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なぜ挫折した方が幸せになれるのか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「まさか、予備校の入校試験にまで落ちるなんて……」
 
大学受験に失敗し、高校を卒業したばかりの春。私は間違いなくそれまでの人生のどん底にいた。
 
「2月から段階的に席が埋まっていますからね。4月の最終募集は枠が少ないんですよ。国公立理系コースは残念ながらご案内できません。もし、私立医歯薬コースでよければ、今から補欠待ちになりますが、どうなさいますか」
 
こんなはずではなかった。
地元の国立大学に余裕で現役合格できると信じ切っていたのに、このざまは何だ。予備校にも落ちるなんて……
どうするもこうするもない。希望のコースでなくても入らなければ後がない。すでに4月で、贅沢は言えなかった。
 
「待ちます」
「では、あちらでお待ちください。補欠枠が合格になりましたら、順番にお呼びします」
 
先ほど受けた入校試験の成績順に一人、また一人と呼び出しがかかる。ドキドキしてきた。心臓に悪い。先週まで、予備校に入るのに試験があることさえ知らなかった。
 
「すんだい? どこの大学?」
「予備校だよ。浪人するならそこがいいよ」
 
友人に勧められ、慌ててパンフレットを取り寄せたのだった。県立高校時代を塾や予備校とは無縁で過ごし、模擬試験の成績だけで第一志望に合格できると勝手に思い込んでいた。そんな甘っちょろい世間知らずが宅浪したら、来年もきっと同じ結果だろう。予備校にも入れなかったらお先真っ暗だ。
 
『神様、贅沢はいいません。コース違いでも構いません。もう十分にどん底です。どうかこれ以上落とさないでください……』
 
悲痛な願いは叶い、最後に呼ばれた4人の中に私の番号があった。
 
嬉しかった。
大学ではない。希望のコースでもない予備校に入れただけなのに嬉しかった!
 
この喜びは、春から大学生になる友人達にはきっとわからない。
予備校に入れて嬉しかったなどと言っても、可哀そうな負け惜しみととられるのがオチだろう。
けれど、この時は本当に心の底からほっとして嬉しかったのだ。
 
なぜか?
 
それは、私がそれまでの人生で最悪といえる“どん底の穴”に落ちていたからだ。
 
どん底から見上げれば、そこより上の出来事は全部良いことになる。どん底を知る前の自分から見たら、見下ろして不幸に思えるような些細なことでも、立ち位置が変わって一番下から見上げれば幸せに感じられる。だから、どん底を知ることは幸せへのパスポートを手に入れたようなものだ。その後の人生で何が起ころうとも、
「あの時よりは幸せだ」
と思えるから。
 
どん底は後の人生を確実に幸せにする。
 
その日、最後に番号を呼ばれた補欠の4人は学籍番号が連番で、初回の授業の座席が最後部の4席になった。
 
「ほんとにギリギリだったねぇ。とにかくここ居られてよかった。一緒に頑張ろうね!」
 
どん底を味わった仲間意識から、あっという間に意気投合。妙に明るい浪人生活を始めることができた。
 
「井の中の蛙(かわず)だった……」
 
開始早々、高校時代と全く違う予備校の授業に度肝を抜かれ、自分が現役合格には程遠いレベルにいたことを思い知った。
 
当時は「共通一次試験」という、国公立の受験生は文系も理系も全員、英語、数学、国語の他に理科2科目、社会2科目が必要な時代だった。私立医歯薬コースでは英数理しか授業がない。国語と社会は独学になったが仕方ない。その分、理系科目の授業が手厚くなるのだと前向きにとらえて頑張った。
 
一年後。
どん底から這い上がった私は、志望校をランクアップし、都心にある憧れの国立女子大学に合格することができた。苦楽を共にした予備校仲間は女医と臨床検査技師になり、35年以上たった今になっても友情は続いている。
 
人生は山あり谷あり。
 
先日、母校の女子大からキャリア教育の一日講義を頼まれた。卒業生が「私の軌跡」というテーマで、自分の仕事や人生について現役大学生に語るシリーズで、内容は自由だという。
私の仕事は教員だ。今の母校には、教員志望の学生はほとんどいないだろう(実際一人だった)。何を伝えたら後輩たちの役に立つだろうか。
 
振り返ると、若いころはネガティブで悩んでばかりいた。挫折に幸せを感じる余裕もなかった。小さな失敗をいつまでも引きずり、子育てにも迷走した。でも、悩んでも結局はなんとかなる。立ち直る経験を積んだおかげで今は幸せだ。
 
そこで私は、大学受験失敗から始まる挫折の数々が今につながっていることを話してみた。
 
「これまで、成功した話しか聞いてこなかったので、大人はみんなすごいなあ、自分とは違うなあと思ってました。失敗してもいいんですね」
「じつは今、どん底にいます。どん底はそれ以上悪くなりようがないと聞いて救われました。今は耐えて、そのうちよくなるのを待ちます」
 
たくさんの挫折と失敗と後悔が、時を経て誰かを元気づけることになろうとは。
学生たちの感想は、私を温かい気持ちにしてくれた。
 
おそらく人は、努力して手に入れたものでした幸せになれない。生まれつきもっている両手の有難さを、普段は誰も感謝しないのと同じように、億万長者の家に生まれたら、お金があることは当たり前で感謝などしないだろう。初めから苦もなく手にしているものを有難いと感じるのは難しいのだ。
 
挫折や失敗は辛く苦しい。けれど、失敗のない人生などあり得ない。失敗を糧にして前へ進めばいい。
 
年をとるのも悪くない。
 
谷の数だけ山がある。山の数だけ幸せを感じられる。
 
 
 
 
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2020-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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