれない。
私が子供の咳や急な体調不良で深夜に眠れない日があるように、母も子供の世話でなかなか寝付けない日もあっただろう。だからナマケモノのように日中うつらうつらする日も多かったのかもしれない。
 
私たち子供が自立し、孤独な環境から解放された母は私のサポートや愚痴聞き、孫である私の子供たちの世話を喜んでしてくれているように見える。ただただ、感謝しかない。
 
母と同じ立場になって、私は母と打ち解けられた気がしている。
 
母は、仕事に異常にこだわる私の考えの根っこに母を下に見ている所があったことも理解しているのかもしれない。それでも私の考えを尊重し、応援してくれている。
 
私は企業に勤めるバリバリのキャリアウーマンにはなれなかったけど、母と同じように親になり、夫とともに子供を育てている。そして、母とは異なり仕事を持てている。
 
母よりも孤独を感じずに子育ての日々を過ごせているのは、母や夫や職場など、私と関わってくれている人のおかげだ。もう母を下に見ることはない。人生の先輩として、母親業の先輩として、尊敬し、頼りにしている。
 
だから今日も、私は二人の子供の母をやれている。
 
 
 
 
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2020-01-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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