もう一人のジャイアンでいこう!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:浦部光俊(ライティングゼミ・平日コース)
「お前って、ほんと、謙虚じゃないよな」 アドバイスを求めた先輩は、あきれながらそう言った。
仕事でうまくいかないことが続いていた。相談した先輩の答えは、どうも自分が欲しかったものと違う。それどころか、僕のやり方に問題があるんじゃないか、くらいのことを言われてしまった。カチンときた僕は思わず、営業の杉山さんが無理な要求ばかりで、とか、みんなの理解力がないせいだ、なんて言い返してしまった。それを聞いた先輩のリアクション、それが冒頭のセリフだ。ぽかんとした表情している僕に、先輩が渋々と説明を始めた。
「お前さ、俺がアドバイスしたって、全然聞き入れるつもりないだろ?」 悪いのはすべて周囲のせいにして、自分が変わろうなんて微塵も思ってないやつ、先輩の目には僕がそんな存在として映っているようだ。
いやいや、そんなことはない。事実をきちんと伝えているはずだ。反論しようとする僕を先輩が遮った。
「わかった。わかった。それは、お前がそう思ったって話だろ。でも、相手もお前と同じくらい、あいつの話は意味不明だって思っているかもしれない。そんなこと、考えたことあるか」
言葉が出なかった。確かに先輩の言うことにも一理ある。相手が受け入れやすいように、相手のためになるように、いつも心がけて仕事をしているか。そう問われたら、返答に窮してしまう。自分都合の一方的な依頼もかなりある。でもでも…… 俺だって一所懸命やっているし、明らかにわがままだって人につきあってなんていられないし。自分にも非があることは確かだが、素直に認めたくない。
「僕は、いつも相手のことを一番に思って仕事してますよ!」 そう言い切って席を立とうとした時だ。先輩が、ほとほと呆れたといった様子でつぶやいた。
「お前は、ほんと、ジャイアンみたいなやつだな」
えっ、ジャイアン? どういうこと? 意味はよく分からないけど、少なくとも褒められていないことくらいはわかる。ジャイアンといえば、俺のものは、俺のもの、お前のものは、俺のもの。独善で、不遜で、おれが世界の中心だって思っているやつ。なんで僕が、と言いかけて、はっとした。さっきまでの僕の態度、まさにジャイアンじゃないか。自分は悪くない、悪いのは全部、周りのせい。変わらない周囲にイライラして、アドバイスをしてくれた人には、自分の気に入るものじゃないと逆切れ。急に恥ずかしくなってきた。悔しいけど、返す言葉がない。
わかってもらえたならそれでいいよ、先輩はそう言いながら、あっ、それから、と最後に付け加えた。
「お前の中のもう一人のジャイアン、俺は結構好きだから、そっちは失くすなよ」
もう一人のジャイアン? なんだ、それ? そう思いつつも、今日はもう疲れた。言い返す気力もない僕は、仕事を切り上げることにした。
今日は打ちのめされた一日だった。家に戻っても先輩とのやり取りが頭から離れない。気にしても仕方ない、もう忘れよう、そう思ってベッドに横になっていても、同じことをぐるぐると考えてしまう。今までの自分は、ジャイアンみたいだったのかもしれない。みんな、笑顔で接してくれていたけど、ほんとは自分とは仕事したくないなんて思っていたのかな…… 考え始めたら眠れなくなってきた。それに、なんだよ、最後のもう一人のジャイアンって。わけわかんねぇよ。まあ、考えてばかりいても仕方ない、明日から仕切り直しだ。
翌日。
ジャイアンのことは頭から離れないけれど、とにかく仕事、仕事。今日は、朝から営業部の杉山さんと会議だ。この間の提案、受け入れてくれるかな…… なんて考えていたら、さっそく杉山さんからの電話だ。
「実は、昨日、大口クライアントの北条自動車から連絡があってさ……」 杉山さんが深刻そうな様子で話し始める。うちの会社との取引条件を見直したいのこと。「これから交渉なんだけど、うちの会社に有利な材料、準備できないかな」
ちょっと考えを巡らせてみる。うん、なんとかネタはありそうだ。
「それは大変ですよね。ぜひ協力させてください。データも準備できますし。ほかにも営業サポート部で話し合って、準備できること、検討してみますよ。北条自動車さんに納得していただけるようがんばりましょう」
「ありがとう、ところでさ」と杉山さんが急に話題を変える。「この間の提案、あれは、やっぱり難しいよ」
うーん、なんだか後出しジャンケンをされた気分。それはないんじゃないか、って言いかけて、ぐっとこらえた。今日は相手の立場に立ってみよう。杉山さんは、北条自動車のことで頭がいっぱいかもしれない。「またの機会に話しましょっか」 明るくそう言って電話を切った。ふと振り向くと、先輩がニヤニヤしている。なんだろう、気持ち悪いな。
「もう一人のジャイアン、活躍してるじゃん」 先輩が嬉しそうにいう。
今のどこがジャイアンなんだろう、またしてもぽかんとしている僕に向けられた先輩の視線は昨日と違って優しい。
「もう一人のジャイアンってのは映画のジャイアンのことだよ。テレビではいつも意地悪なジャイアンも、映画だとリーダーシップとって、すごい頼りになる存在だろ」 先輩は続ける。
「さっきのお前、かっこよかったよ。提案のことで揉めているのはひとまず、脇に置いて。杉山さんのために、会社のために、かんばりましょうって」 ピンチの時に登場するヒーロー、それが俺の好きなもう一人のジャイアンだ、いいもの見せてもらったよ、先輩は満足顔だ。
「そっ、そうっすか。でも、映画のジャイアンは、めったに見られないから貴重なんですよ」 褒められて、照れ臭くなってしまった僕は、そんな訳の分からない返事でお茶を濁した。でも、でも…… 僕は心の中で、こう先輩に話しかけた。
「映画のジャイアン、もう少し登場させてあげてもいいですよ」
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