メディアグランプリ

ぼくは暗闇のなかのゾウだった


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記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
 
自分(のサービス)を、お客さまにどう見せるか。どう理解してもらうか。
ブランディングの問題でもあるが、これが結構、むずかしいのである。
 
ぼくの仕事、生命保険の募集人は競合先が多い。
日本国内で活動する募集人は、約25万人いると云われていて、その構成数は、超巨大組織である自衛隊にも匹敵する。会社(メーカー)も多い。金融庁が認可しているだけで42社あるが、これに共済保険や少額短期保険を扱う会社も含めると、裾野はもっと幅広い。
 
テレビを見ていると、生命保険会社のCMを見かけない日はないだろう。
それぞれ特徴に秀でた商品を紹介しているようにも見えるが、あれには「まやかし」も多い。実は、日本で販売されている生命保険商品はすべて、金融庁がある一定のルールのもとに認可しているものばかりなので、設計において、あまり大差はない。もちろん、ある一定の客層を狙って、一部の機能を強化したり、効果を高めているものもあるが、設計のベースにある考え方はそんなに変わらない。
 
だから、それを販売する側も大変である。
商品が大差ない以上、お客さまにサービスを選んでいただくポイントは、それを提案し推奨する募集人の、人間性や信用力であり、また、さまざまな周辺知識における専門性であったりする。これらは、お客さまからは一見判別しづらい部分だし、募集人にとっても、表現がむずかしいところである。だからこそ、募集人のなかには、自身をブランディングすることにおいて、常々研鑽を重ねている者も少なくない。ぼくも、そのなかのひとりであると自負している。
 
先日、古くからお世話になっているお客さまから、「追立さんは、相続対策の保険などは扱っていないのですよね?」と聞かれ、「いえ、そんなことはないですよ!」と、慌ててお答えした。お客さまのその言葉に、少なからず当惑を覚えたのである。
 
くわしくお伺いすると、先日、お身内に紹介された生命保険会社の人間から、親御さんの相続対策として、生命保険の活用を提案されたとのこと。その時、お客さまの脳裏には、ぼくの顔が浮かんだものの、かつてそういう類の提案をされたおぼえがなかったので、そのような案件については、(追立は専門外なのだろう)と、思われたそうなのである。
 
相続対策は、生命保険が最も活躍出来るテーマのひとつである。
お客さまから専門外だと思われたことは、募集人として、実はとても恥ずかしいことだ。
 
この数年、マーケットに対する自分自身の見せ方を、「若い起業家さんを応援するファイナンシャルプランナー」として強調してきた。なぜか。
 
この仕事をはじめた10年前、ぼくにはマーケットがなかった。個人のお客を相手にしようにも、提案を持ち掛ける先(身内や友人、かつての職場の仲間)が、近場にはほとんど存在しなかったのである。そもそもそんな状態で、この仕事を選んだこと自体、間違っていたと云わざるを得ないが、それを認めるわけにもいかなかった。ほかに、あたらしい仕事の選択肢が思いつかなかったから。
 
退路も見当たらないぼくが選んだのは、今までやったことがなかったオフィスへの飛び込み開拓だった。ある団体のリストをもとに、会社のオフィスに一年近く飛び込み営業を実施した結果、ぼくのマーケットは、次第に創業10年以内の若い起業家さんで占められていった。こんな、どこの馬の骨ともつかない、駆け出しの募集人の相手をしてくれるお客さまのため、なにかしら恩返しがしたい。当時のぼくはそんな思いに突き動かされて、彼らのお役に立ちそうな情報をいつも探し求めていた。それが、結果的にはぼく自身の「売り」にもなり、ブランディングを構成する要素となっていったのである。
 
だから、生命保険の募集人として、お客様さまに問題提起する内容が、若い起業家さん向けの保障に関する話題に偏っていったのは、自然な流れであったともいえる。もちろん、公的なファイナンシャルプランニング(FP)の資格も取得しているので、相続対策についての基本的な知識は持ち合わせている。ただ、前述の見せ方や見られ方を意識するあまり、生命保険やライフプランニングの全貌について、しっかりお客さまにアピール出来ていなかったところは、確かに片手落ちだった。
 
ひとつ、寓話を紹介しよう。
イスラム教が伝える寓話に、「暗闇のなかのゾウ」というお話がある。
 
ある村に、見世物を生業とするインド人が、ゾウを連れてやってきた。
彼は、ゾウを見たことがない村人を驚かせるため、光が射さない小屋にゾウを押し込み、暗闇のなかで村人たちにゾウを触らせた。
 
ゾウを触った村人たちは、各々違った印象を受けた。
ある者は鼻だけを触って、水道管のような生き物だと思い、またある者は耳だけを触って、扇のような生き物だと思った。足を触った者は柱のような生き物だ、背中に触れた者は王座のようだと主張し、しまいには口論となる。結局、村人たちのあいだで、ゾウの正体について結論が出ることはなかった。
 
ぼくにとっての「ゾウの鼻」は、まさに「若い起業家さんを応援するファイナンシャルプランナー」としての提案だった。「ゾウの鼻」ばかりを強調して、お役立ちの全貌が曖昧になってしまっては、お客さまのライフプランを金融的なリスクからおまもりする使命は、充分に果たせない。そんなことを気づかせてくれた貴重なひと言だった。まったく以って、そのお客さまには感謝の念しかない。
 
 
 
 
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2020-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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