「野菜を食べなさいよ」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
いま、私の腕にはアップルウォッチが巻き付いている。
アップルウォッチは、体を管理してくれるスマートウォッチの一種だ。
機能だって素晴らし。
私がどれぐらい動いて、エネルギーはいくら消費したかなど、しっかり把握して教えてくれる。この原稿を書いている瞬間も、私の体調をこの時計が見守ってくれているのだ。
が、私はそんな機能が欲しくて買ったわけではない。
腕についている人をみると、それだけで“洗練されたできる人”にみんな見えてくる。
だから私もそんな“イケてるオンナ”になりたくて買ってみた。
しかし実際に腕につけてみると、とてもこの時計はお節介だった。
たとえば、座りっぱなしだと「そろそろ立ち上がった方がいいですよ」とか、動かないでいると「動きましょうよ!」と促される。
ほかにも一日に数回「深呼吸してみませんか?」なんて通知もやってくる。
しかもこれらのメッセージは、時計がブルブルと振動して教えてくれる。
それだけのことなのだが、一日に数回、急に腕が震えるのだ……。
これは思った以上にウザイ存在だ。
考えてみてほしい。
パソコンに向かい仕事をしている最中、突然、腕がブルブルと震える。
時計を見ると「そろそろ立った方がいいですよ」と言ってくる。
せっかく集中していたのに、ここで途切れてしまうのだ。
またある時は、電車の時間に遅れそうで、走っている。
するとアップルウォッチがブルブルと震えだす。
「ワークアウトしているのですか?」なんて、のんきな通知が届いたとき、私は時計に小さな殺意さえ感じた。
だから私とアップルウォッチの関係は、とても良好とはいいがたい。
でも今も私の腕にはしっかりとついている。
私の父は8年に前に他界した。
最後の入院のとき。病室で、私と父は言い合いをしていた。
理由は「家に帰りたい」という父に対して、わたしが「それはできない」と言い張ったからだ。
私も帰れるものなら帰してあげたかった。でもそれは現実的に無理だった。
体は弱り、歩くことすらままならない。
本人もそれをわかっていたから、余計にイライラが募っていた。
私もその切ないやり取りに、声を荒げてしまい二人のバトルはエスカレートしていった。
そして激しい言い合いのあと、口では勝てないと思った父は、テーブルの上にあったおしぼりを私に投げつけてきた。
私は一瞬、驚いて時間が止まった。
が、それよりもビックリしたのが、おしぼりを思いきり投げている父の力があまりにも弱く、わずか50㎝しか離れていない私に、そのおしぼりが届かなかったことだ。
「もう、すでにおしぼりを投げる力も残っていないのか」
愕然とすると同時に、悲しかった。
一方、父も同じ思いだったようで、クルリと寝返りをうち、窓の方をみて黙り込んでしまった。
仕方ない、今日は帰ろうと思いバックの中をフッと見た。
しまった、お財布を忘れた!
来るときは、妹の車でやってきたからお財布を出してはいない。妹はすでに帰ってしまった。電車で帰るしかないのだが、お金がない。。
しかもスイカもすべてお財布に入っている。
「お財布を忘れた」
と、独り言のように呟くと、それまで背中を向けていた父が、急に振り返り、
「大丈夫? 俺、金ないからなー」と言い、父はしばらく考え
「そうだ、近くに俺の友達がいるから電話してやる。そこでお金を借りて帰れ」と言って、電話をしてくれた。
数分前、私たち親子はおしぼりを投げつけるぐらいのケンカをしていたのに、今は困っている娘を助けなければと、知恵を絞り、知人に頭まで下げてくれている。
その姿に、親はありがたいと心の中で頭を下げていた。
そして病室をでるとき父は一言
「野菜を食べなさいよ」と言った。
この状況で野菜?
私は子供の頃、偏食がすごかった。
なかでも野菜はほとんど食べない子供だった。
そんな私を父は本当に心配していた。
しかし優しい父は「野菜を食べなさい」と怒ることはしなかった。
かわりに、唯一食べられるのは餃子を父はことあるごとに食べさせた。
近所の中華屋さんの出前を1週間に1度は頼んでくれて、これでもかというぐらい餃子を食べさせられた。
「苦手なものは食べなくいい。餃子で野菜を摂れば同じことだから」これが父の理屈だ。
お財布を忘れ、父に助けを求める娘の姿が、そんな子供の頃の私とダブったのかも知れない。
病室をでるとき、唐突に「野菜を食べなさいよ」と呟いた父の言葉に、頷くのが精いっぱいの私。もう目からは、涙があふれていた。
親はいくつになっても親だ。
そして自分の体がどんどん病魔にむしばまれ、命の火が消えかかっているのに、子供のことを本気で心配してくれる。
ありがたい。
しかし私は大人になり、ほとんどの野菜は食べられる。
でも父の目には、野菜を全く食べない子供の頃の私が見えるのだろう。
もう「野菜を食べなさいよ」という言葉は、私には少々ピンとはずれのお節介だったりもするが、いつまでも私を心配してくれる人がいるありがたみを、かみしめていたらますます涙が出てきた。この心地いい優しさが近々なくなることも、信じられなかった。
そして父はもういないが、私の体を心配してくれる存在ができた。腕で私を見守り、ブルブルと震えては「そろそろ立ち上がる時間ですよ」と言ってくれる。
それは病室を出るとき、「野菜食べなさいよ」といった父と同じように、私への愛が溢れている。
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